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海にいだかれて  作者: 雪本 風香


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8章 2

「タケさんは?」

「ん?」

「なんで漁師になったの?」

「そうやなぁ……」

  

 帰ってくるなり問いかけたオレに、タケさんはイヤな顔を見せなかった。

「ちょい待ちや」

 台所に行ったタケさんは、すぐに戻ってくる。

 手には、カップアイスが二つ。

 今日は、チョコと抹茶だ。


「抹茶は千尋の分なんやけどな。後でこっそり買って戻せば、バレんやろ」

 オレを縁側に誘い、タケさんはドカリと座った。

 昔の家だから、風が抜ける。日陰になっている時間であれば、潮風が吹いてきて、涼しい。

 まぁ千尋は、暑い暑いって二階に引っ込んでいるけれど。


「ん」

 タケさんは自分の横に、チョコアイスとスプーンを置いた。

 しぶしぶオレは、タケさんの横に座る。


「じいちゃんが漁師やったけんな。それだけや」

「タケさんのいうじいちゃん、って、オレのひいじいちゃんだよね?」

「そうや」


 父さんとタケさんが、従兄弟ということは。

 オレのじいちゃんとタケさんのお父さんが、兄弟だ。

「でも、タケさんのお父さんやオレのじいちゃんは、漁師にならなかった」

「まぁ、そういうことやな」

「なんで?」

 

 タケさんは苦笑した。

「それは、オレに聞かれてもわからんわ。努さんにでも、聞き」

 タケさんはいつものように、あっという間にアイスを食べ終わって、網戸を開けた。


 網戸の外にある縁石(えんせき)に足を置くと、タケさんは空を見上げた。

「俺の両親も働いとったっけん、じいちゃんとばあちゃんに育てられたようなもんや。その中で、当たり前のように漁師になりたい、って思うようになった」

「そうなんだ。また千尋とは違うパターンだね」

「なんや。千尋の話はもう聞いとんか」


 タケさんは、眩しそうに目を細めた。

「そうか。話せるようになっとんか……」

 ポツリと呟いたタケさんは、オレに衝撃的な言葉を放った。


「反対はされたぞ、じいちゃんに。漁師なんか、なるもんじゃない! って」

「えっ!? 漁師だったのに!?」

「漁師だから、や」


 どういう意味だろう。オレの疑問の答えはすぐにタケさんが与えてくれた。


「自然相手の仕事や。どんだけ気をつけとっても、命と隣り合わせの仕事や。それに、瀬戸内の海も変わってしもとる」

「変わっている?」

「ああ。……採れんなってきとるんや、昔採れてた魚が」


 そうなんだ。全然知らなかった。タケさんは一瞬、顔を歪めた。


「俺らも頑張って、稚魚(ちぎょ)放流したりはしとんやけどな。まぁ、先行きは不透明(ふとうめい)っちゅう、やつや。そんな仕事、子どもや孫にやらせたいか?」


 タケさんに真顔で問われたオレは、首を左右に振るしかできない。


「そうやろ。じいちゃんも同じやった。言うた時は、喜ぶやろ、と(おも)とったのに」

「それで……どうしたの、タケさんは。漁師になるの、許してもらったの?」

「なし崩し的にな」

「どういう意味?」


 タケさんは昔を思い出しているのか。どこか懐かしそうに、笑った。

 

「俺が水産高校に合格したら、さすがのじいちゃんも折れたわ。そこまでやる気なら、卒業したら船に乗せたる、って言うてな。晴れて漁師の仲間入りしたわけや」

「……そっか」


 オレはタケさんの言葉を聞きながら、ふと訊ねてみた。


「もし、オレが漁師になりたい、って言ったら。タケさん、どうする?」

「そんなの、決まっとる」


 オレの目をじっと見つめて、タケさんは宣言した。


「絶対に許さんわ」

 


 その声には、今まで感じたことのない圧があった。

 オレは、ゴクリと息を飲んで。


 タケさんから、目を逸らしたのだった。 

 


 

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