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海にいだかれて  作者: 雪本 風香


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5章 4ー①

「……嫌いになったか?」

「え?」

「海が」


 まだ日差しが強い時間だからか。

 露天風呂(ろてんぶろ)には誰もいなかった。

 タケさんと並びながら湯に浸かっていたオレは、問われた言葉を反芻(はんすう)する。


 怖かった。急に地面がなくなり、冷気のような水が足にまとわりついたのだ。

 このまま冷たい底に沈んでしまって、浮かび上がれない恐怖は、二度と味わいたくない。


 なのに。


「怖かったけど……。海は……嫌いになっていない」


 だって沈みながら見上げた水面(みなも)は。

 オレが出した空気の泡が太陽の光に反射(はんしゃ)して、とても美しかったのだ。


 小さな声でタケさんに話すと、困ったように眉を寄せながらも、笑顔を浮かべた。


「でも身にしみた。海はキレイだけど、怖いんだって。タケさんが口すっぱく気をつけろ、って言ってた意味が、ようやく分かった」

「……そうか」


 それきりタケさんは、黙ってしまった。


 低めの温度の露天風呂なのに、のぼせそうになるくらいの時間、タケさんは考え込んでいた。


「……一人で行けや」

「え?」

「明日からは。一人で遊びに行っていいけん。その代わり、ちゃんと誰とどこに行くんかは、言うて行けや」

「ちょっと待ってよ!」


 突然のタケさんの言葉に、オレは戸惑ってしまう。

 そんなこと急に言われても、移動手段はないし、塁斗たちの連絡先も知らないのだ。


「そんなん簡単やろ。塁斗たちが遊びに行く前に、(うち)に寄って貰えばいいだけや。アイツらの親には連絡しとく。陽太のチャリは、今日中に用意しとくわ」

「ちょっ! 何でいきなりそんな話に⋯⋯」

「もうお()りは、いらんやろ?」


 タケさんは、風呂を囲っている岩にもたれて、空を見上げた。


「自然の美しさと怖さ。それを理解した陽太ならもう、一人で大丈夫や。それともまだお守り、必要か?」

「いらねーよ!」

 半分おちょくるようなタケさんに、オレは即座に歯向かう。

「そもそも自転車さえあれば、最初から一緒に行動しなくても平気だし!」


 オレがタケさんの立場だったら、カチンとくるセリフだ。けれど、タケさんは笑っただけだった。


「なら大丈夫やな。用意しとくわ」


 そして、再び空を見上げると、深いため息をついた。

   

「陽太は大丈夫やとして……。問題は千尋やな。帰ったら、機嫌(きげん)直っとるやろか?」

「し、知らねーって、そんなの! タケさんの方が知ってるだろ!? 千尋の性格!」


 あ、どうやら地雷だったようだ。タケさんはわかりやすく肩を落とした。


「食いもんで懐柔(かいじゅう)されるタイプやないけんな……。大人しく説教されるしか、ないか……」

 あまりにも悲壮感(ひそうかん)(ただよ)わせるタケさんに、オレは励ますように口を開いた。

「……オレも一緒に怒られるから」

「…………頼むわ」


 タケさんの声には、いつもの張りはなかった。


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