1章 2
オレが知らない間に、今治に行くのは七月二十日の夏休み初日からと、決まっていた。
告げられたのは、七月に入ってから。
「武史がな、夏祭りまでに来たらどうか、と行ってくれてな。別に問題ないだろ?」
問題あるよ! オレの意見くらい、聞いてくれよ!
GW以来、何も言われていなかったオレは、既に友達と遊びに行く予定を立てていたのだ。
でも、無駄だ。父さんに言っても、聞いちゃくれない。
昔からそうだ。父さんも母さんもオレの話を、ろくに聞こうとしない。
こうしなさい、と自分たちが決めた道を歩ませるだけだ。
そこにオレの意見は、全く無い。
いや、一回だけある。
オレが中学受験を辞める、と言った時だ。
いつもなら大反対する二人なのに、この時は「分かった」と言っただけ。
分かりやすくて、思わず笑ってしまった。
父さんと母さんが今まで夫婦でいたのは、オレの中学受験のためだけだったから。
中学受験は、母さんの希望だった。もっというと、小学校から私立に通わせるのが、母さんの願い、というより常識だった。
なのに。
オレは失敗してしまった。
面接の日、緊張して泣いてしまったオレは、母さんの母校である、大学付属の私立小学校に落ちてしまった。
母さんは、いいところのお嬢様だ。親戚一同もみんな、その学校出身。
伯父さんも叔母さんも、従兄弟もみんな、そこの卒業生だ。
受からなくて、区立の学校に通っているのは、親戚の中でオレだけだ。
だから、母さんは実家に帰りたがらない。肩身が狭いからだ。
お受験のために、専業主婦でいた母さんが仕事を始めたのもその頃。
オレが小学校に入学すると同時に、中学校受験の塾に通い出したのも、同じ時期。
そして、小中高と公立の学校から、日本一の大学に進学した父さんが、仕事を理由に、中々家に戻らなくなったのも。
仕事以外の理由もあったのは、後から知った。
母さんが愚痴っていたのもあるけれど、そういう気配は伝わるものだ。
子どもだって侮っているのは、親だけ。
だって、オレは知っている。
母さんにも、父さん以外のパートナーがいることを。
家族としては、とっくに崩壊していた。
さっさと離婚しなかったのは、オレの中学受験のためだけ。
オレが、「受験を辞める」と言った段階で、別れるのは決まっていたことだ。
でも、聞いていない。
何度も言うけど、こんな田舎に連れて来られるなんて、聞いていないのだ。
東京と愛媛は遠いけれど、距離は大したことない。
夜行バスで行け、と言われたらさすがに困るけれど、飛行機と電車だったら、半日足らずで到着する。
都会の人間であるオレにとって、それくらいは楽勝だ。
たまらないのは。
遮るものがなく、ジリジリと肌を焼いてくる太陽と、電波の悪さ。
(なんだよ! イマドキ4Gって! 全然繋がんねーし!)
特急電車の中で、オレはイライラしていた。
電波も入らないし、窓から見えるのは典型的な田舎の風景。
特急という割にはスピードが遅く、カーブが多いから、すこぶる揺れまくる。
お陰で、生まれて初めて、電車酔いしている。
だから、今治駅に着いた時、オレの機嫌は最高潮に悪かったのだ。




