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海にいだかれて  作者: 雪本 風香


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4章 6

 夕飯に出た、ボロボロの刺身を見た千尋の最初のひと言は。


「え? これ、陽太くんがお刺身にしたの? すごいじゃない!」


 称賛(しょうさん)だった。


「なんでだよ! ボロボロじゃんか、刺身! 見えてねーのかよ!?」

「え、見えてるよ」

 オレの怒りをサラリと受け止めた千尋は、柔らかく微笑んだ。


「だって、頑張った結果なんでしょ? なんで文句言わないといけないの?」

「……っつ!」


 言葉につまる。笑っていると、父さんの浮気相手にますますそっくりだ。

 一人だけナチュラルな標準語なのも、腹立たしい。


 更にだよ?


「そやで、陽太。努力の過程を褒められるんは、今だけや。やけん今のうちに、好きなだけ挑戦すればええ。責任は、取るけん」

「責任取る、って言っても。東京帰ったら、タケさんたち、関係なくなるじゃん」


 あ、しまった。

 一瞬、タケさんが寂しそうな表情をしたからだ。すぐに引っ込んだけれど。

 タケさんは笑顔を浮かべながら、オレの頭を撫で回す。

「まぁ、少なくとも。この家おる間は、俺らが保護者や。色んなことやったらええ」

「そうそう」

 千尋も、同意するように頷いた。


「今治のほうが時間の流れ、ゆっくりだから。色々な経験が出来るから、挑戦してみたらいいよ。私たち……っていうか、タケちゃんが全力で協力するから」

「おい、千尋」

 

 タケさんは、苦笑する。


「全部俺に丸投げすんなや」

「えー。だってタケちゃん、こういうの好きじゃない?」

「好き……ちゅうか……」

 タケさんは、ため息をつく。


「身の(たけ)にあった生き方すれば、陽太も千尋も楽に生きれるのに、と思っとるだけや。二人は背伸びしがちやけん」

「それはね」


 千尋が、そっと言葉を添える。


「良くも悪くも、東京だからね。みんなキラキラしているし、上を目指している。その中で、自分だけ等身大(とうしんだい)でいようとするのは……難しいよね」


 オレに語りかけるようで、自分を責めているようなニュアンス。

 オレが察するくらいなのだ。タケさんが気づかないはずない。


「なら、こっちに居ったらええ。背伸びしたり、自分を(いつわ)ったりせんとダメな環境(かんきょう)は、いずれ自分が耐えきれんなる」

 眉を寄せながらタケさんは、言い含めるように話す。


 きっとこの言葉は、オレじゃなく、千尋に聞かせるためだ。

 なのに、千尋は。


「だって、陽太くん。タケちゃんもこう言ってるし、思う存分、振り回しちゃえ」

「おい、千尋! いや、……もうええわ」

 言う気を失ったように、タケさんは首を振った。


 そして、オレに向かって、ボソリと呟いた。


「陽太もやりたいことあるなら、いつでも言えや。協力は、()しまんつもりやけん」

「……わかった」


 素直に返事したのは。

 

 いつものタケさんらしくなく、ションボリと肩を落としていたからだった。

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