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海にいだかれて  作者: 雪本 風香


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4章 4

 三人で囲う食卓(しょくたく)は、思ったよりも苦痛には感じなかった。

 むしろ、楽しいくらいだった。

 

 理由は分かっている。

 一緒に食卓を囲んでいる時、ずっとタケさんと千尋が楽しそうに喋っていたからだ。

 よくまあ、そんなに話すことがあるのだと思うくらい、二人は話すし、オレにも声をかけてくる。


 昔ながらの狭い台所だ。三人で座るのがやっとの広さ。

 オレの家のようにリビングとキッチンが一緒になっていないし、テレビだって置くスペースはない。

 ところどころリフォームしているけれど、古い作りの、いうなれば昔ながらの家だ。


 元々おじいさんとおばあさん、オレにとってはひいじいちゃんたちから(ゆず)り受けたものらしいから、仕方ないっちゃあ、仕方ない。


 椅子だって、家のダイニングチェアみたいなシャレたものじゃない。

 背もたれもついていない、ただの丸椅子だ。

 千尋が追加のビールを取り出す時には、オレは立って()けなくちゃ、冷蔵庫すら開けられない。

 

 なのに、すごく温かいのだ。


「こら、陽太。刺身は二切れずつやって言うたやろ。(ひと)切れ、()切れになるから、一つや三つでさらうなや」

「そう何度も言わなくても、わかったって!」

 

 タケさんは思ったよりもうるさい。見た目に反して、意外と口数が多い。

 どちらかと言うと、千尋のほうが静かなくらいだ。

 タケさんは、オレの食事のマナーがなってないと、さっきから小言を言ってくる。

 

 タケさんのはマナーというより、験担(げんかつ)ぎのようなものだと思う。

 今までタケさん以外から聞いたことがないし、お店で食べる刺身だって、三切れ乗ってたりするのだから。


 それでも、タケさんは言うのだ。

「分かっとんなら、ちゃんとやれ。食事のマナーは大人になって一番見られるとこや」

 父さん、母さんよりもうるさい。だけど、オレは口で反抗しながらも、タケさんの言葉は嬉しかった。


 だって、父さんも母さんも受験に必要な――お箸の持ち方や、きれいに食べる方法は教えてくれたけれど、こんな風な言い方じゃなかったから。

 

「そんなんじゃあ、人前では通用しませんよ」


 父さんも母さんも――特に母さんは、仕事を時短にしてオレに必要な教養を教えてくれていた。

 それは分かっているし、感謝しないといけないのも理解している。


 徹底的に教えられた箸の持ち方や食べ方は、タケさんも感心していたくらいだ。

「都会の子にしては、魚も上手に食べれるやん」

 と。


 親ガチャで例えるならオレは、大当たりまでとは言えないとしても、それに近い状況だ。

 オレが小学校に合格していれば、父さんも母さんも不仲にならず、平穏な家庭のままだったはずだ。


「親ガチャは当たったけれど、子ガチャはハズレだね」

「人間に当たりもハズレもないわ。あるとしたら環境がどうかだけや」

  

 タケさんの言葉に、ギョッとした。

 ハッと顔を上げると、どこかムスッとしているタケさんと、心配そうに眉を寄せる千尋の姿があった。


 しまった、と思った時にはもう遅い。

 心の中で呟いたつもりだったのに、声に出ていたのは明らかだ。


「えっと……声、出てた?」

「バッチリな」

 即座に突っ込まれ、オレはどんな風に答えたらいいかわからなくて、黙ってしまう。

 

「まだ若いんや。環境なんか、自分で何とでも変えられる。さっき言うとったみたいに、こっちに居りたいなら居ればええ。ガチャとかいう言葉で、人生、片付けんな」


 タケさんに、同意するかのように、千尋も深く頷いたのだった。

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