3章 2ー②
「うわっ!? タタタタ、タケさん!?」
「おはようさん」
うっそりと台所に入ってくるタケさんに、オレは腰を抜かすほど驚いていた。
タケさんは気にせず、冷蔵庫から麦茶とおにぎりを取り出す。
「何も食べんと寝たから、腹減ったんやろ? 千尋がおにぎり作っとるけん、食べや。えっと、コップを……」
「なななんで、こんな時間に起きてるんだよ!」
「しっ。まだ朝早いけん」
「あ、朝早いっていう時間じゃないし」
タケさんに注意されて、なるべく声を落とす。
「聞いてないんか? 俺が漁師やって」
「ええっ!? そうなの!?」
声を上げたオレに、タケさんは人さし指を立てて再度窘める。
あっ、と口を押さえたオレに、タケさんは笑うとおにぎりをレンジに放り込んだ。
「一分くらいでええか」
そうして温めたおにぎりと、冷たい麦茶をオレの前に置くと、タケさんは立ったままお茶を飲み干す。
そして、どデカい水筒に並々とヤカンに入っていた麦茶を注ぐと、再びオレに向き合った。
「千尋は今、仕事立て込んどるようやから、今朝は勝手にしてくれや。冷蔵庫にあるもんなら、何でも食って構わんけん。昼は千尋が声かけると言うとったし、夕飯は……」
「ちょっと、待ってよ」
「何や?」
「何で昨日のこと、何も言わないんだよ」
タケさんは何事もなかったように、オレに接してくるけれど。
昨日の今日のことを、忘れてはいないはず。
タケさんは間違いなく、オレに怒っていた。
自分の恋人の手を、思いっきり叩いたオレを許せないはずだ。
なのに。
タケさんはキョトンとした表情をしていた。
「何で、って言われてもな。善悪が分からん年やないしな。それに俺らは親やない」
なんでもお見通しのような目が、イラッとした。
「怒らないのかよ!? オレのこと、許せないんじゃないのか!? アンタの恋人の手を払い除けたんだぞ!?」
オレの叫びに、タケさんは問いかけた。
「怒ってほしいんか?」
静かな声。オレは、何と言ったらいいか、分からなくなる。
タケさんは畳み掛けるように、矢継ぎ早やにオレに質問を繰り出す。
「怒ってほしいんか? 叱ってほしいんか? それとも、呆れてほしいんか?」
「……そ、れは……」
「陽太がそう望むんなら、なんぼでもしたる。別に大したことやないけん。けどな……」
タケさんは、淡々と変わらない口調で、その言葉を発した。
「何をそんなに背負い込んどんや?」
「しょ……い」
「まだ子どもなんや。ガキなんや。甘えたらええ。それとも、俺はそないに頼りないか?」
「そんなことは……」
「ない、というなら。……なんで陽太は、無理やり大人になろうとしとるんや?」
違う!
そう叫んだつもりなのに。
オレから出ていたのは……。
「泣いたらええ。……泣いてええんや」
タケさんは、そう言ってオレを胸に抱き寄せた。
この年で誰かに抱きしめられるなんて、恥ずかしくて仕方ないのに。
今のオレには、タケさんの腕を振り払う気力は、湧いてこなかった。




