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海にいだかれて  作者: 雪本 風香


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3章 爆発して、受け止められ 1

「んで、ここが……」

 二階に上がったタケさんは、途中で口を閉じた。

 タケさんがドアノブに手をかける前に、中から扉が開いたのだから。

 タケさんの後ろにいるオレには、出てきた人の姿は見えなかった。

 その代わり、びっくりするくらいの冷気が漂ってきて、オレの腕に鳥肌が立つ。


 タケさんも同じようだった。背中をブルリと震わせたかと思うと、諭すような声を出す。

「こら、千尋。温度下げすぎや。何度言うたらわかるん?」

「だって……暑いから」


 声を聞いた瞬間、オレは自分の勘違いに気づいた。


「女!?」


 バッと、タケさんとちひろがこっちを振り向いた。 

 半身ずれたタケさんの後ろから、ひょこっと顔を覗かせたのは、間違いなく女だ。


 ハッとした。

 その顔というか雰囲気は、あまりにも似ていた。

 一度だけ会ったことがある、父さんの後輩で、浮気相手の女に。


 動揺(どうよう)しているオレに気付かない女は、しゃがんで俺と目線を合わせて、微笑んだ。 


「はじめまして。村上千尋(むらかみちひろ)です。私も、三年前からタケちゃん家に居候してるの」

 いたずらっぽく笑う女の人の言葉に、タケさんのような訛りはない。


 東京かどうかはわからないが、間違いなく関東の人間だ。

 ますます、父さんの後輩の女と重なる。

  

「居候ちゃうやろうが。恋人って言えや」

 タケさんの一言がとどめだった。


「これからしばらくよろしくね」

 千尋から差し出された手。オレはそれを。

 

「誰がするかよ!」

 パシンと音を立てて、叩き落とした。


「あっ……」

「陽太!」

 千尋のびっくりした声と、タケさんの(とが)める怒号。

 

「誰がお前なんかと仲良くするかよ!」

「陽太!」

  

 再び怒鳴るタケさんの声を背中で聞きながら、オレは階段を駆け下りた。

 本当だったら、一刻も早く出ていきたい。

 駅からここまで、車でもそこそこ時間がかかったし、土地勘もない。

 家を出ていったとしても、すぐに連れ戻されるのがオチだ。


 それなら。

 オレは自分に充てがわれた部屋に逃げ込んで、ドアの鍵をかけた。

 ついでに、棚の本を適当に出すと、扉の前にドサドサと置いた。

 気休めだが、ストッパー代わりだ。


 そこまでしてようやく。


 オレはベッドに寝転んで、声を押し殺して泣いたのだった。


 ※


 一度だけ会ったことがある父さんの浮気相手は、美人だった。


「彼女は父さんの秘書なんだ。会社に忘れ物をしたから、届けてもらってね」

 言い訳がましい父さんの言葉は、耳を素通りした。

 

 昼間、家にいない父さんに、女の人。

 男は鈍感、って言われるけれど、これくらいは容易に察せられるよ、オレだって。

 

 父さんと秘書の女が、特別な関係だって。


 だって、父さんが秘書の女を見る目は、いつもと違っていたから。


 そう。

 さっき、タケさんが千尋を紹介した時も、同じ表情を見せていた。

 特別な人間にだけに見せる、満面の笑みを。

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