弐 鳴く虫は捕らえられる
警察を、警視を呼んで、俺は門扉の外で座り込んでいた。へたり込んでいた。
また五家が死んだから。
また守れなかったから。
そして、それを少し喜んでいるから。
乙爺に守る価値があったのか。
むしろ――死んでくれて良かった。
などと頭に過ぎったとしたら父はなんと言うだろうか。何をするだろうか。
「クズがっ」
自らの頬を自らで罰した。
「やだ西原君、眠い?」
「いえ、あの女は? 救急車が来てましたが」
「ああ、怪我は大したことはないわ。身体と心の衰弱が酷いみたいで。パトカーより救急車を呼んだだけ」
「そう、ですか。しかし、一体何で。お嬢様もあの女がやったのでしょうか」
「まさか。てかあの女って。西原君知らないの?」
「見たことありません。里の者ではないでしょう」
「ええ? りんご三姉妹の天衣ドルチェちゃん知らない?」
「は? ドル? 外国人?」
「やーねもう。アイドルよ。ご当地アイドル。ここも拠点の一つなんだけど? 生徒たちが見てないの? ほら、雑誌とか取り上げるもんでしょ?」
「雑誌? ああ、今はスマホばかりです」
「ええっ、じゃあ袋とじに期待と股間を膨らませたり、河原でカピカピのエロ本とか本屋でビニ本コーナーを横眼で見たりとかしないの?」
「ビニ本って――俺も聞いたことしかないですよ、そんなもの。そういやエロ方面で指導ってあんまり聞かないですね。修学旅行でノゾキとかも。教師が監視する必要もないので」
「はぁ!? もう、そんなんだから少子化になるのよ」
アイドル、つまりは芸能人。芸能事務所に所属をしていただろう。
ならばあそこに居た理由に納得はいった。
「しかし、その、あのアイドルはじゃあ相依様絡みの――」
「ま、そういうこと。可哀想にねぇ。逆らえない大先輩に言われて、あんな爺に上納されちゃうなんてねぇ」
相依様は元モデル。一時期はテレビ方面にも出ていたらしく、芸能事務所との関係が実に深い。毎年の虫干しには芸能人がわざわざ出るくらいだ。
恐らく飛鳥馬だけでなく近辺の芸能関係者には絶大な影響力があったはず。
その伝手で選ばれた乙爺への贄――それが彼女だったのだろう。
「可哀想――ですが一応加害者なのでは?」
「んー違うっぽいのよね。あそこ壁に釜か鍋掛けてたでしょ? それが落っこちて、頭にヒットって感じ。で、動かなくなったから何とか脱出しようとしたって」
「そんな馬鹿な」
「でも実際落ちてるのよ。鍋とか釜とか。その上、どうも鍋の方に小木坂田の爺様の組織がついてるって。勿論、頭の穴は後から作られたものよ?」
「流石にあまりに荒唐無稽。幾ら乙爺でもそんな無様な――」
何か違和感があった。
このやりとり――どこかひっかかる。
つい最近あったような気が。
「どうしたの?」
「いや――」
「今のとこは死体損壊罪にしか問えないでしょうね。ま、五家で判断して頂戴――てもう三家ね」
「一応、小木坂田は外に出ていった方々がいます」
「ふふっ、そういや逃げられてたわね。ま、あの爺様じゃあねぇ」
小木坂田乙太という爺は化物だ。
とうに還暦を過ぎているのに、性欲は留まることを知らない。
里の女を手籠めにした回数は数えるのも馬鹿らしい。
特に13年前タエ様が亡くなられてからは酷い。年齢の上で五家の長になってからはもう手に負えないで居た。
「西原君、喜んでる?」
「まさか。そんな喜びませんよ」
「いや、喜びなさいよ。何その仏頂面。あの爺様が居なくなったのよ? これで二人を邪魔するものは――」
「警視。終わった話です」
「そうよ。もう終わったでしょ。もう――」
「結局、俺では守れなかったんです。例え事が終わってもその事実は消えない。俺は女一人守れない男なんですよ」
それでも「でも」と引き下がる警視だったが、俯いた俺の顔を覗き込むと黙った。
自分では分からないが、きっと酷い顔だったのだろう。
今にも死にそうな。
いや、自分さえも殺しそうな。
「分かったわ。これ以上首突っ込むのは野暮よね。あ、そうだ」
だからか警視は努めて話題を変えようとする。
もっとも今現状で選べる話題なんて大してない。だが、警視から続いて出た台詞は意外な人の名前だった。
「お館様のことなんだけど」
「え、相依様?」
「ええ、そうよ」
「事故――ではないのですか?」
「いや事故よ。お館様にしては無様な死に方だったけど。だからって調べないわけにいかないのよ。私たち警察は調べるのも仕事なのよ。書類仕事ばっかじゃないの――って聞いてる?」
『無様な』という言葉が頭を反芻していた。
確かに、飛鳥馬山で事故死というのは聞いたことがない。そもそも登る者がいないというのを置いておいても、大してきつい山ではない。そもそも中腹の東館に大きな虫釜を運べる程度の山。そこから上に行ったとて大してきつくならない。
危ない場所とて相依様たちが落下した場所くらいで、全体的に緩やかな坂だ。
山道に慣れていない二人とはいえ――
片目が不自由な昭雄様を連れているとはいえ――
確かに俺の知っている相依様の性格なら――見捨てる。
確かに巻き込まれるというのは――俺にも変に思えてきた。
「ああ、はい。なんでしたっけ?」
「相依様が先週客と会っていたって話よ」
「ひっきりなしに会っているかと思いますが」
「そりゃ屋敷に来る客ね。これはお二人でホテルまで出向いたっていうのよ。しかもただの大学生くらいの男の子なのよ?」
「大学生――芸能関係では?」
「それでも出迎えないでしょ。わざわざホテルまで。しかもその子偽名を名乗ってたみたいでね」
「ホテルに身分証って出しませんか? 修学旅行とかだけですかね?」
「いや、控えはあるわよ。えーと」
所謂刑事ドラマで出て来るような皮の手のひらサイズの手帳を取り出す。指を舐め捲って調べる姿も、ドラマ的に見える。
「あったあった。吉海日登利。22歳。大学生って言ってたわ。旅行の目的は観光と人に会うためって」
「観光? この時期にですか」
「ま、滅多に来ないわね。だから多分お館様たちに会うのが主目的と考えられるわ。それで偽名なんだけど名乗ったっていうより、お館様が呼んだらしいの、東野って」
『ひがしの』
その言葉を聞いた俺は弾かれたように立ちあがった。
半ば覆いかぶさっていた警視。その手帳を跳ね飛ばしながら。
「やりやがったっ!」
「何、何、何? 知ってる子?」
「ひがしの? そう呼んだんですよね?」
「え、ええ。何? そんなに特別な苗字だった? どこにでもありそうだけど」
「でも、飛鳥馬にはないんです」
「は? 全員の苗字覚えちゃってる――ってわけじゃないわね。重大なことなのね」
「はい」
「皆まで言えない。ま、それが答えになっちゃうんだけどね。私にすら言えないことってもう一つでしょ」
「はい、儀式を勝手にしたはずです」
「それで今の事態ってこと?」
「ええ、詳細は話せませんが。東館に行きます。俺が戻るまで飛鳥馬山に近づかないようお願いします。屋敷の警官も退避させるべきです。最悪。怨念が溢れ出ます」
「お、怨念?! え、そんなに?! え、儀式ってそこまで? ざっくり里がヤバいってくらいの認識だったんだけど。ほら、補助金が無くなったりとか」
「じゃなきゃ五家にここまで力が集まりません」
「ええっ! 分かったわ。西原君なら嘘はないでしょうし――ああん、もう」
警視は脇に手を入れ、堅いボタンを外すような音をさせる。
引きずり出すように慎重に取り出すと、俺の手に押し付けた。
拳銃――20cm程度の思ったより小さく、そして思ったより重い。
「これは?!」
「せめて持ってって。何とかするんでしょ! その怨念とか」
「しかし、これでは警視が」
「いいのよ。処分で済むわよ。息子たちの進路が公立になるだけだから。あ、ママにどやされるかしら? ま、いいから。西原君の安全が優先よ。何も無ければ返して?そしたら丸く収まるでしょ?」
「ありがとうございます。ありがたく使わせていただきます」
「けど――銃声が聞こえたら、いや山に異変があったら逃げて下さい」
「逃げる? どこに?」
「出来れば里の外、無理なら神社にでも」
「ええ、分かった。でもこう見えても刑事なのよね。一番には逃げられないわ」
「なら全員を逃がしてから」
「ええ、里のみんな――全員を逃がしたらね」
”ひがしの”とは忌み名。
いや、吾妻家が忌み子に付ける名だ。
意味はそのまま東に居る子ということ。”
吾妻の屋敷の東に居る子。吾妻の東の館に住み続ける子。
東館に住み、そこで一生を終える子。
それは吾妻家から出すことになっている。
それゆえ吾妻家は里から崇敬を受けて来た。
それゆえ吾妻家はかつての支配階級の地位のまま現代まで続けてこれた。
儀式に必要な贄を自らの血でもって贖ってきたお陰で。
そうして完遂してきた儀式。
そうして醸成してきた怨念。
そんな里の歴史に対して、果たして銃が通用するものだろうか。
だが、退くわけにはいかない。
西原家の者として守る――




