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怨鎖 ~蟲獄~  作者: 玉部×字
其の八 悉く

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29/30

弐 限りなき魂の蟲


 神社の境内はぼやけていた。

 身体をお越して、回りを見渡せばまだデン婆とサラは居て。

 右手と左足が、宙ぶらりんになった一七かずなと、頭が凹み割れた頭蓋骨と血が飛び出た二三人ふみともまだ俺を守るように居た。


「駄目だ、こいつ。やっぱ早く来なきゃ怨みないじゃん? デン婆もう帰る?」

「まだだ」

「でもあれ――結構ヤバいんじゃ? 歪んで見えるんだけど」

「逃げるだけなら、いつでも出来るじゃろ」


 どうやら戻って来たことで目がぼやけていたわけではないようだ。

 デン婆とサラは普通――というより、向こうがぼやけて見えるだけ。

 真夏のアスファルトから上る陽炎のような、もやのような、薄い霧のようなものが向こうから来ていた。拝殿の方、緑の光から空間がぼやけている。


 その中心にいる。黄色い鬼面の黒いスーツ。


「陰陽師ぃぃぃぃぃっ!!」


 それを見た瞬間、身体が弾けて、突進していた。

 口から漏れ出す声、身体から漏れる蟲とともに。


「陰陽師! 陰陽師! 陰陽師、陰陽師、陰陽師ぃぃっ!」


 全身から声が出た。手が出た、足が出た。


 ゴキブリが如く素早く、バッタが如く飛び上がり、ケラが如く土を掘り、ムカデの如く退くことはない。

 手を奮えば幾百に分かたれ、足を踏み込めば地を割り、叫べば虫の霧を吐く。

 ミミズを潜らせ、ハチを飛ばし、アリを沸かせ、ハエを纏わす。

 四方八方、三百六十度、奴へ向けて考え得る限りの攻撃を繰り出す。


「ふん、その程度で相手に」


 だが、足りない。

 緑の光が走れば、足は斬られ、手は断たれ、息は詰まらされる。

 何度、手を出そうが、何度足を出そうが、どれだけ叫ぼうが――届かない。

 奴の顔色を変えることすらできない。

 背後の青シャツすら、落ち着き払ったままだ。

 俺を見ていない。

 俺を敵と見なしていない。

 冷たい目のまま――見下したまま。


 だが、止めない。

 こいつらを絶滅させるまでは止まらない。

 何度斬られようが、何度断たれようが、何度突かれようが、何度死のうが――


「お前らだけはぁぁぁっ!」

「違うっ! 日登利っ! それは――」


 そうだ。違う。

 まだ、相依の時にはほど遠い。

 あの感覚だ。


『人の怨念に虫の反射』


 そうだ。それだ。

 まだ俺が考えている。まだ人として思考してしまっている。

 蟲だ。

 俺は蟲なんだ。

 人ではない。

 身体は人ではない。

 もう人間じゃない、生きてもいない。


 そうだ俺の身体は無数の蟲だ。一つ一つが思考出来る。反射で動ける。

 身体に任せろ、俺は奴を怨むだけでいい。

 奴に向けて真っ直ぐ怨念で進めばいい。


「死ねぇぇぇぇぇっ!」


 真っ直ぐ進む。

 最適化された攻撃が繰り出される。

 最速の足、羽根で進み、最硬の腕で殴る。


 振るわれる緑の剣。肩口から斬られるが、蟲が斬られる寸前に身体を二つに割る。

 蟲化を妨る術を弾けた。

 いや、当然だ、蟲化ではないから。どうなっても俺だからだ。


「芳賀っ!」

「黙れっ、このくらいで――虫ケラが。邪魔だ」


 だが、届かない。

 蟲化で分離、ならばそっちにも斬撃――ならそこも分離、なら斬撃。


 受けに回ったが最後だった。

 全身をずたずたに切り裂かれる。


「くっ、また奪うのかっ! 殺してやる! 殺してやるっ」


『違う』


 頭のどこかで声が響いた。


『違う? 何が違う』


 だから頭のどこかへ問うた。

 だが、答えはない。

 そうだ。もう沢山の人格の欠片はない。

 すべて俺に溶けた。

 だが、消えてない。消すもんか。

 奴らの怨みを、俺が消すわけがない。

 無意識、潜在意識、本能にいる。


「そうか――そうだったな。一人を意識し過ぎて無視してたか」


『殺そうとしている』

『殺意の源泉は何だ?』

『どうしなければならない?』

『何をすれば強くなると言われた』

『怒りから来ている』

『憎しみから来ている』

『違う。違う違う違うっ!』

『怨め。怨むんだ』


「ああ、分かってる。俺は怨みだけでいい怨み以外は要らない」


 怒りは怨みに、憎しみは怨みに。


「そうだ――怨め――怨め――」

「お前に用はないんだよ。雑魚が」

「っ!」


 違う。怒りじゃない。

 もう怨みだけでいい。

 怨みにしなくては勝てない。

 全ての感情も思いも思考も全部、全部、全部、全部――怨みに変える。


「怒れ《うらめ》、憎め《うらめ》、笑え《うらめ》――悔め《うらめ》っ慄け《うらめ》っ惑え《うらめ》っ驚け《うらめ》っ嫌え《うらめ》憂え《うらめ》っ呆れ《うらめ》悼め《うらめ》っ喜べ《うらめ》憤れ《うらめ》っ慕え《うらめ》嘲れ《うらめ》患え《うらめ》愁え《うらめ》っ好め《うらめ》悦べ《うらめ》愕け《うらめ》っ忍べ《うらめ》憩え《うらめ》悲しめ《うらめ》っ哀しめ《うらめ》恥じれ《うらめ》怪しめ《うらめ》慈しめ《うらめ》楽しめ《うらめ》愛しめ《うらめ》惜しめ《うらめ》苦しめ《うらめ》懐かしめ《うらめ》愉しめ《うらめ》欲しがれ《うらめ》はにかめ《うらめ》むかつけ《うらめ》――怨めえええぇぇええぇぇぇっっっ! おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 怨みで頭が白くなった。

 気付けば、陰陽師は目の前で、気付けば殴っていた。

 手はゾウムシのように堅い甲で出来た、ムカデのように節の多く長い手を。それを何本も何本も何本も生えて。それら全部が自在に勝手に何度も何度も何度も叩いた。叩いて叩いて叩いていた。

 結界を叩いた特有の重く、弾かれる衝撃を受けても。

 何度も何度も何度も叩いて叩いて叩いて。

 結界だろうと、地面だろうと、空を切ろうと。

 何度も何度も何度も叩いて叩いて叩いて。

 奴らを貫くまで、奴らに止めをさすまで、奴らの息の根を止めるまで。

 何度も何度も何度も叩いて叩いて叩いて。

 手を斬られようと、足を斬られようと、胴を貫かれようと。

 何度も何度も何度も叩いて叩いて叩いて。


「何だこの力はっ!」

「馬鹿なっ、くっ、結界ごと――」


 結界が浮く――だが割れていない。叩いて叩いて叩いて叩いた。

 殻を割って中身を引きずり出して、一人残らず蟲獄に落とすために。

 叩いて叩いて叩いて叩いた。

 だが割れない。

 神社上空まで飛んで行くが――中の奴らはまだ無事。

 まだ貫いていない。まだ殺してない。


 まだ世に陰陽庁がある。


「まだだぁぁぁぁっ! まだ足りないっ! 飛鳥馬に眠る蟲たちよ。無様に殺された蟲たちよ。謂れなく殺された蟲たちよ。応えろぉっ! ただ生きていただけで叩かれ踏まれ潰され毒殺されて来ただろう。お前らの怨念はまだ消えちゃいないだろう! まだそこで安穏と暮らすには早いだろうがっ! 俺に託せ、俺が晴らしてやるっ! お前らの怨念――常世から戻って来やがれぇぇっ!」


 地面に当てた手。

 そこに眠るはずの蟲たち――確かに感じた。

 揺れた。いや震えた。これは胎動だ。

 再び現世に舞い戻る再誕の鼓動。


「やるぞ――お前ら――いや、俺たちの怨みをぉぉぉぉぉぉおおおおおおお」


 最初は一粒の水滴のようだった。

 地面にぽつりと浮き上がる黒い水滴。

 それが揺れとともに、震えとともに、ぽつぽつと増え。ぽつぽつぽつぽつと増えて地面を黒く覆う。

 黒い雨に濡れたような地面、だが決定的に違う粘性。


 粘り張り付く黒――怨念だ。


 よく見れば無数の小さな黒の集合体。

 無数の蟲の魂の、怨念の、粘つく集まり。

 長年、常世にて晴れることなく醸成された蟲たちの怨念。


 だから俺と相性がいい。

 だからこうなるのが必然。


「――蝶、どんなサイズだ、馬鹿かこんなもの――どうすりゃいいんだっ」

「ひょー黒くてカッコいいじゃん?」

「ひぃぃっ! あ、あれはっ!」

「た、たすけてたすけて、何でほんとに現れるなんて――」


 飛鳥馬の奴らの悲鳴の中で「常世様」と、蝶の名を呼ぶ声がした。



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