壱 無量闇
蟲獄に降りて、全員を呼び出した。
俺の目の前に、今会話できそうな全員を並べた。
見下す者
俺を見下す者。
下卑た顔で女から目を離さないの者。
黙して微笑みを浮かべた者。
真一文字に口を結んだままの者。
恍惚とした表情でそれを見る者。
額に皺寄せ目を吊りあげる者。
蕩けて意識を失いかけた者。
俺を睨め上げ、口の端を上げる者。
それぞれを蟲のない生まれたままの状態で呼んだ。
「なんだ、もう何百京年だかが経ったのか?」
まず口を開いたのは相依。
「ふへぇ! 絵里ちゃん絵里ちゃんっ!」
「相依君は嫌だ。相依君は嫌だ。相依君は嫌だ。相依君は嫌だ。相依君は嫌だ」
「ふむ、幾人は居らんか――これ五百人しっかりせんかっ。情けない。吾妻の娘っ子にすら劣るというのか。お前は」
「もう終わり? ねぇ、じゃあ次は私に責め苦をさせて頂戴。ずっと考えてたの――ねぇ? 聞いてる? もしもーし」
だが俺は目も合わさい。顔も上げず、座り込んだまま要求を突きつけた。
「答えろ。それ以上無駄口を利くならすぐに戻す」
「あはっ、どうしたの? ご機嫌斜めかしら?」
「亜麻子。次、許可なく口を開いたら。お前でも戻って来れないようにする」
脅すと亜麻子は肩をすくめて右手でチャックを閉じるように口を閉じた。
それにならって順々に静かになっていくが、黙らない者もいた。
「ふへぇふへぇ、地獄に仏! 蟲獄に絵里ちゃんじゃっ!」
乙太を蟲に連れて行かせて、ようやく静かになったところで口を開いた。
「何のために儀式をしていた? あの儀式は何のためにしていた」
そう問うと、全員の視線が一点に集まる。
裸一貫でも、その高い身長とモデルでならした美しい姿勢で目立つ相依に。
「里のため。里を持たせるために」
「どうやってあの儀式で里が守られるんだ」
「ふん、そうだな。それを話すのには、虫入りでは何をしているかを知る必要がある。が、霊感が欠片もない私では説得力がないか――絵里、話せ」
「あぁっ?! 誰に命令してんだぁこらぁ?!」
絵里とかいう公子の母親は額を相依に突きつけ凄む。
「無駄口。また戻りたいのか? 痒みの中に。随分やつれてるじゃないか? 辛いのだろう? きつかったのだろう?」
「ちっ、分かったよ」
絵里は相依から離れて、足を大きく開いてしゃがみこむ。
まるで話に聞くヤンキーのようだ。
「虫入りは虫を怨念を喰わせた蟲とする。つまり怨霊を作っている」
「怨霊? 俺のようなか?」
「違う。コントロール可能な怨霊だよ。誰が好き好んでお前みたいなの作るよ」
「絵里。お前がやったのだろう」
「相依っ! お前がっ! アホみたいに殺すからだろうがっ」
「ほら無駄口」
「お前こそっ。それ無駄口じゃないの!?」
俺は無視して相依に話を続けるよう顎でしゃくった。
「それをコントロールするのが竃土の仕事のはずだ」
「ちっ、そうだよ。生かさず殺さず、火に掛ける。浄化し過ぎず、怨念を絶やさず蟲を炒って――次の儀式に使う。使った蟲の怨念が何れ怨霊を生むのさ。ヤバ過ぎない程度のな。最悪辰巳たちが抑えられる程度の怨霊をな」
「それは怨霊を作るのが目的だと言うことか? 怨霊を鎮めるではなく?」
「そうだよ。作るのが目的――だろ? そう聞いてるんだよな? 吾妻は」
「ああ、間違いない」
答える相依はどこか笑っている。
口元が緩み、目じりに小さく皺が寄る。
俺に生まれた疑問をぶつけて来いと、挑発しているように。
「誰に聞いてる?」
「誰に? ”どこに”が正しい。こんなことをさせるなら組織だからな」
「御託はいいどこだ」
「はっ、分からないか? もう分かってるだろう?」
「何を――」
「何かを救うことで金を得る者は、救われる者が居なければ金を得られない者ということだ」
「それが陰陽師だと?」
「分からないフリをするな。組織だよ。こんな大それたことを出来る組織は、陰陽師の組織はどこか管轄している?」
確か奴らが省庁の名を言っていた。
聞きなれない妙な響きの、一般人には知らされない省庁。
「――陰陽庁」
「そうだ。省庁の一つ。表向きは存在していないことになっているが――間違いなく国の機関だ」
「なら、お前はそこの指示で父さんを母さんをみんなを? 見返りはなんだ」
「予算だ。税金が流れてくるんだよ。吾妻や、辰巳は様々な自治体の事業を請け負う団体を持っている。竃土は省庁相手に商売が出来る。西原は元は土建屋。小木坂田は人間国宝になったろうな」
「そんなもののために――」
「そんなものが無ければ飛鳥馬は滅んでいる。とうの昔にな。大した土地も、産業も特産品もなかった。観光客だって呼び込めない。必要なのは金だ。税金に集るダニと言われてもそうしなければ滅んでた。だから少なくとも私は里のためにやったよ」
また、口の端が持ち上がった。
相依は歪に笑う、今にも声を上げそうに。
「待て――待て待て待て、じゃあ、陰陽庁は? 陰陽庁は何でこの指示を」
「分かるだろう? お前は大学生なんだ。分かるよな? 省庁の予算は使い切らねばならない。余らせれば必要ないということで減らされかねないということを」
「じゃあ、予算確保の、予算が減らされたくないからと言う理由なのか? 里が滅ぶだとか、自然災害を、神を鎮めるだとか。表向きのお題目すらないのか」
「ない。もっと言えば陰陽庁の目指すところは”予算を増やしたい”だ」
「予算――のため?」
「そうだ。必要なんだ。陰陽師が救う相手が。人の犯罪なら警察。自然災害なら消防というように。陰陽師なら怨霊。無論飛鳥馬だけじゃないぞ? 全国でやっている。人知れず怨霊を作って、怨霊を倒して”ほら陰陽師が居ないと大変だろ?” と予算を付けさせているんだ」
全身がざわついた。
俺たちは生贄――それは悲惨であるが、唯一の救いがあった。
贄をするだけの必要性はなくとも、贄であれば何かを救ったということ。
人柱だって、意味がなくなって、それをすることで誰かを救えると考えられていたはずだ。
勿論、犠牲に見合うわけがない。
犠牲になると選んでもいない。
そんなことで俺たちの怨みは少しも晴れるわけがない。
けど少なくとも、何か役立たせようという意図があったのなら――意味はあった。
あったと思っていた。
だが、何もなかった。
何も何もだ。
どこの誰かも知らない。
明日とも知れない困窮もしてない。
役人の小金稼ぎのためだった。
「そんな馬鹿なっ! そんな理由で――予算欲しさの――陰陽庁のマッチポンプ――そんなことで――殺されて来たと言うのか俺たちはっ!」
全員を見渡した。
俺を見下す者。
下卑た顔で女から目を離さないの者。
黙して微笑みを浮かべた者。
真一文字に口を結んだままの者。
恍惚とした表情でそれを見る者。
額に皺寄せ目を吊りあげる者。
蕩けて意識を失いかけた者。
俺を睨め上げ、口の端を上げる者。
それぞれが別々の表情を作っていた。
並んでいても纏まりなく、同じ場所に居てもそれぞれが別々を見ている。
だが、一様に同じ答えを発した。
「そうだ」
どうにかなりそうだった。
既に多数の魂と怨念と、怨霊になって、もはや人ではなく。数多の人間を苦しめるためだけの存在にまで堕した俺の頭が――更にどうにかなりそうに痛んだ。
全身が沸き立った。
締め付け、バラバラになりそうだった。
弾け飛びそうで、潰されそうだった。
身体中の蟲たちが泣いて、叫んで、笑って、唸った。
全身が、身体の細胞がそれぞれ別々のことを始めたよう。
だというのに、未だかつてない一体感があった。
ずっと一つになったと思っていたが、見ていた方向はバラバラだった。
ずっと一人になったと思っていたが、言いたいことは別々だった。
思いは一つ、記憶も共有、人格は俺。
そうなっていたと思い込んでいた。
今なら分かる。まだなっていなかった。
俺の身体を構成する蟲が何をしたいか、何を願いたいか。何を言いたいか。
分かってなかったんだと。
だが、今ならわかる――今なら一緒だ。
「――皆殺しだ」




