弐 銭と剣
1はふっとんで2の横で止まった。
不自然に中空で貼り付けになって、地面にずり落ちる。
10mほどは飛んだだろ。間違いなく常人なら内臓ごとぐちゃぐちゃ――だが1はすぐに立ち上がった。
「いっつつ、アバラが何本か行った」
「舐めてるからだ。馬鹿が。二人で行くぞ」
「ああん? 手前は人命優先だろう」
――人命優先
ということに少し安堵した。
2は結界張ってるだけで精一杯ということ。
人間離れした頑丈さはあっても、勝てない相手じゃないということ。
「言ってる場合か」
「場合だよ。ちょっと思い出したんだよな」
「また、ろくでもないことじゃないだろうな」
「あったり前だろ。こないだの映画を思い出してよお」
「おい、馬鹿。なんで映画の話だ」
何の話か知らないが、付き合う義理はない。
応援がないとも限らない。
もう一度フレイル――背中に両手を回す。
「おい、怨霊。舐めてるのか? 俺の結界は馬鹿と違う。割れるかっ」
念のためダブルフレイルをぶち当てても弾かれるのみ。鉄の扉でも突破できる威力だというのに少し揺れを感じた程度だ。
「でその映画がよぉ」
「血流し過ぎだ。馬鹿。意識あるのか?」
「良いから聞けよぉ。その映画がよぉ。なんか額にお札張ってゾンビ操る映画なんだけどよぉ」
「それはキョンシーだ。馬鹿! お前本当に陰陽師か?」
余裕にも向こうはよくわからない話に夢中。
その間もフレイルで殴っては見るものの意味があるようには思えない。
――引くか
そんな考えが頭を過ぎる。だが、そんなわけにはいかない。
あの糞カスを蟲獄に落とさねば、何も終われない。
蟲獄で永劫の時を苦しめねば、何も晴れない。
「うるせぇなぁ。聞け。その映画でよ。五円玉で剣作るんだよ」
「銭剣な」
「そうそれ偉いつよええのよ。月の光集めて、赤く光って。飛ぶんだぜ?」
「あと五円玉じゃねぇよ。大陸の古銭だ」
「こせん?」
「古い金だ。あとそれは映画だ。飛ぶか馬鹿」
奴らの話を余所に俺は身体を霧にしていく。蟲の霧。
神社の時と同じ手だ。圧力で割る。
「古い金――はっ、それであんだけ強いんだぜ。日本最高の金でやったらよぉー! こりゃもう最強だろ!」
「馬鹿か、馬鹿がっ! 使える分けないだろうが!」
「このために貯金全部降ろして来たっての」
「馬鹿が――いやそれ少なすぎるだろ。どんだけ使ってんだ。馬鹿」
馬鹿が一万円を10枚ほど、懐から取り出した。
丸めて、重ねて、細く長い筒状にして吠えると――緑に光った。
「はははっーみさらせ! 日本銀行券最高火力! これが渋沢ブレードだぁぁっ!」
「マジで光ってる? しかもこれは――」
「おっしゃっ! やってやるぜ!」
光る剣を振りかざし、蟲の霧に臆さず突っ込んでくる。
振り回し、斬り進み、蟲を分断。
「おらおらおらっ」
蟲化していても関係なく、遮二無二斬られる。
斬られた感覚がしっかり残る。
痛みとして刻まれ、分断された。
斬られた箇所、俺の中心の魂から遠い方が支配下から消えていく。
チリとなっていく。
「ちっ」
咄嗟に人に戻った。
が、勿論、打開策になるはずもない。
斬撃、避ける。
近寄られ、下がる。
ただ、逃げることしかできない。
掠れば、身体から力が抜けていくようだった。
「何だ――これはっ」
身体が重い、上手く動けない。
この訳の分からない剣の影響だろうか。
神社という神域に居続けたせいだろうか。
それとも結界とやらか、呪とやらか。
身体から動きが失われていくのが分かる。
どんどん回避できなくなっている。
一撃、また一撃。
もうほとんど避けられなくなって、更に身体から蟲が減っていく。
このままでは――消える。
仕方ない。仕方ない。仕方ない。血を吐く思いだが仕方ない。
陰陽師の後ろで情けない姿勢でほくそ笑んでる、糞から目が離せないが仕方ない。
今、ここで消えてしまうよりは――
残った力を足に集めて――飛んだ。
鳥居を越えて、境内の外へと。
「逃がすかぁっ! おらぁ! 梅子手裏剣っ!」
が、逃げられない。
背中が熱い。
何かが刺さった――そして引っ張られ、引き戻され、砂利の上に落下。
「何なんだ。お前は――何なんだっ!」
「無理だぜ。これ以上は殺させない」
冷たい目、俺を見下ろす1の目は冷たく――そして、光る剣を強く握った。
「こんなところで――せめてせめてせめて――!」
地下へと蟲を走らす。
が、今の状態で結界を壊せるはずもない。
「終わりだ。通れるかよ。大人しく消えろ。足掻くな。さっさと罪を償え」
「嫌だね――終われるか。罪を償うのは奴の――」
「じゃあお前の罪はどうすんだ」
「俺の――」
「お前だって殺してんだろと言われてんだ。馬鹿が。人の罪ばかり責めて、自分の罪に向き合え」
「だから俺を、両親を婆ちゃんを――」
「あーそういうの良いから。聞き飽きてんだこっちはよ。怨霊祓ってりゃそういうの一杯聞くんだよ。やり返したい気持ちは分かるぜ? でもやったら駄目だろ」
「こっちは殺されて――」
「死者だって罪を犯せば罰せられる。殺されてるから何してもチャラじゃない。それくらいわかれ、馬鹿」
「おい、言い過ぎだろぉ二瓶」
「名前呼んでんな芳賀ぁっ!」
「お前も呼んでるじゃねーか! 呼ばれたからって呼び返して言い訳じゃねぇんだ」
「五月蠅いっ! 何だ何なんだっ。お前ら一体何のために邪魔をする! 罰せられてない悪党を救うためか! 罪に罰を与えないから。俺みたいな奴が生まれるんだ! それを俺だけ一方的に我慢しろと、罰するなんてっ」
「ま、一理あると俺も思うぜ?」
「法は人の作ったシステムだ。完璧じゃない。それでも先に繋げるために――無法を正すのも規律が必要だということだ。分かったか!?」
「嫌だね分かってやらないっ! それでも許せないことだってあるだろ! お前らは自分がやられてないからわからない。生まれながらに殺される定めだったことがあるのか。怨念産むために蟲に喰われたことはっ?! 無関係ならすっこんでろよっ! 別に罪を無い奴を苦しめる気はないんだっ!」
「無理だっての。負の感情で人はそこまで頑張れやしねぇよ」
立ち上がろうとした俺の腹に光のナイフが刺さる。
熱い。さっきの背に刺さった物と同じだろう。
丸まった五千円札が光を放ったナイフが刺さって――力が抜けた。
決定的な脱力。
諦観にも似て、身体が緩和していく。
「あぁ」
と悲哀に暮れた吐息も漏れた。
「観念したか――今、送ってやる」
大上段に構えられた光の刃。
力籠る指先。
バンダナの下の目はやはり冷たく。
俺は目を閉じてその時を待った。
だがその時は来ない。
「んだ。手前ぇっ」
目を開けた俺の前、光の刃に身を晒して立ち塞がったのは紅白の服。
「一七、お姉ちゃん?!」
巫女の一人が俺を庇っていた。




