壱 1と2
黒スーツ二人が俺と幾人の間に立ち塞がる。
怨霊と分かっていながら余裕な表情で、見下した顔でだ。
だが何よりもむかつくのは幾人がイキっていること。
「終わりだよ。お疲れさん。地獄にはお前ひとりで行け、はははっ!」
黒スーツの後ろでちらちら顔を出して吠える姿は、まさに虎の威を借る狐。
「あのっ! お願いしますっ、四八ちゃんを助けてあげて」
「四八姉ちゃん!」
他の兄妹は俺の横で、また袴を濡らしている四八とやらを心配しているのに。
憐みすら感じる無様さだ。
「動くな! 馬鹿が! 生きてる奴は動くな。そこの娘もだ。俺が結界を張ってる。出ない限りは手出しできん」
「死んでたら動けねぇだろ」
「黙れ馬鹿がっ!」
見た目の割りに口の悪い青シャツの言う通りだった。
地面の下からも蟻一匹通れない強固な結界で、全員が守られている。
未だかつてない強力な奴だ。
それを気付かない内に、これだけの大人数に張る。
「――誰だ、お前ら? 何者だ?」
「何だよ。随分落ち着いちゃってんじゃん」
「何で邪魔をする」
「そりゃ仕事だからだって」
「仕事?」
「そうだ。お前らのような怨霊がいるんだ。祓う仕事も成立するだろうが」
「ま、安月給なんだけどな。なんせ公務員だからよ」
「公務員?」
「仕事になるってことは定期的に、頻繁に出るってことだ。なら国が組織しないわけないだろうが。馬鹿か?」
「何だよ。陰陽庁知らねぇの? パンピーだぜこいつぁ」
「陰陽庁――?」
何が何やら分からない。
当然、蟲の記憶にもない。
オウム返しに質問することしか出来ない。
「ばーか、知らないのかっ! 所詮、吾妻の傍流。贄の血統」
「黙れと言ってんだっ! 馬鹿がっ! 結界解くぞこら」
「あ、ああ、待って待ってもう喋らないから」
「おい、喋ってる。今喋ってるよ。はははっ」
赤シャツは何がおかしいのか笑い出した。
「おい、公務員」
「待て待て、その呼び方はよくねぇよ。そうだな俺のことは――」
「名前言うんじゃないだろうな? 呪を掛けられたい変態だったか?」
「んなこと分かってるら。言うわけないだろ。呪なんて掛けられたくねぇよ」
「呪?」
「なんだ。大人しい上に、呪も知らないのか」
「呪ってのは呪い、呪詛のこと。ほら、昔のお偉いさんは本当の名前隠してたろ?」
「名前を縛られ、支配される。つまり呪を掛けられるというわけだ。分かったか?」
――何故だ?
馬鹿丁寧に説明してくれる。
時間稼ぎ――”応援”という言葉が浮かんだ。
「ま、だから俺は1とでも呼べ。こいつは2」
「数字の1、2か?」
「おうよ。俺は国家陰陽師1種試験を突破しているからな。あ、こいつは2種な」
「三十になろうって奴が、いつまで試験区分でマウントとってんだ。馬鹿がっ!」
赤いシャツの男は自分のシャツを指差しい色を自慢している。
どうやら階級と色が一致しているらしいのだが、俺の興味はそこじゃない。
「国家――陰陽師?」
「そうだ。国家試験を突破して陰陽庁の陰陽師になってる。大々的に募集してるぞ。こういうことに関わる奴だけからな」
「そうそ、所謂公然の猥褻って奴よ」
「秘密だ、馬鹿! しかし、陰陽師すら知らないってことは生前は一般人か――」
少し逡巡――何か情報を与えていいものかと考えた。
が、結局は頷いて返す。
「なるほどな。パンピーから怨霊か。ま、同情はするぜ。怨むだけのことがあったんだろう。ひでぇ状態だもんなぁ。だがな。そうなったらおしまいだぜ」
「別に何かを始める気も続ける気もない。俺はこれで終わりでいい」
「そっか――」
「だがな、後一人、そいつだけは渡して貰おう」
「まあ、こいつが糞馬鹿なのは振る舞いで分かる。お前が怨むのも何となく、理解は出来るがな――許すかよ」
「そうそ。おしまいって言ったろ? 大人しくしてな。優しく冥土に送ってやるぜ」
余りに上から目線、余りに下に置かれている。
「どういうつもりだ? 可哀想な奴だとでも? ふざけるなよ。お前らに許しを貰う必要はない。俺は怨みを持ってそいつを蟲獄に落とす。それで終いだ。邪魔立てするならお前らも落とすぞ?」
「はっ、蟲獄ねぇ。面白そうな地獄ってことで良いのか?」
「馬鹿がっ。勝てると思うのか」
「まあま、ちっと痛ぇ思いして貰いましょうかねぇ――おい、2!」
「ああ、任せるぞ。馬鹿」
「1だよ! 1! 行くぜ!」
時間稼ぎと言う疑念は払拭された。
1――恐らくエリートで馬鹿っぽい方が突っ込んでくる。
「怨霊退散っ!」
繰り出して来たのはパンチ。
陰陽師というからには呪いやら、式神やら、使うのかと思ったが、徒手空拳だ。
「その悪しき怨み、清めてやるぜ」
キック、チョップと本当にただの肉弾戦だ。スーツに武器を隠していたりもない。
ただ、言うだけあって強い。
かなりの上空からこともなげに降りて来た高い身体能力。俺の動きに付いて来る。 そのうえ、パンチもキックも――流せない。
蟲となって受け流して無効化出来ない。
攻撃の当たった部分だけ、蟲になれない。
攻撃されたら、電気ショックでも受けたように人の状態から変化が出来なくなる。
「怨み憎しみ募るのは辛ぇだろう? その怒り宥めてやるってんだ!」
弱い攻撃なら結界で弾くからか、蟲を出しても臆さない。
身体能力も精神力も常人ではない。
「愛しさの行きつく果てに病んで怨霊になんて悲しいだろうがっ。一刻も早く鎮めてやるぜっ! おらぁっ! どうだ!」
渾身だっただろう、正拳突きがみぞおちに突き刺さる。
だが――
「軽い」
「い――効いてねぇってか? くそ、ならっ!」
「遅い」
「うえっ、やべっ」
確かに怨霊と対峙してきた者ということは分かる実力だ。
だがそれだけだ。
「邪魔だっ!」
結界を腕を振り被り、紐状に長い虫たちを鞭のようにしならせ――振る。
風を切りながら進む紐状の虫達。ついてくる音は後からだ。そうして十分な加速で持って付いて来る先端を丸めた。
世界一硬い虫――クロカタゾウムシにて固める。
つまり音を置き去りにする速度のゾウムシのフレイルの一撃。
パリンと小気味の良い音が響いて。
それでもフレイルは止まらず、赤シャツにめり込んで、鈍い音が鳴った。




