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怨鎖 ~蟲獄~  作者: 玉部×字
其の六 大学生ひとり

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24/30

陸 十二年前の一幕


 十二年前、東館ひがしやかた――


 後ろ手で拘束された父さんと母さんが居る。

 必死に訴える。

 どんな台詞だろうか。俺はいい。ひとみは違うだろう。

 こんな感じだろう。

 何度も叫んだだろう。


 父さんは必死で生きたはずだ。

 恐らくは他の東の子と同じく、あそこで育った。ろくな教育も受けていない。儀式の日まで生かされるだけの人生。


 それを婆ちゃんが逃がした。

 病気、入院が必要な大病を患ったらしい。

 飛鳥馬あすまでは無理な病気だ。そこで死を偽装。

 婆ちゃんの親戚の親戚。まあ他人に預けられた。


 きっと生きるのも大変だったはずだ。

 読み書きの出来ない6歳児。喋るのさえ、ろくに出来なかったんじゃないか。

 学校では馬鹿にされたろう。引き取られた家でも邪魔者扱いだろう。

 それでも生きて、生きて、学校も卒業して、就職して、母さんと出会った。


 そして俺を作った。

 幸せだったはずだ。

 家庭を持てるとは思ってなかったんじゃないか。

 多分、母さんには話してたんだと思う。

 それでも一緒になってくれた。

 その相手だけでも何とかしようとしたはずだ。


 だから必死に叫んだはずだ。

 心の底から、全霊で叫んだはず。


 だが、こいつらは止めることはなかった。


若利わかとし――」

「東の――若利わかとし君――覚えてないか。五百人いおとだ。ほら、一度――」

「誰の名前を――何をした相手の名を――呼んでいる」

「君の怒りはごもっともだ――だけど――」

「僕は居なかった――か?」

「そうだよ。その通り、違うんだ。やったのは私じゃない。幾人いくひとだ!」

「親父っ! 何を言ってんだ」

「だが、事実だ! 違う違うぞ。やるなら幾人いくひとだっ」

「糞虫が――相依あいっ!」


 手を伸ばし、地に突き立てた。


 相依あい――実の弟である父さんも眉一つ変えずに釜に放り込ませた女だ。間違いなく反吐の出る人間性だが――色々素直に情報を吐いた。

 奴が何故、そこまで辰巳を憎むのか分からない。

 けど、まあ情報分は報いてやっても良いだろう。


「やめやめやめっ! 違うって言ってるだろぉぉ」

「やっていいぞ」


 手から飛ばした虫はケラとジガバチ。穴を掘る奴らだ。

 そいつらが土中を掘り、後は相依あいに任せた。穴を続いていく虫の勢いがありすぎて地面が盛り上がっていく。

 興奮が丸見えで、こっちが恥ずかしくなるくらい雑に五百人いおとを追い掛ける。


「違うっ違うんだぁぁぁっ!」

五百人いおとぉぉぉぉぉっ!」

「あ、相依あい君っ!? やだ相依あい君だけ――はっ」


 蟲が無数の手になって掴んで地に引きずり込んだ。

 相依あいの高笑いが聞こえるようだ。


「親父っ!」

「なんでここまで憎みあってんだろうな」

「あ、あんた――妹たちは違うんだ! 赦してくれっ!」


 土中に連れ去られた父と、俺を交互に見比べた幾人いくひとは地面に頭を擦りつけた。


「なるほど、勝てぬと分かったら即謝罪。土下座もして見せる。率先して他者を守る善き人間を演じて赦しを得ようとする――流石熟練の卑怯者だ」

「ちがっ! ちがう! 俺はいいんだ。それだけのことはした。だが妹たちはっ! 何も知らない。儀式のことだって知らない。何も手伝わせてないんだ」

「ほう――じゃあ、こいつはいいな」

「へ?」


 唾を吐きかけるように、口から黒い霧状の蟲――虻と蜂の塊を吐き出す。

 向けた先は後ろにて、滝のような汗を掻いて逃げようとしていた爺。


「お前は幾佐いくさ――先々代の当主だよな? ってことは間違いなくお前もやった側だ」

「馬鹿者っ幾人いくひとっ! 何故儂も――ええいっ来るなっ来るなっ」


 虻と蜂に刺された顔は倍以上に膨れ上がった。

 勿論、ここまで差せばアナフィラキシーショックを起こすのは必然。顔以上に気道も腫れあがり、やがて顔は紫になって――身体を痙攣させながら絶命。

 見せしめにわざとらしく蠅に死体を啜らせれば、残った奴らは腰が抜けた。叫び声も絶え絶えで、逃げることも出来ないでいる。


「ひ、ひぃぃっ。じ、爺ちゃんっ、爺ちゃんっ! なんでこんな酷いことをっ」

「ははっ、お前の親父は地の底でどうなってると思ってる。こんなもんじゃない! もっとだ! もっと、もっともっともっともっと――苦しむんだよ?」

「なんでなんで――そこまでっお前何なんだよ!」

「なんで? 儀式の犠牲者だからだ」

「知らない、お前なんか知らない。俺は知らない! 俺じゃないだろぉぉっ」

若利わかとしという名に覚えは? 俺に似た贄は居なかったか? 居たはずだろ? 親父がひと目で父さんの名を呼んだんだから」

「若――ああぁ――でも、あれはっ! 俺は――ごめんなさいごめんなさいっ。謝るから悔い改めるから。そうだよっ、改めようとしたんだ。俺は贄を使わないで儀式をしようとしてたんだって!」

「嘘が上手だな」

「ほんとっ、ほんとだよっ! 実際今年は変わる予定だったんだ。俺がそうさせた。そう計画して手を回したんだよ。俺は悔いたから改めてるからっ本気でっ!」

「いいや、お前は悔いていない、だから改めることはないんだよ」

「ちがっ、悔いてるって。あんな儀式。生きた人間を使うなんて――」

「なら、なんで婆ちゃんを祓ったんだ?」


 吾妻タエ。

 吾妻の前の前の当主の嫁――だが、旧姓すら記憶にないほどに、婆ちゃんのことは分からない。俺の身体は記憶していない。

 これまで行われてきた数十回の儀式の記憶はあるというのにだ。

 つまり、当主だというのに怨まれても怨んでも居なかったということだ。

 実の娘によって贄にされたというのにだ。

 いや、贄ですらない。儀式でもないただ蟲の餌にされたのに。


 俺の記憶にはない。


 その時喰らわねばならなかった蟲たちから見えただけだ。

 喰らった記憶も、喰らわれた記憶もない。

 間違いなくいい人だったろう。

 だからこんな儀式を終えようとしたんだろう。

 だから殺されねばならなかったのだろう。


――十二年前


 こいつらの声は良く聞こえた。


「――幾人いくひと、お前の役目だ」

「嫌だ嫌だよ。無理だよ。こんなこと。ほら、こう頭にマスクとか被せたり――」

「駄目に決まってるだろう? やるんだよ辰巳の坊や」

「ねぇ、はやくして? なにぐずぐずしてるの? はやくはやく蟲をみせて。ね? はやくたべられてよ。ふふっ、ね?」

「――うん、早く終わらせよう。戒兄」

「分かった。幾人いくひと、祝詞はなくていい――相依あい様。それでよろしいですか?」

「ふふっ、五百人いおとが何と言うかね。はははっ」


 怨まれているから、俺の身体が怨んでいるから。

 そんな中に混じって婆ちゃんの声が微かに聞こえた。


相依あいっ! やめてっ、あんた。弟を――実の弟なんだよ」

「ああ、亜麻子ちゃん、見ちゃ駄目。こんな儀式参加しちゃ駄目よ」

「運戒君、運戒君っ! お願い止めて――お願いっ」


 必死に、誰にも届かないのに声を上げた。


「公子ちゃん、幾人いくひと君。聞こえてるんでしょ。貴方たちなら聞こえてるんでしょ? お願いよお願いだから。もう止めようって言ってくれたじゃない」


 もっとも他の奴らも聞こえてたとて止めなかっただろう。

 相依あいは亜麻子は当然としても、運戒も『使命』と言いながら釜に落とすのは変わらないのは分かる。それに公子はどうであろうと運戒以外は無視だ。


 だが幾人いくひとは違う。

 聞こえてた。丁寧にお願いをしていた婆ちゃんの声が聞こえてたはずだ。

 ”嫌だ嫌だ”駄々をこねながら、唇を噛んで婆ちゃんを睨んでいたから。


 そして小さく幾人の口が動いて、婆ちゃんは薄くなっていく。

 それでも最期まで諦めずに頼む婆ちゃんの消えゆく姿を見て――


「なじられたように感じたか? 責めているように聞こえたか? だから祓ってから――ほくそ笑んだのか?」

「そ、そんなことはしてないっ。断じてタエ様を笑ってないって!」

「なら何が可笑しかった。父さんと母さんが蟲に喰われるのがか?」

「ちがっ――緊張だ。緊張で、ほら笑っちまうことがあるだろ」

「なら何故、今笑っていない」

「違うっ、違うっ、そうだ! タエ様は極楽に送ったんだぞ。喜ぶことだろう。息子夫婦の無惨なさまを見ないですんだ――だったら笑うだろう」

「ならそうと最初に言えなかったのは何故だ!」

「うっ、だってだって! 昔の話だから、いちいち覚えてないよ。そんなこと」

「覚えてない、些末なことだと? 子供が目の前で殺されんとしている、失意の霊を除霊したことが覚えておく価値がない――出来事と言ったのか?」

「だから――そうじゃ、そうじゃない! どうしてそんな結論になるんだ。どうしてそんな悪い方ばかり捉える。だから怨霊なんかになる――はっ」

「やはり、それがお前の本性か」

「違う違う違うっ違うんだっ! 俺は違うんだよっ」

「別に、どんな答えだろうでも一緒だ。お前を蟲獄に落とすことに変更はないっ」

「駄目っ!」

四八よつば!」


 妹の一人だろう、四八よつばと呼ばれた巫女が俺の前に立つ。

 目つき鋭く敢然と、袴を小便で濡らしているのにも構わず。


「お兄ちゃんは誰も殺してないんでしょ? そこまでのこと――」

「する必要がある」

「ないのっ――ええいっ!」


 四八よつばは近づいて来たと思ったら、手を伸ばし俺に紙を突きつける。

 よくわからないごちゃごちゃした赤い字――恐らく霊験あらたかな札なのだろう。


「効く分けないだろう。お前、殺されないと思ってるのか」


 そう、恫喝したが、今度は身体から突っ込んでくる。


「きゃ」


 いや、幾人いくひとが突き飛ばした。

 妹を突き飛ばして――逃げた。


「よくやった四八よつばっ! 時間を稼げっ」

「ああ、おめでとう。お前は本当にクズだった」


 正直、ぎりぎりまで悩んではいた。

 単なる小心者の可能性は否定できなかった。少なくとも俺には。

 だが、もう迷いはない。

 既に10mは向こうにいった幾人いくひとはに狙いを定めて右手を伸ばした。

 肘から先が滑りながら伸びていく。ミミズのような蠕虫ぜんちゅう、ミルワームのような幼虫を幾百と編んで触手を象り幾人いくひとを追い掛けて――止まった。


「なっ」


 何が起きたか分からなかった、ただ触手の先の感覚が失われ。


――キン


 後から金属音が響き。

 それに合わせて、触手の真ん中から向こうが寸断された。


「逃がすかっ!」


 何が起きたか判断する前に、左手を同じように伸ばばした。

 すぐに幾人いくひとに追いつき掴まんとすると――阻まれた。

 堅い何かに当たって、後10cm先の幾人いくひとに届かない。


「結界?!」


 下手をすれば神社の物より硬い。

 何が、どうしてこんなものが出来るのか分からなかった。

 幾人いくひとがこれを出来るなら、逃げないだろう。

 他に誰か力あるものが――と考えていたら、上空から落下物があった。


「うっひょー! おっしっ! 間に合った!」

「馬鹿が、飛んでるヘリから降りる奴があるか!」

「んだよ。あんくらいの高さなら平気だろ?」

「高さの話をしたか? 何百キロで飛んでたと思ってんだ。ずれたらどうする?」


 男が二人、落ちてきた。

 地面に着地し、一回転して事も無げに立ち上がる――スーツ姿の男が二人。


「おんやぁ驚いた顔してんな。この怨霊」


 黒いスーツに赤シャツ。ぼさぼさの茶色い腰まである髪に、やはり赤いバンダナを巻いた挑発的な目。


「ふん、まだこれだけ人が生きているなら――話が出来るタイプか」


 もう一人は黒いスーツに青シャツ。こっちはしっかりネクタイもしている。清潔感ある64分けの黒髪、眼鏡を掛けて――やはり余裕な目。

 どうやら上空のヘリから――既に見えない速度の、気付かなかった高度のヘリから飛び降りた男たちは、俺を見ても余裕の表情――いや、むしろ下に見ている。


「やった、やった! 間に合った! ははっ、やったやったぞ! 頼む陰陽師。あの逆恨みクソ怨霊をやってくれ!」


 ああ、どうしてこうこういう奴ばかり助けが来ると言うのか。

 溜息が黒く染まりそうだった。




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