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怨鎖 ~蟲獄~  作者: 玉部×字
其の六 大学生ひとり

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23/30

伍 一番許せない奴


『西原とは里を守る一族』


 相依あいはそう言っていた。


『その題目があればなんでもする。そしてあいつはそれから逃げられん』


 蟲たちの中で、ここに落ちて来てからずっと沈黙を守る男。

 それが西原運戒の習性だと相依あいに聞いた。


「運戒。女をやれ――と言われてやるお前じゃないか」


 やはり返答はなく、沈黙を続ける。

 ただ、我慢をしているのだろうか。顔は引きつりっぱなしだ。亜麻子やら相依あいやらあの爺やらが可笑しいだけ。まあ、昭雄とかいう一瞬で駄目になった奴も居たが――普通は最初っからキクはずだ。


「外に出れば一瞬でも忘れられるかもしれないぞ」


 やはり動きはない。


「ああ、忘れてた。女じゃ分からないか。こいつだ」


 亜麻子同様にしてやる。女の姿を見た蟲を脳内にぶち込んで、映像を魂に食わせるという手法だ。


「ぐっ、おおっおおぉっ!」

「ははっ、そういや女の方が痛みには強いんだったなぁ」

「みこ、か?」

「そうだ。その女をやれ」

「やるわけ――がない――」


 これまでで一番の強い視線で答えてくる。


「何故やれない? どうして殺せない? 12年前にもやってるだろう? 何だその表情は驚いたか? 俺はお前らが儀式に使ってきた蟲の怨霊の集合霊だぞ? 当然、12年前のお前たちのことも知ってる。あんな態度で、あんな風に人を殺しておいて今更元恋人の一人も殺せないわけないだろうっ」

「それは――」

「使命か?」

「そう――儀式なくして里は持たない。だからっ」

「はははっ! そう、そうだよ。里のためならお前は人を殺せる――やれるよな? お前がやらなきゃ里が滅ぶぞ。滅ぼすぞ?」


 良い面だった。

 実に悔しそうで、怨めしそうで、俺がさせられて来た表情だ。


「分かってるだろ? 冗談じゃないってことは。俺に出来るということも」

「なら、何故――自分でやらない」

「時間が惜しい。奴を真正面から打ち倒すなら、体力切れしかない」

「そう、しろ」

「時間が惜しいと言っているだろ」

「だがみこを排除しても里を残すとは」

「残すさ。別にこれまでも無駄な殺しはしてない。」

「そうよ。先生」


 またしても亜麻子が地面から生えてくる。

 もう蟲もドレスのように身体に纏った程度で。自分の足で歩けるほどだ。


「私が幾ら頼んでも澤さんをやってくれなかったもの」

「澤さん――今は?」

「里の外よ。丁寧に運んでるの。他のもよ。えーとほら、庭師のとか」

「黙ってろ」

「いやん、ああぁちょっとっ」


 奥へと戻す――が、恐らく無駄だろう。


「分かったろ? 怨みのない奴は殺していないと。女を足止めしながら、他の標的を探すのは難しいんだ。漏れが出る可能性がある。仮に誰かに逃げられでもしたら――どうするか分からんぞ」


 奥歯を噛みしめ、首が攣りそうなほど力を込めて、奴は地上に出て言った。

 気分は少し晴れた。

 何せ邪魔者は排せる。

 そのうえ、今も大切にしているであろう元恋人を自分で地獄に落とさせた。

 どんな拷問よりも精神に来たはずだからだ。


 だがそれは俺の思い違いだった。


 戻って来た運戒と女は――妙に満足気だった。

 別に顔を合わさせたりしていないし、存在を感知させたりしていないというのに。特に女は同じところに落ちて満足という感じだ。

 運戒もそれが分かっているからか、さっきよりもむしろ余裕があった。

 それがむかついた。


「が、まあいい。障害はもうない――次だ」


 相依あいに聞いたことはまだある。

 それは12年前のこと、飛鳥馬あすまに来る前のこと。

 里の外に逃がされていた父さんを探した奴のこと。


 俺は女を排除したのち、即座にトンボになった。

 急いでいたからだ。絶対に逃げられたくない。その一心で黄緑と水色の鮮やかな色のギンヤンマとなった――時速100kmを超える日本最速の虫に。


 その甲斐あって目当てはすぐに見つかった。

 国道沿いの新旧入り混じるビル群の綺麗な方の一つ。


――中藤弁護士事務所


 放ったギンヤンマの内、二百ほどをビルの排水溝に集めた。

 ゴキブリになって内部侵入。途中あるフィルターはチャタテムシで通過した。

 排水管から給湯室、給湯室から出ると目当てのオフィスだ。


 小さいビルだが、飛鳥馬あすまには勿体ない小綺麗なオフィス。

 だがその面影はなく、オフィスはおもちゃ箱をひっくり返したようだった。


「ひっ! なんですかっ! あんなものっ聞いてない! 金、金、金! 金を早くっ早く集めて逃げないと!」


 這いつくばり棚を開けては札を引っ張りだし、金庫からは証文やらなんやら、手にしたジェラルミンのケースに詰めて行く。

 中には金塊すらあった。


「札っ、札っ! 金、金っ、宝石っ! ああぁ何でこんなバラバラに入れてしまったのでしょうかっ! 税金なんてあるから悪いんだっ! 私から取らないでっ!」


 正直最初から弁護士にしては知性を感じない顔だと思っていた。

 が、ここまでだとは――実にいい。

 こういう奴なら思い切り苦しんでくれるだろうから。


「あぁ早く早くしないとっ! 金! こっちは札! それで宝石と札っ、札、蟲! 札、蟲? 蟲っ?!」

「よう、糞弁護士」

「蟲っ! 人っ?! 君っ?! 死っ!」

「ああ、話は後だ――下でな」


 次は既に見えていた。

 場所はここらのビル群から少し離れた場所。田畑の端の開けた土地に立つ2階建ての、煉瓦の様な壁をした四角い建物。これも新しい建物だ。


――青檎苑せいきんえん


 庭には遊具があり、建物の入口には子供の絵がある。どこも窓は大きく、入口の扉も大きな両開きのガラスのもの。

 そんな光溢れる建物の、外の光の差さぬ一室。外から鍵の掛かる部屋に居た。


「お、お、ぬふぅ」

「ん、ああぁっ」


 嬌声の響く狭い部屋、ベッドしかない、まるで刑務所のような部屋だった。


「良かったですか?」

「ああ――ん? すまんすまん。乗ったままだったな。やはりここはいい。最高だ。ふひっ、どれもう一回」


 豚のような老いた男、いや老いた豚か。

 それがまだ少女のような女、せいぜい亜麻子程度の歳の女に飛びつくように跨る。

 まさか今の俺が恨みつらみ以外で、反吐が出そうになるとは思わなかった。


「落ちろ」


 何か話をする気すら起きないほど。

 ただ、掴んで持ち上げたこいつの頭からズラが落ちたのは少しウケた。


「外面気にするなら他にもっとあるだろうが――まあもう300京年は気にする必要はなくなるか」


 吾妻が里の外で何かをする場合に使う奴らは3種類。

 議員と司法と警察、権力を背景に追い込む。


 吾妻の専任弁護士中藤。

 吾妻と繋がりのある県会議員篠田。

 そして刑事の竃土かまど


 こいつらで父さんを見つけ出し、脅し透かし、里に呼び込んだ。

 父さんは戻れば殺されると分かっていたはず。

 なのに母さんまで連れていかねばならなかった。

 道連れになると分かっていたのにだ。


 だから実際に何をしたか分からない。

 俺が知っていたのはあの時見た刑事のみだからだ。

 家の前に止まっていた赤色灯を付けた黒いセダンに乗った刑事だけ。

 俺を呼び止め、ここの子供か聞いて来た刑事だけ。

 そうだったらどうなったのだろう。伯母さんが機転を利かして自分の子と、迎えに出て来てくれていなかったら。


 まあ、実際は分からない。分かるのはこの後だ。

 阿鼻地獄の中で真実と分かるまで語って貰う。


 だが今は次だ。

 だから今は神社に飛んだ。

 もう全て使っていい。

 もう里に用はない。

 奴の神社で、奴の前に。

 全ての蟲を集わせて、俺の全身が完成していく。


「悲劇のヒロインのつもりか? ――虫けら共がっ」


 神社の中で引きこもって、何も出来ない癖に英雄気取り。

 自己保身しか考えていない、引けた腰。

 妹たちを前に立たせて、自分は詠うだけ。

 弱者の振りして、誰かに助けて貰うのを待っている。


 もっとも許せない奴の前にようやく立てた。



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