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怨鎖 ~蟲獄~  作者: 玉部×字
其の六 大学生ひとり

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21/30

参 一転攻勢


 飛鳥馬の山々から虫が消えた。


 後はただ待つだけ。

 何百万と何千万の虫が集合するのを待つだけ。


「おい」

「――なんだ? もう300京年経ったのか?」


 地獄の底から相依あいを掘り出す。

 まだ正気を保っている。

 まだ平気そうな顔をしている。

 時折悶えるように口の端を噛むが、まだ生意気な口は利けるようだ。


「まさか、お前に聞くことがある」

「ふん」


 ただ元気はないのか、そこまで口数は多くないし目が泳ぐ。

 というより、俺の後ろを見ている。


「あら、見つかっちゃった?」

「お前――勝手に?」


 そこには亜麻子が居た。

 相依あいと同じように蠢く蟲に埋もれた姿だ。自由は利かないはず。

 なのに俺の意思に反して勝手に底から上がって来た。


「あはっ、何故かこれちゃったの。だって母さんの声がして――あぁ、良い姿よ流石母さん。この痒みの中、声も上げずに耐えられるなんて。素晴らしいわ」

「亜麻子こそ、平気そうじゃない」

「効いてるわ。痒いもの。掻きむしりたいのにまったくかけないもの。もどかしさと痒みで――ふふっ狂いそうなくらい。舌くらい噛み切れればよかったのに――ほはっ蟲が邪魔するの。素敵じゃない。お前、いい苦しめ方じゃない。ははっ痒いわっ」

「亜麻子は――する側が好みだと思ってけど」

「ええ、私もそう思ってた。やられるなんてまっぴらって――でも違ったの。きっとやる側の意識の問題なのよ。ちゃんと相手を苦しめたり、もっと面白く責めたりね。そういうことが出来そうな人が居なかったから。痒みは中々いいわ。本当慣れる気がしないもの。あはっ」


 何故勝手に動いているのか分からない。

 亜麻子自身が言っている通り、責め苦は終わっていない。

 間違いなく蟲たちは喰らい続けている。


「ふっ、分からんか。お前には」

「何の話だ」

「何故亜麻子が勝手を出来るか疑問なのだろう? 簡単だ。ここは地獄なんだろ? じゃあ罪に値した罰しか与えることは出来ない。亜麻子の罪は何だ? 何なんだ? 別に人を殺してはいない。儀式に参加した時もまだ5才」

「あら、6才よ。母さん」

「ああ、そうだったな。この子はただ楽しんだだけ。それが罪か?」


 確かにそうだろう。

 俺自身もそう考えた。

 相依あいたちをやった時より、身体から湧き上がって来る感動が足りなかった。身体もそう判断している。


「なんだお前。この地獄で公平に罪を裁く閻魔を期待していたのか? 俺は恣意的に怨みを晴らす怨霊だぞ?」

「まさか。それでいいさ。この子はきっと誰より邪な性質を持っている。歴代吾妻の誰よりもずっとな。この地獄に相応しいさ」

「あら二人とも駄目よ駄目。そんなの”地獄”だなんて。そんなダサいネーミングはここには相応しくないわ」

「お前何を言ってるんだ」

「あら、名前は重要よ。それそのものを表す言葉でしょう? 呪詛を掛けられるほどに本質むき出しの音。ならここは地獄なんて読んじゃ駄目よ。だってここは地の底の獄門ではないんだから。ここに地面はないでしょ? あるのは――」


 落とした視線。

 そこにあるのは土でも草でもなく――


「蟲か」

「そう蟲なのよ。だから、ここは地獄ではなく蟲獄こごく! ああ、素敵な名前!」

「勝手に――」

「いいじゃない。私地獄を作ってみたかったのよ。まさにこんな風に。まあ、私ならもっとゴージャスでエレガンスでクルーエルな! 地獄にしたでしょう――でももう出来ないわ。あと何京年も出来ないの。せめて名前くらいはいいじゃない? だってこんなに似合ってるんですもの」

「好きにしろ」


 溜息が出た。

 痒みで息も絶え絶えだと言うのに、まったく調子は崩していないようだ。逆に俺の調子が狂う。


「それで何の用だ? 亜麻子に会いに来たわけではあるまい? 私は痒いので忙しいのだが?」


 こいつもだ。普通に喋れる状態じゃないはずなのに。

 間違いなくこいつの身体は蟲に食われているというのに。一切姿勢がぶれない。


「ああ――」

「そうそう、何のお話だったのかしら? わざわざ――きゃっ」

「五月蠅い」


 地面に埋め戻した。

 いや、奴風にいるなら蟲面か。


「くくっ、大した閻魔だ」

「ちっ、やはりいいか」

「おい、待て待て。話を聞け。私だってお前の目的を遂げさせたいと思ってるんだ。特に残った家は処理しておいてくれないと――」

「別に奴らのことはいい」

「いいのか? お前のような存在にとっては強敵だろう?」

「もう、勝てるさ。黙っておけば俺が負けるとは考えないのか? 俺が消えればここから抜けられるとは?」

「ふふっ、奴らの風下に立つくらいなら蟲獄こごくのほうがマシだ。終わりもあるしな」

「はっ、終われるかな? それより聞きたいのは12年前のことだ」

「両親の仇か?」

「そう、何故見つかった? 父さんは里の外に出て20年以上経ってた。更に戸籍も変えてたはず。外でお前らがそこまで権力を持ってるとも思えない」


 俺の記憶を探ってもそれは分からなかったこと。

 だが絶対に見つけ出さねばならない奴らだ。


「協力者がいると踏んだか――正解だよ。だが何故お前に教えてやる必要がある?」

「答えないと?」

「質問すれば答えが返ってくるのは学生時代までだよ。防や」

「まあ仕方ない。なら暫く待ってろ。残りの奴らをここに連れて来て――希望する奴にはお前を齧る権利をくれてやる」

「くっははっ、良いことを考えるじゃないか。悪くない責めだ。分かったよ答える。流石にそれは許容出来ない」

「ふん、最初から素直に教えてればいい」

「ただ、一つ教えてくれないか?」

「何故お前が質問出来ると思った?」


 そう脅しても相依あいは勝手に喋り続けた。


「昭雄さんには聞いたのか?」

「ああ、もう駄目だった」

「駄目? 駄目とは」

「魂ごと消えかかってる。もうコンタクト取れる状態じゃない。いずれ消える」

「消えたら――どうなる?」

「どこにも居なくなる。ただの俺の栄養だ」


 とは言い切れない。俺だって消えた魂がどうなるのかなんて知らないから。


「――まだ一週間も経ってないぞ」

「もう時間の感覚なんて残っちゃいない。奴の中では永遠に等しい間責め苦を受けている。とせめてそう願うね」

「そうか――憐れな」


 意外にも相依あいはショックを受けているような顔をした。

 蟲の責め苦のせいかもしれないが、苦しそうな表情すらした。

 情なんてものがこの女に備わっているとはとても思えないが。


「分かった何でも聞け」

「ああ――いや、待て」


 敵の気配が表にあった。

 東館に向かう車――あの笛の男のものだ。


「なんだ。急用か?」

「ああ、客だ」

「え、また蟲獄こごくに人が増えるの?」

「おい、また勝手に来るな」

「誰? 誰なの? いいじゃない教えて」


 今度も俺の後ろ。ほとんど密着するぐらいに現れて鼻息を荒くする。


「ったく、デカい男だよ」

「あら! 先生なの?」

「ふはっ、なんだ亜麻子。その呼び方。もうそんなプレイをしているのか? 帰って来てから何日だよ」

「もう違うわ母さん。私は純潔――でもなくなってるかも。痒くて分からないわっ」

「おい、勝手するなと言ったんだ」

「いいじゃ――ああんっ」


 再び蟲たちに向けて指令。地に潜れと。

 が、やはり勝手に出て来る。


「やっぱり戻ってこれた」

「何をしたんだお前は」

「許せないって話よ。西原が吾妻の私に”先生”と呼べなんて――許せない。でしょ母さん?」

「確かに――許せんな」

「どうでもいい」

「ねぇ、私にやらせてよ。先生を連れてくるわ」

「何を言い出してる。やらせるわけがないだろうが」

「責められたままでいいわよ? ふふっ、痒いままでいいわ」

「行かせないと言っただろう」

「いいじゃない? 西原にあいつらに思い知らせたいんでしょう? 私が出て行けば間違いなく思い知るわ。守れなかった相手の顔を見れば間違いなくね。それに西原は私を倒せない。蟲の在庫も減らないわよ?」


 恐らく言っていることは事実だろう。

 今の俺なら西原とかいうのは倒せるが、無傷というわけには行かない。


「言っておくが、西原より辰巳の方が――怖いぞ」


 相依あいの援護も恐らく本気で言っている。

 奴の残りの家に対する執念じみた嫉妬から出た言葉だろう。


「自由は与えないぞ」

「いいわっ! 口だけで西原は落として見せるから。あ、でも見た目はよろしくね。流石に声だけじゃ私と分からないかもしれないもの」

「いいだろう」


 駄目でもいい。

 一瞬でも躊躇するならば、一瞬でも結界がなくなれば。


 だがそんな構える必要はなかった。

 確かに西原は簡単にここに落ちて来た。


「はーい、やったわっ」

「ああ、だが――撃たれたな」


 そういうと、初めて亜麻子の顔が歪んだ。

 この場所に相応しい、責め苦を受けている者の在るべき表情に。



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