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怨鎖 ~蟲獄~  作者: 玉部×字
其の五 辰巳の凶方

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16/30

壱 怨生蟲


 嫌な予想があたった。


 朝から神社には人が逃げ込んで来た。

 みんな口々に「虫が襲って来た」という。


――最悪だ


 そして何より、あれから誰も電話に出てくれない。

 みこも、戒兄かいにいも――


 社務所兼自宅には地下がある。

 そこは親父の秘密の部屋だ。


「親父、外はどうなってる?! 二三人ふみとから連絡がないんだけど?」

「おお、幾人いくひと。そっちはどうだ? 里の者たちは無事収容できているか?」


 神主姿の親父がpcの前に座る。白髪の増えた髪を両手で後ろに撫で付けながら、俺の方を見向きもせずに答えた。

 地下室には大量のディスプレイ――20を越える数が並ぶ。そこには色んな場所の映像がリアルタイムで流れている。

 境内だけじゃない、辰巳家の持っている土地だけじゃない、五家の敷地すら、吾妻の屋敷すらカメラはある。そうやって親父はずっと監視してきた。


「ああ、みんな本殿に入って貰った――って、カメラほとんど死んでんじゃねぇか」

「ああ、西側もそろそろ死ぬな」

「何、落ち着いてんだよ! 里は壊滅だぞ。どうなってんだ!」

「安心しろ。警察の尽力で9割方は逃げられている。ここに来ているのは里の外まで行けないと判断した者たちだけだ。これなら幾らでも復活出来る」

「――1割が犠牲になったのか」

「うむ、無謀にもあれに立ち向かった者たち。逃げす時間を稼いでな――」


 親父の指の指し示した左中段のディスプレイのカメラはまだ生きていた。国道周りの景色が、繁華街までもが、に飲まれてしまった。


――黒い霧。


 だが、カメラにまで取り付いたそれは霧というには粒子が大きすぎた。挙句、足が生えて、羽根もあった。触覚も、複眼まである――蟲だ。


「蟲相手に、逃げないで時間を稼いだ? ――くっ戒兄かいにい!」

運戒うんかい君は知らないな」

「じゃあ、山には行かなかったのか?」

「待て、少し処理してみよう」


 親父がマウスを動かして、メインのpcを操作する。

 戒兄かいにいの画像を出して、何か別のファイルを開いて――多分検索しているんだろう。親父が若くして引退したのは、ずっとこういうことを勉強したかったかららしい。

 暫くして、映像ファイルが出力される。

 それを開くと戒兄かいにいの車だ。その運転席にも戒兄かいにいが居た。


「出た――ああ、吾妻の屋敷か。飛鳥馬あすま山に向かう道――この時間は――と、恐らく蟲に飲まれたな。ひょっとしたら最初の犠牲者かも知れないな」

「くそっ!! こうなる可能性があったのに。もっと止めていりゃあっ!」

「憤るな。彼らしいじゃないか。西原の使命に殉じたかったんだ。お前が止めようと徒労に終わったはずだ」

「親父みたいに割り切れるかよっ」

「そうか――ふむ」


 親父がとぼけて口をすぼめる。

 何か言いたくて言えない隠し事をしている顔だ。

 この緊急時に、何を隠す事が――


「あぁみこかっ! みこはみこはどうしたんだ! 知ってんだろ」

「あぁうんまあ――」

「親父っ!」

「分かった分かった。揺するな、髪が乱れる。公子君は中々素晴らしかったよ」

「何がだっ!」

運戒うんかい君とお前があそこまで強気に当主に推挙した理由が分かった。実に素晴らしい力を持っていたんだねぇ」

「”いた”? 過去形かっ終わった話か!」

「だから揺らすな。結末までは見ていない」

「じゃあ――」

幾人いくひと、変な期待はするな。未だどこにも映らないということは――あの蟲の中だ。生存可能性がどれだけあると思う? それは例えば、運戒うんかい君が飛鳥馬あすまの山を向こう側まで抜けたくらいありえないことだよ」

「くそがっ! なんで、なんでこんなことがっ! みこも、戒兄かいにいまで!」

「嘆くな。そんなことより、これからのことを考えろ」

「これから――」


 そう、これからだった。

 親父たちの世代まで、こんな近代化した時代まで、糞なまま続けていた儀式を――まともにするはずだったのに。


「くそっ、くそっ」

「暇な奴だな」

「黙れよ親父。あんたに俺の気持ちが分かんねぇよ」

「嘆きたくなる気持ちは分かるぞ。だが無駄だ。確かに、現在の問題は過去に原因がある。だから人は過去を嘆く。だが過去は変えられない。幾ら嘆いても現在の問題は解決しない。無駄だろ? 変えられるのは未来だけ、今やることは先を考えること」

「そんな割り切り方出来るのは――親父だけだろ」

「ふっ、割り切りね。違うな。お前に出来ないのは未来を描く力だ。例えばそうだな別の相手を探すとかな」

「別の――?」

「そうだ。良い女は他に居ないのか? まあ今は女子供は減っていく一方だからな。なら、父さんが紹介してやろう! そうだ! 吾妻亡き後、飛鳥馬あすまの事業は全部辰巳の仕切りになるじゃないか。”あれ”も戻って来る。うむ、女は幾らでも用意出来るようになるな。ふふっ、公子君より若くて、公子君並みの器量も不可能じゃない」

「何――言ってんだよ――」

「ああ、そうだな。流石に先を考えすぎた。絶賛蟲がこっちに向かい中だしな。未来を考えて現在をおろそかにするのもいかんな」


 相変わらず話にならない男だ。

 落ち着いた大人で、上品な外見をしながら――品がない。

 だが、こんなでも飛鳥馬あすまに関する知識で右に出る者は居ない。


「大体あれは――ほんとに100年前のと同じなのか?」

「また昔話か? 意味がないと言った――ん? 100年前話したか?」

「いや、耳に挟んでね」

「ああ、なるほど。タエさんか」

「そうだよ。タエ様に聞いた。俺と戒兄かいにいとみことでな」

「幼い子にそんな話まで――まったく余計な。やはり余所者はいかんな」


 時々親父がマシーンか何かに見える。

 それが今の――タエ様、余所者相手にする時の目だ。

 血の通ってないような冷たい目で、背筋が凍るような低い声で呟く。


「それで? 100年前のと同じでいいのか?」


 そんな目が俺を捕らえる。

 きっとタエ様にも向けられた目。

 俺が怯むわけには行かない。もう遺志を継ぐのは俺しかいないんだから。


「ま、どの道こうなったら教えるつもりだったがな」

「なら同じってことか?」

「分からん。私も爺さんから聞いただけだからな。話に聞いた通りなら前より上だ」

「そうか。でもなんでこんなに増えるんだ」


 ディスプレイの一つはドローンの映像。

 つまり空から、神社の上空から、北側を映している。

 多分50mくらい上だろうけど、それと同じくらい、それ以上の高さまで蟲の霧は来ている。広さなんて全部は見えない――東京ドーム10は越えてやがる。


「全部の穢土えど集めてもこうならないだろ」

「そもそも蟲とは何かから話すか」

「蟲、穢れに塗れた虫の怨霊化した姿だろ」

「厳密には違う――というより情報が足りていないといったほうがいいか」

「あ? 説明漏れてたか?」

「では穢れとは?」

「そりゃ人が死んで生まれた怨念」

「ではその人の怨念は何で生まれた?」

「そりゃ虫に食われたから」

「何故虫が人を喰らう?」

「そりゃ虫釜に閉じ込めるから」

「違うな。穢土えどの虫は生きていない。何年火に掛けてると思ってる?」

「え、じゃあ」

「人に対する怨念だよ。それを晴らすために人を喰らう。人を喰らってその者の怨念を取り込み。火に掛けて怨念の浄化と醸成を行い。また人を喰らわせる。それが儀式のサイクルで使う蟲だ。上手くやっていれば大人しいままの蟲というわけだ」

「じゃあそのサイクルが崩れた?」

「そういうこと」


 というと親父は座り直して、またpcに向かう。


「待てって、じゃあその理由は――竃土の本家が」

「絵里君がやったんだろうねぇ。大層怨んでいたから」

「俺――たちのせいか」

「半端なことをするからだ。公子君を当主に据えたなら、本家に戻して穢土えどの管理をさせるべきだった」

「あんな家にみこを戻せるかよ!」

「100年前のことも知っていながら?」

「けど、けどさ」

「なら、公子君に力を使う練習をさせておくべきだった。あれだけの力が完全に操作出来ていたなら――そうだな。お上の陰陽師にも匹敵しただろう」

「――」

「それに絵里君にも見せつけておくべきだった。勝てないと分からせてやっておけば――絵里君も諦めて自分を終わらせたかもしれない」

「そんなことまでしろっていうのかよ」

「勿論だ。お前は怨念がいかな物か分かっていたはずだ。あの狂気を見てなお、お前は準備を怠った」


 確かにそうだ。

 俺が甘い。どう考えても。

 みこは境内に住まわせるべきだった。

 今回のことが無くてもそうだ。

 それに戒兄かいにいだって止められた。

 横着せずに、朝の事件が起きた時に合流するべきだった。


「まったく後悔などと、暇な奴だ」

「っ! けど――よぉ。親父だって今回準備不足じゃね?」

「ん何故だ?」

「だって、里にこんだけ被害でてんじゃん。黙ってみるしかなかった――」


 親父は笑った。

 人を小ばかにしたような、鼻でやる笑じゃない。

 こっちを向いて、心底愉快そうに声を上げて。


「はははっ! 準備通りだよ。分からないのか? 止められたよ幾らでもな。カメラなんぞ無くても絵里君のやることくらい分かるさ。だが止めない。何故なら。これが辰巳を強くするからだ」

「何言ってんだ――頭おかしくなったのか」

「いや間違いなく正常だ。100年前もそうだったんだよ。前もこの境内で里の民を守った。お陰で今の地位を得た。里の敬意を受ける神社の主としてだけでなく。里の権益をしっかりと掴む地位をな」


 ただ、目は死んでいた。


「あんた――まさかそんなことを。戒兄かいにいもみこも死んだってのに」

「だからいい。四家がもうない。なら飛鳥馬あすまは我らの物だ!」

「そんなことのために見過ごしたってのか」

「勿論だ。100年待っても来ない好機だ。いいか幾人いくひと。一切後ろ暗いことはない。お前は完全に一点の曇りもなく救世主! 仮に黙って見てたことが露見したとしてもすべて私のせいにしなさい」

「そこまでして――化け物がっ」

「いい、何とでも言え。だとしてもお前は守る他ない。見捨てられるか?」

「でき――」

一七かずなは? 二三人ふみとは? 四八よつばは? 五六ごろうは? 母さんは? お爺ちゃんお婆ちゃんは? 家族を見捨てることが出来るのか?」

「くっ――でも」

「里の者はどうする? タエさんが見たらなんていうかな? ああ、そうだ。運戒うんかい君が何と言うかなぁ?」

「汚ねぇよ。汚ぇ」

「そうだ。私が汚れる。何元々汚いんだ。そのためにお前が当主なんだからな」


 ああ、俺はこの還暦にほど近いおっさんにまだ勝てない。

 戒兄かいにいだってこんな気持ちで、相依さんに使われてたのだろうか。

 でもそれでも戒兄かいにいだったら守ったはずだ。


「分かった。ちゃんとやることやるよ。でも親父――」

「なんだ? 女なら終わった後にしろよ」

「あんたもやるんだよ」


 でも俺はタダじゃ使われねぇ。



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