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怨鎖 ~蟲獄~  作者: 玉部×字
其の三 客人こぞりて、影二つ

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12/30

蟲津波


 飛鳥馬山、北東部。

 山の山頂付近、人も分け入らぬ、獣も容易には上がって来ない位置に影があった。


 木にもたれる少女の影が一つ。


 黒い浴衣、裾は短く腿すら覗く。肌は浅黒く日に焼けていて、遠間には影のよう。

 不思議なことに虫も騒がす、蟲も狙わない。

 ただただ、つまらなそうに欠伸をして少女は木にもたれていた。茶に近い濃い金に染めた髪の先端を指に絡めながらぼやく。


「おっそいなぁ。なんでこんな山奥に来たし、電波も入んないし――もうガン萎え」


 少女は欠伸をして大きく伸びをする。

 すると、がさりと目前の木が揺れ、後ろから影が伸びた。


「何へってらの。文句ばりだな。サラ、おめは」


 木の後ろから出て来たのは老婆。

 もんぺにほっかむり姿で、目蓋が伸びて眠たげな目の、しわくちゃの老婆だ。少し腰の曲がった前傾姿勢で、道なき道を、しかも山の中を後ろ手で軽々歩いて来た。

 サラと呼ばれた少女の知り合いらしく、彼女の顔は一気に明るくなる。


「あ、チョリース! おっそいよデン婆」

「――まともに喋れ」

「え? チョリースだよ。チョリース! 挨拶挨拶!」


 が、老婆は逆に不機嫌に眉を顰めた。


「あ?!」

「あ、こりゃmk5って感じ?」

「がためがすな」

「ごめん。何語?」

「あぁ?! あー、次、その変な喋り方したら今月の給金はないと思えってことじゃダボがっ!」

「絶対違うし。そんな長くなかったし」

「では無給じゃ」

「えぇ、ちょ、ちょっと、今ので? ちょちょ、聖夜君に会いに行けないじゃん」

「普通に喋ればええじゃろが」

「それはギャルのプライドが――うーん、うーん、仕方ない。とりまここは我慢」

「とりま?」

「ちょ、待てよ。ひとり言はノーカン!」

「けぇっ、ま、よかろ」


 デンが一歩踏み出すと、小柄な彼女を覆いつくすように黒い霧が沸いた。

 二人ともそれを騒ぐことなく、デンは悠々と霧を纏わせるように歩いて出て来る。

 ほっかむり、もんぺは霧に覆われて。

 更に一歩歩いて、真っ黒な羽織袴に黒い鼻緒のくすんだ艶のない下駄を履いた――しゃんとして背筋の伸びた姿でサラの眼前に立った。


「それで? 首尾は?」

「守備? 野球なんか見るんだっけ?」

「守りじゃねぇわ。どうだったかって聞いとる!」

「ああ、うん、行くまでもなかったかな?」

「なんじゃサボった言い訳か? なら――」

「違う違う。ほら、見てよ。あれ」

「なんじゃ、ああ、あの丘――あれが蟲か」

「いやーキモッ! サブイボ立つんだけど。なんかピラミッドみたいになってるし」


 山津波という現象がある。

 災害などで山の斜面が崩れると、天然の堰によって河川が止められる。

 溜まり続けた河川の水で湖となり、そして決壊。

 せき止められていた水や土砂が一気に流れ出る現象だ。


 それが今、蟲で起きていた。

 蟲たちはミニバンに集っている。疑似的にせき止められた格好だ。

 そして目標を達成し、ミニバンに居る理由がなくなった。

 蟲たちは次を求めて一斉に動き出した。

 ミニバンを包み込み、うずたかく小さな丘のようになった蟲たちが一斉に。

 一つの生き物のように、統率された軍隊のように、うねりを伴って波のように坂を下っていく。


「ここまでやるとはのう」

「デン婆はどうだったの? 結局、ここの儀式って、あーあの世神とかだったの?」

「常世神じゃ」

「ああ、それそれ、なんなのそれ?」

「常世神というのは大昔、大化の改新の前にここいらで信奉された神じゃ」

「おお、大化の改新」

「そのくらいは知っておったか」

「おう! 続けて」

「分かって――まあよい。遥か昔と思っとけ。常世虫を祀って財産を捨てれば、富と若さを得るという触れこみでこの辺りに広まったんじゃ」

「金を捨てて、富を得るんだ? 変なの」

「嘘だからな。所謂新興宗教という奴じゃ」

「え、へぇ? 大昔なんでしょ? 新興とは一体」

「その時代に新しけりゃ新興じゃ。仏様すら当時はそうじゃったろうな」

「ほーん、悪い宗教って意味じゃないんだ」

「ふはっ! わざわざ神を作ろうなんぞ、悪党のやることじゃな。確かに常世信仰もそうじゃった。何も起こらず、ただ財が消えゆくのみ。故に時の豪族によって教祖が打ち倒されて終わったのよ」

「でも――じゃあ、ここでひっそりと隠れて続けてたってこと?」

「それは違う。飛鳥馬あすまでも信仰は絶えた。復活したのは最近だ」

「デン婆の”最近”はあてになんないんだよな。200年くらい前とか?」


 サラがわざとらしく肩をすくめてトボける。

 けど、デンは「あぁっ?!」と凄んで返す。


「冗談、冗談だから」

「なんじゃ褒めたのに」

「え?」

「かなり近い。150年くらい前じゃ。書物として残してあったよ」

「いや、50年は大分?」

「あ?」

「いえ、何でもありません。でも結構やってんのにあんなの引き起こしてんの?」

「うむ、何せ相手が虫だからな」

「キモいよね」

「気持ち悪いじゃ。ボケが。ったく、虫は本来感情がない」

「五分しかないんだよね」

「割とあるという意味じゃ阿呆が」

「じゃあ、あるじゃん」

「ないんじゃ。頭の作りが感情ある生物のそれじゃない。考えておらんのじゃ。反射で生きている。だから虫は怨霊足り得ない。怨念を持たない。あっても怨みは薄い。怨霊になるほど怨む感情がないからの」

「なら、なんであんなことに? やばいっしょあれ」

「だから人を混ぜたんじゃろう」

「うげ、あそこに? いやぁ無理、無理なんだけど」

「こんだけ離れてれば問題あるまい」

「私の共感力には距離関係ないから――」

「はっ」

「鼻で笑わないでくれますか?」

「おーすまんすまん」

「くっ!」

「ま、あれは、所謂蟲毒。その最悪の末路。制御を失った姿じゃろう」


 蟲の軍勢の勢いは留まるところを知らない。

 大波のようにうねりを上げて木々を飲み込み、館を飲み込み、車を飲みこみ、里に押し入らんとしていた。


「どうすんの? あれ、もう山から出るよ? このままじゃあ――動く?」

「まだ――じゃ。まだ怨みの源泉が分からん。それを突き止めねば我らとて」

「じゃまだ待機? 手遅れになりそ」

「そうなったらそれまでのこと」

「えー可哀想」

「サラ、大局を見よ」

「私の共感力が小局を見ちゃうんだけど?」

「小局――確かにあるが。なぁ。お前分かって使っとるのか?」

「おう! あったりまえでしょ」

「嘘じゃな。ド馬鹿が」

「ちょ”ド”は言い過ぎ! ”ド”は言い過ぎだから!」


 黒衣の二人は蟲に飲まれ行く里を見下ろしながら――下らない言い合いを続けた。



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