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怨鎖 ~蟲獄~  作者: 玉部×字
其の二 西原は守れない

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11/30

肆 獅子、蟲の身中


 トリガーを指で引いて、銃身が火を吹き、肩が衝撃で痛む。

 初めての射撃は訳が分からなかった。

 弾がどこに飛ぶか分からない。どんな衝撃が来るかも知らない。

 ただ祈るようにお嬢様の顔面目掛けて遮二無二撃った。


 窓ガラスは弾けて割れ、助手席は中身を吹き出し後方に倒れる。

 確実に、お嬢様の蟲の位置を通過した証だ。

 事実、蟲は胸から下を残して吹き飛んで居た。が――


『ああ、痒い。初めてだからってそんなに早く撃つことはないでしょ。先生』

「ど、どこだ! どこだっ!」


 ルーフから、フロントガラスから、足元から、蟲たちが羽を震わせ音で声を模す。

 それらに向けて片っ端から銃を放った。

 声を止めたい。お嬢様を見たくないから。

 硝煙で視界が悪くなるのが良かったからだ。


『駄目駄目。駄目駄目。そんなの今の私には痒いだけよ? それにそんなに撃ったら――ほら駄目じゃない先生ぇ』


 引き金に手応えがなくなった。

 今まで引いていたら前後していたスライドが、後ろで止まる。

 うんともすんとも言わずに弾も出ない。


「くっ、動け動け!」

「無駄よ。スライドストップでしょ? 弾がないのよ。だからほら、戻っちゃった」


 助手席には蟲が集って再びお嬢様が現れてしまう。


「お嬢様――何故――そんな姿に」

「先生ぇ。違うわ」

「違う? でもその呼び方も、声も、見た目も」


 なにより、母親を思わせる冷たい眼光。

 何者も自分の道具か、餌か程度にしか見ない者の目は間違いなく――


「お嬢様でしょう」

「だからぁ! それは駄目でしょ! 私は誰?」

「――あ、亜麻子さん」

「駄目よ駄目駄目! 許さないわ。それじゃあ違うの。私は吾妻の長子、いや、今や当主だ。それを何よ。たかが苗字被りの一生徒を呼ぶような調子で。気軽に下の名前で呼んでいい立場か! 呼び名があるだろう相応しいっ!」

「あぁ、お館様――」

「ああぁ、いいのよ。それで結構。よろしい花丸を上げるわ」


 見た目の怪物性の割には落ち着きがある。

 中身は生前の彼女のままに見えた。


 ”お館様”の立場に執着が残っているのなら、もしかしたら――


「何故、お館様。その姿に? 確かご遺体はしっかりありました」

「あら、全部見られてしまったのね。ふふっ、でも今はこれよ? こんな私でも先生は良いのかしら? むしろ興味をそそられるってこと?」


 お嬢様――だったものはおどけた口調でそういうと。

 恐ろし気に口を大きく――上下に大きく、唇はおろか首まで切り裂かれたように上下に開かれた。

 よだれのように、血のように、引き裂かれた顎から、黒い小さい蟲を垂らして。


「ひっ――」


 俺は視線を下に向けた。見も毛もよだつ怪物から逸らしたように、恐ろしく強力な化物にすべてを諦めたように。


 確かに今の彼女に有効な手立てはない。少なくとも銃も笛も駄目だった。

 ただ、蟲は死んでいる。

 銃が当たり、いや、衝撃破のせいか。足元のマットの上には蟲の死骸があった。


 つまり死ぬということ。

 つまりやりようがあるということ。


 ただ、敵は小さな蟲の集合体、一匹一匹を相手にしていられない。広範囲を一気に

処理する必要があるだろう。

 そしてそれに一つ心辺りがあった。

 俺の下げた目線の先、助手席の下、赤い筒――発炎筒だ。


 だから努めて冷静に怯えたふりで頭を下げ「はい、お教え下さい」と応えた。


「虫入りを経ず、蟲に取り込まれるなんて確かに可笑しいわねぇ」

「ええ、有り得ない。仮に穢土えどを調達して、あの場でお嬢、お館様を処理したのならああいう遺体にはならない。蟲に食われずして、何故その姿に」


 ある。赤い発炎筒はまだ、丸々残っている。

 俺の銃も当たらず、蟲たちも気に留めなかった。


 ただ、問題は――遠い。


 助手席の扉のすぐ下側、運転席からはもっとも遠い位置にある。


「あぁ、痒かったわ。あれも中々に」


 言葉を発する度、彼女は目を細める。

 前からそう、以前より酷く自分の言葉に酔うような表情をする。


「結局ね、食べられるべきは魂ということなの」


 言葉を紡ぐ度じりと前に進む。

 シートから尻をずらしながら、半身になって。


「所詮肉体は入れ物。だからこうして蟲を介することも出き――」


 右手をハンドルの向こうに出して、シートベルトも外せた。

 もう、ワンアクションで手が届く。


「あぁ、痒い。痒いわ。痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒いっ!」


 彼女は体中を指で掻きむしりながら「痒い」と連呼。

 身体を指が通る度、中身の蟲たちが見え隠れする。


「分かってるわっ! 分かってる! もう少しちょっとだけ! いいでしょ!」


 ついには顔を、目を掻きむしって破壊した瞬間。

 飛び込んだ。

 身体を浮かせた。


「駄目よ。駄目駄目。何も出来ないわ。先生貴方はもう何も出来ないの」


 伸ばした右手が掴まれた。

 彼女の手は顔を毟っていながら、膝の辺りから別の手が生えて来て掴まれた。

 尋常じゃない力。手首から軋む音が出て、俺をシートから浮かせる。


「だから、先生、行きましょ?」

「ど、どこに行こうと――ぐっ」

「あはははっ! 食べられるのよ。蟲みたいな小さいのに食べられると、齧られると毟られると痒いの。ずっと痒いのよ。表面だけしか食べられなくてね、冬の乾燥した肌より痒いんだから。もうずっと、私の魂は痒いままの場所にあるのよ!」

「何で――それは――一体どこ!?」

「何でって? あはははははっ! 私たちが何をしてきたのか忘れた? 里の発展は言い訳にならないの。里を守っても良い人には成れないの。貴方だってしていたわ。虫入りに参加して――どうしたか思い起こしてみなさい!」


 彼女の目はもう蟲のようだった。

 複眼ではないし、きっちり白目と黒目で別れていて、擬態は完璧だが――もう人の目じゃない。人らしい視線を持っていない。暖かみがない。


 いや、元から人の人間性はもっていなかったか。


 それは俺もだ。

 彼女の言う通り。

 俺も人を――虫釜に落としたのだから。


「”何で”なんて言えるわけないじゃないの。嫌ならなんで里から出なかったの? そうした奴らも居たでしょ? 先生の母親だってそうでしょ? 先生は残ったのよ。殺したかったのでしょ。やりたかったのよね。ここで権益を守っていつまでも。人を釜に落とし続けたかたった。だから行くのよ。私たちは”蟲獄こごく”に!」

「ああ、そうか――そうすれば良かったのか――」


 守る守るなんて格好つけていたから――こんなことになったんだ。

 守りたいのは今の立場だけだったんだ。

 父から呪いのように怨み言のように言われた”里を守る”なんて言葉だけ。


 外に出る。それすら出来ないから一番大事にしていたはずのものも守れない。

 せめて、吾妻の屋敷に特攻くらい掛ける胆力があれば良かった。


 なんて中途半端だ。

 どっちも出来ない臆病者。

 いや、臆病なら逃げることくらいする。

 先生、先生と呼ばれてご機嫌だったんだ。

 若くて、見た目は綺麗な女が宛がわれたら拒否もしないくらいに。

 ただの欲の皮の突っ張った間抜け――それが俺だ。


 父も厳しくするわけだ。

 母も出て行くわけだ。

 誰も守れないはずだ。


 何かを守るだなんて次元に居なかったんだ。


「だから、せめて――っ!!」


 左手をズボンに突っ込む。堅いものを手にして、冷たい液晶に触る。

 操作出来たのは一瞬だった。


「駄目よ。先生っ! 伝えるのは反則なの。一人づつよ、一人づつじゃないと駄目。ああ、でも安心してみんな一緒だから。蟲獄こごくはまだまだ空いてるわよぉぉぉっ!」


 左手も払われ、スマホは勢い余って後部座席へ――わざと転がした。


 何故なら彼女は知らない。

 俺はスマホを買ってから、このかたロックなんて掛けていない。

 俺が何度みこに電話を掛け――ようとしたか。

 毎日毎日、来る日も来る日も、何度も何度も。

 電話帳アプリの一番上をタップして通話する動作なんて、ポケット中でだって一瞬で完了出来るということを。


「みこ! 逃げ――」


 ああ、なんて中途半端だ。

 最後まで言えないだなんて。


 実に俺らしい。

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