第30話 天敵
騎士が力自慢してくる敵に勝利し、和夜に褒められ照れている様子を3階の屋上から高みの見物をする者が居た。イカイケメンである。気配を消しているので2人は気付いてない。
「ふふふ、あの男に騎士くんが居ることを伝えて良かった。でも・・・2人が何か良い雰囲気なのはモヤモヤするなぁ・・・」
隙を見て、イカイケメンは和夜の腰を触手で掴む。それは初めて出会った日、落下しているところを助けた時のように。
「うわっ!?何!?」
「騎士くん。和夜ちゃんはちょっと借りてくよ」
「待、待て!」
イカイケメンは和夜を掴んでいない方の触手で地面を叩きジャンプする。光の速さで姿が見えなくなった。砂も舞って見失うが騎士はイカイケメンが向かったと思われる方向へ全力疾走する。急げ!騎士くん!
イカイケメンは騎士から十分に距離を取り、見つからない場所にまで移動した。そして、和夜を降ろす。
「やっと2人きりになれたね。いつも騎士くんとばっかりいるからタイミングを計るのが大変だった」
「急に掴んで連れて来て何の用ですか?」
和夜は不審に思った。
「君のことを助けてあげたいと思ってね。辛いだろ?本当に奥義が使えるのに嘘だと言われ、下の者に上から目線で嫌味を言われ・・・それだけでなく、自分より年下のイケメンに人気を取られるなんて・・・憎いだろ?」
和夜は返答に困る。笑いながらイカイケメンは言った。
「ふふふ、無言ってことはやっぱり・・・騎士くんのことが憎くて堪らないんじゃない?自分だって負けない位に強いはずなのに騎士くんばかり人気ヒーローとして世間では持ち上げられて、その反面、自分は」
「止めろ」
無意識に和夜は言葉が出た。表情が見えないように下を向く。
「やっぱり図星かな?その様子だと」
和夜は顔を上げ、イカイケメンの顔を見る。
「違います。騎士くんは大事な仲間。私にとても親切にしてくれる仲間。そんな人を憎む訳ないです」
「ふーん・・・じゃあ質問を変えようかな。同じ幹部の子は?相当、酷いことを言われてたでしょ?初めて会って挨拶した時から」
「確かに、酷いことを言うなとは思ってますが別に・・・貴方には関係な・・・何で初めて挨拶した時のことを知ってるんですか?」
ふと、和夜はなぜイカイケメンが自分の状況を詳しく知っているのかと思い、恐怖する。
「話が思ったより長くなりそうだね。騎士くんが来たら厄介だし、約束通りに和夜ちゃんを今日は連れ去らせて貰うよ」
「連れ去りはごめんです。そんな約束はしてません」
2人は向かい合わせに立っていた。和夜は睨んでいたがイカイケメンは笑みを浮かべていた。というより、この人はいつも口角が上がっている。笑顔以外の表情が分からない。優しそうな笑顔も今は怖く感じる。瞬きをする間にイカイケメンは自分の背後から触手を和夜に目掛けて出す。和夜はギョッとして後ずさりしたが直ぐに構えた。
力も武道の経験もなく、運動が苦手な和夜だがマンによるキャラ設定のお陰で1つの奥義だけは使えた。主人公ほどではないが強く、いつものように負けないと慢心していた。騎士のように180cmを越える高身長のイカイケメンも倒せる。負けるなんて想定はしていない。
「無敵返し」
決着は私の勝利になる、と思っていた。そのはずだった。だが、今はイカイケメンから放たれた白いイカのような触手に両手両足を掴まれ身動きが取れなくなってしまった。無敵の奥義のはずが彼には、彼だけには効かなかったのだ。初めてのことでパニックになる。力がないのに必死に無駄な抵抗をしていたが
「大変そうだな」
あの時のようにマンの声が聞こえ目の前に現れた。自分の体が動かないのは勿論、周りの人や物も止まっている。
「マン先生。あの時、せっかく私にも無敵な奥義を付けて助けてくれたのに、私が使いこなせなかったせいで今は情けないことに・・・素晴らしい奥義なのにすみません」
「いや、謝ることはない・・・」
和夜は安心した。
「前にも言ったがあの時は助けた訳じゃない。勘違いして貰っては困るから言うが、今も助けに来た訳じゃない。最後の挨拶をしに来てやっただけだ」
「・・・最後?・・・」
「この戦いはどう見たってお前は負ける。キャラ設定にお前に天敵が現れるようにしたからな。思ったより登場するのが早かったが、別に良いだろう。アイツがお前の天敵だ。だから、お前は絶対に勝てない。邪魔なんだよ。お前」
和夜はあまり状況が呑み込めなかった。呑み込めなかったが安心という感情ではなくなっていた。
「そもそも、おかしいんだよ。お前の設定。主人公みたいに高度な身体能力も武道の経験もない。何かの超能力者だったり、頭が切れたりする訳でもない。それなのに1つの奥義だけが使えるっていう変に中途半端な設定の癖に強い。面白半分で付けてやったが、失敗だったな・・・お前を嫌っている奴らと同じ、この漫画の読者も、誰もお前を望まないだろうと思ってな。その癖、無駄に出番は多いしよ。アニメ化も狙っているから嫌われキャラは不要だ」
和夜は何も言えなかった。
「お前には一刻も早く退場をして貰う。アイツにとって大事な娘だが丁度良い。主人公の伸郎も主要キャラの騎士も十分な強さを持っているがお前に死んで貰った方が敵に怒りが沸き、もっと成長するだろうしな。俺にとって腹ただしい、無価値だったお前だがメインキャラにもっと本気になって貰うために利用させて貰う。多少の悲しい過去は必要だしな。つまり、物語にはこれ以上、必要ないんだよ。お前は・・・あっ、一応、言うが漫画世界で死ぬと元の世界にも戻れないはずだ。もうお前は既に死んだってことだからな。せいぜいあの世で応援でもしていることだな」
言いたいことを言い終わった後、和夜の視界からマンは居なくなりイカイケメンとの戦いは再開した。その瞬間、和夜の目の前に触手が真っすぐ空へ向かって動いていた。触手の先端を見ると赤黒い物体を掴んでいることが分かった。えっ、嘘、と和夜は思った。瞳孔が人生で1番開いている気がした。胸だけでなく口からも血が吹き出し視覚は黒くシャットダウンした。
騎士が和夜の所へ駆けつけた時にはもう遅かった。和夜の背中から左胸を目掛けてイカイケメンの触手は突き破っていた。当然だが和夜の体は動くことはなかった。その光景を見て呆然と立ち尽くす。騎士が1番に恐れていた悪夢でしかなかった。
イカイケメンは赤黒い物体を大事そうにスーツケースにしまう。この赤黒い物体は和夜の心臓だ。和夜の体の方は触手ではなく、自分の手で丁寧にお姫様抱っこをして立ち去ろうとする。そこへ、騎士は勢いよくイカイケメン目掛けて殴りかかる。
「返せ」
顔に流れるのは汗か、涙か。イカイケメンは騎士にこんなに早く見つかると思わなかったので一瞬、焦りの表情を見せるも触手で拳を受け流す。
「やっぱり強いね。怪力過ぎるから触手が何本か駄目になっちゃったよ。また今度、戦おう。今は急いでるんでね」
と言った。
「逃げるな」
和夜を持ち去ろうとするイカイケメンを捕まえるため触手を掴んで引っ張った。が、イカイケメンは自ら掴まれた触手部分のみを切り離し、瞬きの速さで居なくなってしまった。騎士は血眼になって探したが和夜を持ったイカイケメンはどこにもおらず、また呆然と立ち尽くす。足の力が抜けた。




