第四百七話 ブリュンヒルトの葛藤
協会五家支部は本部に匹敵する規模を誇る。巨大なスラム街、船の墓場、それらに隣接する工業地帯は犯罪の温床だからだ。五家支部は頻繁に発生する異人犯罪に対応すべく二十四時間でフル稼働している。支部長の沖田の働きっぷりは本部が呆れる勤勉さで、そのモットーが組織内の雰囲気に表れていた。
五家支部のギフターは協会を「超絶ブラック企業」と皮肉混じりに揶揄しているが、彼等の実力は確かで本部のバックアップ要員として期待されていた。将来的に本部へ異動したいと野望を抱く者も少なくない。
烏丸颯太もそんなBBB級ギフターの一人だ。新卒のようにフレッシュな好青年で、回復系の武器生成型である。気弱でお調子者だが異能のセンスと戦闘の判断力を沖田に評価されている。そして自分と同じ武器生成型の稲葉を目標としており、アルテミシアの三乙女であるフィオナのファンでもあった。
その二人と任務で組めると楽しみにしていた烏丸だったが――。
(せっかく本部のヒトと会えたのに、えらい雰囲気わりゃあな……)
夜の繁華街を走る覆面トクノーカーの後部座席で烏丸は小さくなっていた。隣にフィオナがいるが目が怖くて話し掛けられない。運転席には稲葉、助手席にブリュンヒルトが座っているが会話らしい会話はない。車内の雰囲気が悪いのは稲葉とフィオナのわだかまりが残ったままだからだ。
ブリュンヒルトは咳払いをすると話題を振った。
「都合よくAMDの取引現場なんて見付からないよねー。夜な夜な流しているわけだけど……」
烏丸がホッとしたように便乗する。
「夜勤はえらい疲れるわぁー。副会長さんは何考えとるだがねぇ。ははは」
そこで会話は途切れ、しばらく無言のまま街を走って行く。すると稲葉が口を開いた。
「……副会長を信じろ、烏丸。あの人は必ず結果を出すからな」
「ほうですか? 遺留品のサイコメトリーでも詳細な結果は出んかったって聞いとるよ。なおさら取引現場なんて」
「まあ聞けよ。あの人の<千里眼>はすげぇ。冬岩でママラガンのスメラギを透視した時はビビったぜ。半径十キロをカバーしていたんだ」
「へー、そりゃ凄いんだわ。じゃあ市内に潜伏している全てのギフターを把握しとるの?」
「それだけじゃない、あの人がその気になれば五家から埼玉までだって視られるんだ。本気を出せばもっといけるのかもな。あれは魔眼さ……あの人はぶっ飛んでんだよ」
「あんなにキレイで有能だなんて! でら凄いがねー」
烏丸は目をキラキラとさせ子供のような笑顔を浮かべた。
「普段、協会から出てこないあの人がわざわざ五家までやって来た。確実に取引現場を特定するためさ。それほど今回のAMDがヤバいんだろう。おそらく龍尾と龍王の抗争に関係してくるのさ」
稲葉はそこまで話すと口をつぐんだ。亜梨沙は抗争に関して何かを隠している。しかし組織の長としてある程度の情報統制は当然……稲葉はそう考えるとハンドルを握る手に力を込めた。
「あんた大丈夫? 体調悪いなら私が攻撃役やるけど……」
ブリュンヒルトは稲葉の横顔を見ると気遣うように問う。しかし稲葉は不機嫌そうに答えた。
「大丈夫だ。お前パイロ系だろ。今回は海なんだから、お前こそ無理すんなよ」
「うん……分かったよ」
明らかに普段の稲葉ではない。それはフィオナも同じだ。(この二人はちょっと危ういなぁ。となると、残るは……)ルームミラー越しに烏丸を見ると、そこにいるのは戦うよりもアイドルグループのセンターで歌っている方が似合う男子であった。ブリュンヒルトは思わず「ひっ……!」と声をあげた。
(こ、これ! 修羅場になったら私がフォローするってこと? やだやだ! 今からでもアリスと南の班に移りたぁーい!)
そんな要望が通るわけがない。ブリュンヒルトは大きくうなだれた。しかし彼女のテンションとは関係なく車は前へ前へと進んでいく。次第に海から強い風が吹き始め、黒い雲が月の上を滑るように流れていった。
【参照】
亜梨沙の千里眼①→第百八話 魔女の千里眼
アルテミシアの三乙女→第百五十九話 アルテミシアの三乙女
亜梨沙の千里眼②→第百九十九話 女騎士の本音トーク
スメラギを透視→第二百四話 東国のテロリスト




