第三百五十八話 ソフィアの告白
ソフィアは夢を見ていた。金髪の少年たちと世界中を旅する夢だ。彼等はアドルガッサーベールと名乗り紛争地を渡り歩く。夢の中でソフィアはフローラと呼ばれており、いつも隣にはエリクという少年がいた。
これはママの記憶なんだわ――自然とそう思った。
まるで映画を観ているようだった。何年前か分からない。母親の年齢から二十年以上前かもしれないが、当時の様子が映像で流れ込んでくる。その時の空気感、そして感情までも。
(この人たち……もしかして)
ライはシュウに、残月は南にそっくりだった。ソフィアには分かった。この少年たちは彼等の父親だと。母は彼等の父親たちと旅をしたのだ。
しかし旅は一年も続かなかった。フローラは病んだ心が回復せずにアドルガッサーベールを除隊した。誰にも告げず姿を消した。
その後フローラは異人組織を転々とした。激情のままに異能を発動し多くの人間を殺して回る。十歳ほどの少女が返り血を浴びながら嬉々として人を殺していく。いつしか彼女は人から畏れられるようになり、本名を捨ててこう名乗った――【月夜叉】と。
そしてフローラは異人島に流れ着き、そこでギャングを統べる存在となった。暗黒街のゴロツキどもは少女の前にひれ伏した。精霊のマナを宿す少女に屈服せざるを得なかったのだ。フローラは異人島でも沢山殺した。血みどろの人生だった。
しかしそれは突如終わりを迎えることになる。未来の伴侶、フィル=エリソンと会ったからだ。人を殺し続けた彼女に束の間の平穏が訪れたのであった。
◆
ソフィアは目を覚ました。目元に手をやると涙で濡れていた。最近いつもこうだった。夢を見て涙を流す。起きてからも夢の中にいるようで、現実と夢の境界線が曖昧になってきていた。
「……先輩?」
顔を横に向けると南がいた。ベッド脇の椅子に座ってソフィアを見ている。
「すいません……記憶が曖昧で。先輩が運んでくれたんですか?」
南は頷いた。相変わらず気怠そうにしている。夢の中の残月にそっくりだった。(親子揃って困った人たちですね……)ソフィアは思わず笑う。そして意を決したように南の目を見た。
「あの、先輩。今から私は弱音を吐きます。聞いてくれますか?」
「なに?」
ソフィアは一瞬躊躇ったがはっきりと口にした。
「私、嘘を言いました。悪い人だから死んで当然だって。あれ嘘です。私、人を殺して後悔しています。例えそれが正当防衛だったとしてもです」
南はいつになく真面目な表情で耳を傾けている。
「先日シュウ様が異能の試合をした時に言いました。『死んだらもう二度と生き返らないんだ。その時に後悔しても遅いんだ』今なら私、その言葉の意味が分かります」
ソフィアは南の顔を見詰めて言った。
「ねえ先輩。どうして私を誘拐犯から助けたこと言ってくれなかったんですか? 学校で初めて会った時から思っていたんですよ、どこかで会ったことあるかなって。でも今思うと……ママが残月さんと会った時の記憶だったのかもしれないですね」
「……フローラのことか」
「さすが先輩です。もうご存じでしたか。先輩は初めての訓練の時からママのマナに気付いていたんでしょう。言ってくれれば良かったのに……。いつもそう、先輩は言葉が足らなすぎなのです」
面倒くさそうに寝癖を触る南を見ながら、ソフィアは力なく笑った。
「先輩はパパに言っていました。僕から異能を取ったら何も残らないって。僕のようになるなって。寂しいこと言わないでくださいよ。先輩はもっと自分を大切にしてくださいね」
そこまで言葉を紡ぐと少し間を作る。南から視線を外して天井を見た。
「……私はシュウ様が好きでした。あの強さに憧れていました。彼のためにギフターになりたかった。初めて会った時に胸の奥がビリッとして金色の妖精が飛んだような気がしたのです。この感覚が一目惚れなのだと信じて疑いませんでした。でも……違ったようです」
南は口を挟まず聞いていた。
「生前のママはライさんに窮地を救われ、その力強い雷のマナに魅入られました。そして自分もあのように強くなりたいと願ったのです。そう、私がシュウ様に抱いた感情はママの記憶で――私の恋じゃなかったんだ……」
ソフィアは語りながら涙を流していた。
「もう分からないんです……自分の感情なのかママの感情なのか……だんだんと私が消えていくのを感じるんです」
静かな病室に衰弱した少女の嗚咽だけが聞こえている。しかし南から気の利いたセリフは出てこない。ソフィアは溢れる涙を拭わないまま南を見た。
「でも……私が先輩に抱いた想いは、多分私だけのものです。だって第一印象が最悪だったのに……今では放っておけないくらい――好きになってしまいました」
震えた声で、泣きながらの告白だった。
「……多分私は消えてしまいます。次に異能が暴発したら別の誰かになってしまうでしょう。でも嫌です……この想いだけは忘れたくない……」
沈黙が流れる。静かな空間に時計の針の音が刻まれていく。
「ねえ先輩」
ソフィアは南の手を取った。
「私が消えても私のこと……私が先輩に恋したことを覚えていてくれますか?」
南はソフィアの涙を拭うとこう返した。
「最期まで諦めるな」
たった一言。ソフィアは一瞬目を見開いた。そして泣きながら南の手を強く握ったのだった。
【参照】
シュウを見てビリッと感じた→第九話 二つの事実
ライ→第七十六話 異能研
シュウのためにギフターになりたかった→第百二十六話 ソフィアの愛
南とどこかで会った気がした→第百二十七話 ソフィアの編入
悪い人は死んで当然だと言った→第百二十八話 ソフィアの試験
初めての訓練の時→第百三十話 ソフィアの訓練
残月→第二百五十七話 赤目の支配者は笑う
シュウの異能交流試合→ 第三百三十九話 少年と殺気と理不尽な一撃




