第三百五十話 月夜叉の器
政府軍の空爆は熾烈を極めた。戦後の復興など視野に入れていない。異人を絶滅させる――それだけを考えて町を爆撃し続けた。連合の支援など何の役にも立たない。戦火に追われた異人は世界を呪いながら死んでいった。男も女も子供も老人も。
空爆が終わると陸軍が突入してきた。政府は異人を一人も見逃すつもりはなかったのだ。生き残った住人を殺し略奪する。女、子供は連れ去られた。反政府軍は異能と銃器を使い徹底的に抗戦した。
パルチザンが入念に準備をしていたこともあり戦況は一進一退を繰り返した。押されて押し返して、勝敗は決することはなく、夕刻が迫るとその日の攻撃は終わった。
夜には雪が止み満月が出ていた。シン……と静まり返る白い町、凍てつく空気、鎮座する深い闇。皆が息をひそめて物陰に隠れていた。陸軍は後方に下がったが、強制居住区域から人が出ようとすると砲撃が始まるからだ。
フローラは屋根のない家の中から満月を見上げていた。疲れていた。ボロボロだった。敵軍を何人殺したか、自軍が何人殺されたか覚えていない。気が付くとエリク以外の少年兵達はいなくなっていた。町はグチャグチャ。情報は錯綜し、敵味方関係なく現状を全てを把握できている者は存在しなかった。
フローラは真っ白い溜息とともに弱音を吐いた。
「パパ、ママ……ソフィア。私もう駄目かも……ごめんね」
異能を使いすぎて排マナ中毒になっていたし、銃弾を足に食らって血が出すぎている。発熱と倦怠感で身体が動かない。
隣に視線を送る。血と泥で汚れたエリクがうたた寝をしていた。エリクは自分より二つ年上だが弟のような存在だ。フローラは優しくその頭を撫でた。
「あんた態度は悪いけど、寝顔だけは可愛いんだよね」
「母さ……ん」
まだあどけない顔で寝言を言っていた。キラリと一筋の涙が流れる。エリクの母親は強制収容所で命を落とした。暴行を受け、人の尊厳を踏みにじられた後にガス室で殺されたのだ。
そしてフローラは薄々気付いていた。父も母もソフィアも既に死んでいるかもしれない……ここで頑張っても意味はないかもしれない――体力が底をつき、マナが枯渇しかけて、抗いようもなく思考が悪い方へ向かうのだ。
その時、ヒュウと風が吹いて前髪を揺らした。誰ともなしに澄んだ夜空を見る。
「だれ?」
気配を感じた。人ではない。満月から何かが降りてくる。それは光り輝く少女だった。
『あはは、満身創痍じゃのう♪』
頭に直接響くような声。幼い外見からは不自然に思える古風な喋り方。純白のブリオーを纏った金髪の少女だ。
「あんたは?」
『わらわは月夜叉。アニメで言う精霊みたいなものじゃ。まあ、わらわが思うにアニメは日本のものが一番じゃな! ふふん♪』
「ふーん。で、アニオタの精霊さんが何の用?」
非現実的なイベントにもフローラは驚かなかった。異人はマナが視える。普段から霊の残留思念や明らかに人ではないものを視ることがあるからだ。エストリエは地面に降り立つと、幼い胸を反らしてこう言った。
『お主をずっと見ておった。鬼神のごとく敵を殺すのう。どうしてそこまで殺す? 楽しいのか? いや、責めているのではない。人間の倫理観に興味はないのでな』
「敵は一人残らず……殺してやるわ……私から全てを奪っていった奴等を……皆殺しにしてやる……殺して……殺して……殺して……殺して……殺して……殺して……殺して……殺して……ころして、それでも足りない。私達異人が奪われたものに比べれば」
フローラの目に狂気が宿る。エストリエはにんまりと笑った。
『お主にわらわの力を貸してやろう。今よりもっと敵を殺せるぞ』
フローラが首を傾げる。
「貸すって、どうするの?」
『いやなに、憑くのじゃよ。憑依してやると言っておるのじゃ。お主は念動力系と憑依系の異人となるわけじゃ。別段と珍しいことでもあるまい』
「あんたに何の得があんのよ、エストリエ」
『暇つぶしよ。お主と一緒にいると退屈しそうにないしのう。それと……』
「なによ?」
『お主の髪の色じゃ。美しい満月の色をしておる。それが気に入った。わらわは月の精霊じゃからな』
戦時下の緊張、命のやり取りの連続、容赦なく身を刺す冷気……極めて特殊な状況がフローラの脳に靄をかける。しかし一貫しているのは「敵」を殺したい――その執念だった。
「暇つぶしでも何でもいい。私にもっと敵を殺させなさいよ」
『あははは♪ 契約完了じゃな。ピンチの時はわらわの名を呼ぶがいい』
エストリエはそう言うと姿を消した。辺りが静寂に包まれる。最初から精霊などいなかったような現実が戻ってきた。エリクが目を覚ます。
「う……ん。フローラ。誰と喋っているんだ」
フローラは冷めた目で月を見ていた。半分は夢だと思っていた。
「死ぬ前の茶番よ」
そう言って自嘲気味に笑った。フローラは悟っていた。明日の総攻撃で町は壊滅する――と。




