第三百四十七話 愛した妻を二度殺す
「南くんはソフィアのことをどう思っていますか?」
フィルは以前から気になっていたことを聞いた。南は数秒沈黙してから答える。
「僕みたいにならない方が良いと思う」
「というと?」
「僕はこれで良いんだ……いつ終わったってどうなったって。僕から異能を取ったら何も残らないんだ。ずっとそう言われてきたし……ホントそうだと思う……だって僕は……ヒトじゃないから」
「……」
「でも……ソフィアは違う。まだ間に合う……まだ普通人として生きていける」
フィルはおぼつかない口調で語る南を見て、やはりこの子は欠落しているわけではない。心を持つ年相応の少年だと思った。
「南くん、君は……」
――その時、ガチャッと室内扉が開いた。
「お風呂から戻りましたー!」
ソフィアが笑顔でリビングに入ってくる。驚くフィルの横を通り過ぎて南の隣に座った。
「先輩、今夜は泊まっていってください。ねえ、パパ! いいでしょう?」
「あ、ああ……別に構わないよ」
すると南が口を開いた。
「僕はそろそろ帰る」
「えー! 私もっと先輩と話したいことがあるんです! 私の部屋に布団敷きますから」
頬を膨らませてギュッと南の腕を掴んだ。
「帰らないと……姉さんが心配する」
「え? あ……そうですね」
ソフィアは亜梨沙を思い出して冷や汗を掻いた。黒川亜梨沙――協会で一番敵に回してはいけない人物。マナ結界を張っていないこの部屋を<千里眼>で視ている可能性すらある。(やば!)思わず掴んでいた腕を放した。フィルは苦笑する。
「じゃあ私が車で寮まで送りましょう」
「旦那様、それは私が……」
フィルはそう言うニックを片手で制しながら笑顔で言った。
「それには及ばないよ。彼と二人で話したい気分なんだ」
◆
氷川タワーレジデンスと協会の距離は長くない。フィルはゆっくりと車を走らせた。
「南くん、君はソフィアの異変に気が付いていますね。私に説明してくれませんか」
南は繁華街のネオンを見ながら言った。
「ソフィアには……フローラの残留思念が取り憑いている」
「幽霊……ですか」
「残留思念に悪意は無い。フローラの愛情がセキュリティソフトみたいに機能している。条件を満たすと発動するだけ……ソフィアやあなたへ敵意を向ける相手を攻撃するんだ。普通、思念だけだとここまで現実に影響を及ぼさないけど、今回は精霊が媒体となっているからややこしい。滅多にないケースだと思う」
異能を語る南は饒舌だった。
「あなたはもうフローラと会っちゃダメだ……生者と亡者は一緒になれない。あなたはマナを吸われて……いずれ死ぬ」
フィルの顔が青くなった。ハザードを点けて路肩に停車する。
「君の言うとおりです。ソフィアは夜にフローラになることがある。ソフィアの顔でソフィアが知り得ないことを語り出す……私との出会い、結婚生活、ソフィアを身籠もった時のこと……異人病で倒れた時のこと……私は娘の口からそれを聞かされているんです」
「フローラが異人だったことは?」
「ええ、知っていました。だからソフィアが覚醒したと聞いてさほど驚かなかった」
フィルはハンドルに額を乗せて呟いた。
「――あなたの全てが欲しい」
「?」
「身体が欲しい、流れる血が欲しい、マナが欲しい、これは愛ですか? ――異人島でフローラに言われたことです。最近ソフィアがそれと同じことを口にするようになった」
フィルが鬼気迫る様子で語り出した。
「ソフィアが……フローラに侵食されていくのを感じるんです。確かに私はフローラを愛していた。しかし、今この時は生きている者のための時間なんです。ソフィアの時間が奪われていいはずがない!」
ハンドルを叩きクラクションが鳴った。歩道を通る人が振り返る。フィルはゆっくりと顔を上げた。
「教えてください、南くん。このままだとソフィアは……どうなりますか?」
「ソフィアという人格が……消える」
フィルは絶句した。愛した妻が愛する娘を殺そうとしている。思わず南の肩を掴んだ。
「どうすればソフィアを助けられる? 私はどうなってもいい!」
南は目を逸らさずフィルを見る。そしてはっきりと伝えた。
「フローラを殺すしかない」
一度死んだフローラをもう一度殺す。フィルはその現実に絶望し目眩がした。吐き気とともにこみ上げてきたのは無力な自分を嘆く呻き声だった。
【参照】
あなたの全てが欲しい①→第七十四話 マラソン・エナジー
あなたの全てが欲しい②→第百二十六話 ソフィアの愛
異人病→第百四十三話 異人病
南の心の闇→第二百三十八話 終末の世界で生きていく




