第三百四十六話 手腕家の傾聴
南は小柄なわりによく食べた。黙々と料理を口に運ぶその姿は、腹を空かせた野良ネコのようであった。隣でソフィアが慣れない手つきで世話を焼いている。常に執事やメイドに囲まれて育ってきた愛娘は、世話を焼かれることはあっても逆はあまりない。その珍しい光景をフィルが微笑ましそうに眺めていた。
「先輩……美味しいですか?」
南は小さく頷いた。
「そ、そうですか! これもどうぞ、ミリアの自信作です!」
ソフィアが甲斐甲斐しくローストビーフを取り分ける。南はそれをフォークでザクッと突き刺すと口の中へ放り込んだ。「あ……」その様子をソフィアは目を丸くして見ている。ポカンと口を開けるソフィアを見て、ミリアが「ふふ!」と吹き出した。
フィルはナイフとフォークを置くと口元を拭いた。
「南くん、いつも食事は一人ですか?」
「うん」
「お姉さんはお仕事で忙しいんでしょうね。またうちに食べにきてください。あまり一人でいたらいけません」
「なんで?」
「食事はみんなで食べた方が美味しいでしょう」
「よく……分からない」
南は小さな声で呟いた。
◆
食後、南はソファーに座って夜景を見ていた。ソフィアは風呂で席を外している。バックにはクラシックが流れており優雅な時が過ぎていく。フィルは南の向かいに腰を掛けた。
「食事はどうでしたか」
「……おいしかった」
目の前の少年は表情に乏しく感情が欠落していた。娘とさほど年齢の変わらない少年の将来を考えると胸が痛む――しかし南は誘拐犯からソフィアを助けてくれた。そして学校でも面倒を見てくれている。全てが欠落しているわけではない。フィルはそう思っていた。
オープンキッチンの中ではニックとミリアが食器を洗っていた。カチャカチャ……静かな空間に食器が擦れる音が響いている。クリスがケーキとコーヒーを運んできた。
「高広屋の限定品ですよ。どうぞ」
フィルはコーヒーを飲みながら微笑んだ。
「まずはお礼を言わせてほしい。誘拐事件で君がソフィアを助けたとシュウくんから聞いています。君のお陰で旅行が台無しにならなかった。ありがとう」
「別に……任務だったから」
「そうですか? 風の噂で聞いていますが、君の任務はカラーズという組織の検挙だったでしょう。君は自分の意志でソフィアを助けた。そして、お姉さんでも警察でもなく……シュウくんに託した。違いますか?」
その問いには答えず目の前のケーキを口に運ぶ。
「君とは一度こうやって話したかったんです。ギルハートの任務に参加してくれるんですね。お姉さんも同行するとか」
「うん、そうだよ」
「その任務にはシュウくんも参加する予定です。ご存じですか?」
一定のリズムを刻んでいたフォークが止まった。フィルはソフィアから事情を聞き二人の関係を知っている。一流のビジネスマンであるフィルは洞察力に長けていた。言葉を交換しながら人の心を探っている。これはある意味での攻め――フィルは南に興味があったのだ。
「ギルハートへ行く前に聞いておきたかったんです。君達はどういう関係ですか?」
南はケーキの切り口を見たまま答えた。
「……殺し損ねた相手」
「なるほど」
「あまりないんだ……僕が標的を殺せないこと。あの時は邪魔が入ったんだ……あのおばさん強かったから」
南から冷気が漏れ出ている。口元は微かに笑っていた。急速に部屋の温度が下がっていく。ニックとミリアの視線が南に向けられた。
「この前、電拳のシュウが協会に来てギフターと試合をしたんだ。僕と戦った時より強くなっていた……今やったらどんな結果になるのか……ちょっと楽しみ」
「シュウくんを殺したいのですか?」
フィルの問いに南は顔を上げた。漆黒の瞳がフィルの目を見据える。
「ううん。姉さんがシュウとは戦わないって決めた……だから殺さない」
「そうですか」
南の視線を受け止めながら相槌を打つ。聞き耳を立てる周囲の表情は硬いが、フィルは微笑を浮かべたまま南を見ていた。
「僕はシュウの大切な人を守れなかった」
「……ん?」
話の風向きが変わった。真意が掴めない。フィルはコーヒーを飲んで間をつくる。
「シュウは必死だった……任務でもないのに。アリスもココナも他人のために死のうとしていたんだ。人は遅かれ早かれ死ぬのに……まだよく分からないけど最近少し思うんだ。多分死に方が大事なんだって」
南はそこまで言うと、再びケーキを口に運び始める。冷気が霧散し部屋の温度が少し上がった。
(ふむ……)
もう少し彼の心に触れてみよう――フィルはそう考えた。
【参照】
ソフィアを助けた南→第二十七話 黒川南とフィオナ=ラクルテル
シュウとバトル→第四十五話 絶対零度
殺し損ねた→第四十六話 雷火のラン
南の後悔→第六十三話 無登録難民の居場所
他人のために命を懸けるアリス→第百八話 魔女の千里眼
南に興味があったフィル→第百二十五話 ソフィアの再会
他人のために命を懸けるココナ→第二百二十九話 迫りくる恐怖
シュウから南との関係を聞いたソフィア→第二百三十六話 シュウと南の関係
ギフターと戦ったシュウ→第三百三十九話 少年と殺気と理不尽な一撃




