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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第二章 異人の歌姫 ――雷氷の邂逅編――
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第十八話 シュウの師匠

 目の前にいる女性は金蛇警備保障の社長で、名前をランと言う。星の家施設長と旧知の間柄で、シュウとリンの後見人でもある。シュウが便利屋を開業する時も何かと世話になった恩人だ。


 ランはシュウと同じエレキ系のエレメンターであり、その実力は氷川で五本の指に入る。彼女は異人街の派閥の一つを担う程、名が知られているのだ。


 異名を【雷火(フルゴラ)】と言い、強大な電気のマナを纏う。シュウは電気の使い方を彼女から習ったのである。


 ランは協会や龍尾(ドラゴンテイル)も一目置いている存在であった。……が、目の前の女性にその威厳は無い。二人はソファーに座って向き合った。


「さてと、しゅうちん。お姉さんに相談事かな?」


 ランはワイングラスをスワリングしながら聞いてくる。ソファーに寄りかかり、長い足をひょいっと組んでいる。ショートパンツなので、シュウには刺激が強い。


 彼女の大きな金色の瞳で見詰められると緊張する。表情はにこにこしているが、不思議な威圧感があった。


「いや……別に。何となく会いたくなったというか」


 難しい案件に悩んでいるとは言い出しにくい。思わず言いよどんでしまった。シュウの微妙な表情にランはにっこりと笑う。


「ははーん。さては、りんりんと喧嘩したな? 美人相手に鼻の下を伸ばしたんだろう? りんりんブラコンだからねぇ」


 ランはきゃははと笑った後に一言付け加えた。


「あの子怒らせると怖いでしょう……物静かなサイコメトリストだと思っていたら、あんた死ぬよ、本当に」


 ワインをぐいっと飲みながら、急に真顔になって恐ろしいことを言う。


「ち、違うよ! まあ、怒られたけどさ。『客の前で妹扱いしないてください!』って。……この話はどうでもいいって、俺の妹事情は!」


「ふーん。じゃあどうしたのさ? 仕事の話?」


「まあ……ストーカー撃退を命じられたんだけど、クライアントが……その、大物過ぎるというか」


「誰? 女の子なんでしょう」


 ランは目の前にあるアイスコーヒーに手を伸ばした。ワインとコーヒーを組み合わせる彼女の味覚が心配になりながら、シュウは答える。


「今人気の……異人のアイドルなんだ。異人の歌姫」


 シュウの話を聞き、ランは大きい目をぱちくりさせている。事情を察したようだ。


「……ほう? なるほどねぇ」


 二人して、ズズゥ……とアイスコーヒーを飲み干す。ランはタンッとグラスを置くとシュウに言った。


「ん? 守ってあげればいいだろ。何を悩んでるのさ。単細胞のあんたらしくもない」


「だって、カリスだぜ? 失敗した時のリスクがでかすぎる。便利屋もようやく軌道に乗ってきたのに危ない橋を渡るのもどうかと思ってさぁ」


 その時、ランにバシッと頭を叩かれた。その手刀は速すぎて回避する余裕もない。


「いって! 何するんだ? お師匠!」


 シュウは頭をさすりながら非難の声をあげた。本当に痛かったが、逆らうことは許されない。


「あんたさぁ! ガキが守りに入ってんじゃないわよ! ばかでかい案件クリアして、富と名声を得ようとは考えないの? 挑戦しなさいよ! 挑戦!」


「だって、リンもいるし!」


「りんりんを言い訳に使うんじゃないよ、情けない! あの子はね、あんたに守ってもらおうなんて、これっぽっちも考えてないわよ! あんたを支えたくて施設を出たんだろ!」


 もう一度パシッと頭を叩かれた。しかし、今度は手加減してくれたようだ。叩かれたのか撫でられたのか、曖昧な感触であった。


「しゅうちん。悩んでいる時点でもう答えは出ているのよ。そもそも挑戦する気が無い人間は悩まないんだから」


「あ……」


「今日、その子のことを十回以上考えた?」


 十回どころではない。朝から考えてばかりである。情けないことにすっかりペースを乱されてしまっている。


「例えば、あんたが依頼を断って、その子が事件に巻き込まれたら、あんたは誰を憎むの? 無関係の通行人? それとも警察?」


――もし、シャーロットに何かあった時、自分は誰を許せず、誰かを恨むのだろうか。


 答えは分かりきっている。恐らくシュウは依頼を断った自分自身を許せないだろう。彼女を見捨てる覚悟があるなら、最初から悩んだりはしないのだ。シュウはもやもやしていた気持ちが、晴れていくのを感じていた。


「彼女に何かがあった時、責めるなら自分にしなさい。他人の責任にするんじゃないよ。なぁに、その時はお姉さんも一緒に背負ってやるからさ」


 ランはシュウの頭をくしゃくしゃと撫でた。


「直感に従って選択しなさい。しゅうちん」


「分かったよ、ありがとう」


 シュウは席を立った。もう迷うことはない。全力で依頼を受けよう。部屋を出ようとするシュウに、ランは一声掛けた。


「もし人手が足りなかったら、木村と高橋を出向させよう。これはお姉さんのサービスだ。タダでいいよ」


 シュウはウイスキーを一気飲みするランの姿に呆れながら事務所を出た。出入り口で立哨している木村と高橋に手を振って別れる。


 シュウは何かに悩んだらランに相談をしに行くのだ。兄離れをしないリンと大差ない自分に、思わず「くくっ」と笑ってしまう。便利屋に戻ってシャーロットに連絡しよう。シュウの足取りは軽かった。

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