菫の里帰り⑨ 義兄弟
菫たちがアデリオールへ帰る前日の夜、
レガルドは菫の長兄朔太郎と次兄晦之進と共に酒を呑んでいた。
「旨い。いい酒だな義兄上」
レガルドが朔太郎が買い求めて来た古酒に舌鼓を打つ。
「でしょう?元はそんなに高価な酒ではないそうなのですが、長い時をかけじっくり熟成させてこのような旨味のある酒になるそうです」
その話を聞き、レガルドが盃の中の淡い琥珀色の水面を見る。
「長い時をかけて旨味を増すのか……酒も人間も一緒だな」
レガルドがそう言うと、晦之進が感心した。
「旨い酒を上手い事言いますね、レガルド様」
「お♪俺もこの酒と同格か?」
「「「はははははは」」」
楽しそうな笑い声が聞こえる。
菫は別室にて蕾を寝かしつけながらその笑い声に耳を傾けていた。
なんと幸せで心地よい夜だろう。
こうして大切な家族と共に帰郷し、大切な家族と再会出来た。
そして大切な家族たちが穏やかで楽しい時間を共有している。
辛く悲しい出来事を乗り越えた先にこんな幸せな夜がくるなんて夢のようだ……菫は大切な者たちの声を聞きながら、やがてうつらうつらと本当の夢の中へと落ちていった。
菫が寝入った頃、酒を注ぎながら朔太郎が言った。
「レガルド様、此度は菫を連れ帰って下さり本当にありがとうございました」
「そう何度も言わずとも良いぞ大義兄上」
「いや、何度でも言わせて下さい。菫の兄として、弓削の主として、貴方にはいくら感謝の言葉を告げても足りない……」
朔太郎の言葉に晦之進も大きく頷く。
「誠に!誠にでございますぞレガルド様!」
「うわ次義兄上は既に出来上がってるな、そういや呑むペースが早かったな」
晦之進を見て朔太郎は言った。
「こうやって義兄弟で酒を酌み交わせる事を本当に喜んでいるのですよ。俺だってそうだ」
「そうだな。今夜の酒は格別に旨い」
「……レガルド様」
朔太郎はレガルドの名を呼んで崩していた足をきちんと端座に直した。
「妹を、菫の事をどうか末長くよろしくお願い申し上げます……!」
「よろしくお願いします!!」
朔太郎に続いて晦之進も叩頭した。
「義兄上たち……」
「大切な妹です、可愛い妹です。我ら兄弟、何よりも大切に守ってきた妹です。不甲斐ない兄たちで菫には苦労をかけたが、その分誰よりも幸せになって欲しいと願っています。どうか、どうか菫と…末長く添い遂げてやって下さいっ……!」
そう言って朔太郎は深々と頭を下げた。
その下の床に朔太郎の涙が幾つも落ちる。
レガルドも居ずまいを正し、二人の義兄に告げた。
「必ず。安心してくれ義兄上たちよ。菫は俺が生涯大切にし、守り抜く。この世の全ての苦渋も辛酸も菫の代わりに舐めると、とうの昔に決めているんだ」
「レガルド様っ……!」
「よろじぐお願いじまずっ!!」
「もう頭を上げてくれ。今宵はとことん呑むのだろう?」
「無論の事っ」
「酔い潰れるまで呑むぞ!」
「お、いいねぇ♪それじゃあ改めて、」
「「「乾杯」」」
義兄弟たちの側には亡き父への献盃の盃も置かれていた。
「……頭がぐわんぐわんするぞ……」
晦之進が二日酔いの頭を抱えてそう言った。
義兄弟で盃を酌み交わした明くる朝、アデリオールへ帰る菫やレガルドの見送りに大勢の者が弓削屋敷の棟門前に集まっていた。
「昨夜は兄者と遅くまで酒を酌み交わしていたのだろう?」
朔太郎と晦之進が仕える主人である鈴之助が言った。
「はい、しこたま呑みました……それでこの体たらくにございます……なのにレガルド様はケロっとされていて……」
「兄者は体内の酒を相殺できるからな、同じように呑んだら偉い目に遭うぞ」
「もうその目に遭ってますが……肝に銘じておきまする……オェ」
「ははは!顔色が緑だぞ晦之進!」
そんな会話がされている側で、レガルドは家老の長谷倉に泣き付かれていた。
「二郎若様~~っ!もう帰ってしまわれるのかぁぁ!もっと長く居て下されぇ~~!」
「すまんな爺、休暇は五日間なんだ。また来るから長生きして待っててくれ」
「あまり待たさんで下されよ?次に来られる前に儂が死んだら化けて枕元に立ってやりますからなっ!」
「うわ、ホントに立ちそうだな、怖っ」
レガルドの側で主水之介が言った。
「今もう既に悪霊みたいなもんですから、そう変わりはありませんて」
「確かにな!しかし主水之介、お前結局最後まで居たな?」
「だって俺は病み上がりなんだもん」
「だから可愛くねぇんだよ」
「まぁひと足お先に帰っときますわ。ではこれにてドロン」
そう言って主水之介は持参した転移魔道具にて三地点経由でアデリオールへと戻って行った。
菫は兄たちに歩み寄り、別れを告げる。
「それでは大兄さま、次兄さま、紫子さん。お世話になりました、どうかお体を大切にお元気でいてください」
「菫も、くれぐれも体にだけは気をつけて。……また文を書くよ」
「はい、私も書きます。沢山、沢山書きます……」
「菫、幸せに暮らせよ。何かあったら必ず頼って欲しい。お前は生涯変わらず俺たちの大切な妹なのだから」
「兄さま……ありがとう……」
紫子が菫に言う。
「朔太郎様と私の祝言には必ずいらしてくださいね」
「ええ必ず。そうですね、またその時にお会い出来ますね」
レガルドが菫に言った。
「菫、そろそろ行こうか」
「はい」
蕾を抱いて菫はレガルドの元へ行く。
「それじゃあみんな、見送りご苦労!感謝する」
「兄者!また東和に戻って来て下さい!州主の座はいつでもお渡し致します故!!」
「要らねぇつーの。お前に任せた鈴之助」
「二郎若さまっ!」
「二の若様!」
「レガルド様っ!」
「菫っ……!」
「菫!!」
「「「「つ・ぼ・み!つ・ぼ・み!」」」」
皆口々に名を呼び、別れを惜しむ。
レガルドは菫の肩を抱き、皆に告げた。
「じゃあなみんな、達者でいろよ」
「お世話になりました。皆さま、さようなら」
そしてレガルドが転移の瞬間に蕾に言う。
「ほれちゅぼみ姫、みんなにお別れの挨拶を言ってやれ」
「ちゃよなら!」
「「「「「「「!!??」」」」」」」
「ぷ!最後にちゅぼみたんインパクトの置き土産だ」
そう言ったレガルドが完全に転移する瞬間、菫の耳に遠く雷鳴が轟いたような気がした。
こうして菫たちは、また亥羅守の異空間を経由してアデリオールへと帰ったのであった。
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次回はミルルの子育ての様子を覗いてみたいと思います。
ハルジはどんなお父ちゃんになってるかな?




