菫の里帰り⑦ 李亥の姫
前回館を訪れた際に家臣たちに娘の蕾と会わせる約束をした為、レガルドは仕方なく菫と蕾を連れて戌亥城へと訪れていた。
「おら者ども、ちゅぼみ様の御前なるぞっ、頭が高いっ控えおろうっ!」
「「「「「「「ははーーーっ!!」」」」」」」
レガルドが娘の蕾を抱き、集まった家臣たちの前に立って言い放つと、家臣達は皆蕾の前に平れ伏した。
大勢の漢たちに平伏され、蕾はきょとんとしている。
母親であり皆が慕う二の若様の正室である菫の事も家臣たちはまるで女神のように敬った。
だがしかし、皆レガルドの扱いはぞんざいである。
「何でだよ」
レガルドに李亥家家老長谷倉一竜太がこう言った。
「二郎若様がお生まれになった時もそれはそれは美しい御子の誕生に館中が騒然となったものじゃが、やはり姫御前の愛らしさに比べましたら月とスッポンですな!」
「ですってよ♪スッポン若」
「誰がスッポンだコラ。ってお前、なんでまだ居るんだよ?帰れよアデリオールに。仕事はどーした仕事はっ?」
長谷倉の言葉を嬉しそうに受ける主水之介にレガルドがツッコミを入れた。
それに対し主水之介は悪びれた様子もなくシレっと答える。
「若。俺は今、高熱が三日も下がらない大病を患っているんです。それを課長に連絡したら『お気の毒にね、お大事に~』と優しく気遣われましたよ」
「てめぇそれ仮病だろうがっ……でも多分、オジ貴は見抜いてるぞ?休んだ分、後でこき使うつもりだから幾らでも休んでいいよ♪とか思ってるぞソレ」
「ゲ。若、助けて下さい。若に脅されて仮病を使ったって言っていいですかね?」
「良いわけねぇだろこのオタンコナスがっ」
顔を合わせる度に仲良く啀み合う元主従を他所に、家臣達は蕾にゾッコンであった。
「お姫様っ!某、大垣廉造と申します!以後お見知りおきをっ!」
「柳太郎左にごさいます!」
「私は松乃坂遊馬でござる!」
名を覚えて欲しい家臣達が菫が抱っこしている蕾に詰め寄る。
それらを聞いて蕾は言う。
「れんじょ?たろじゃ?あちゅま?」
「っ……!!??」
「そこっ!!落とすなよ雷!!お姫様が驚かれるだろっ!!」
舌足らずのお口で名を呼ばれた者達に雷が走る前に主水之介が釘を刺して阻止した。
「何でだよっ!?今、ビリビリッて来たのにっ!」
「桐生っ、貴様姫君に対し独占欲を剥き出しにしおって!鬱陶しいぞっ!」
「喧しいっ!俺のお姫様に名前を覚えて貰おうなんざ百万年早いんだよっ!」
「誰が俺のお姫様だと?ゴラ゛」「痛っ」
レガルドが蕾を我が物発言した主水之介の頭をしばいた。
広間に集まった家臣達が騒然となり、まるでお祭り騒ぎである。
その時、レガルドを呼ぶ声が広間に響き渡った。
「兄者っ!!」
その声の主がどかどかと力強い足音を響かせ、広間へと続く長廊下を辿ってこちらへ向かって来る。
「おや、三郎若様」
「おお、鈴之助じゃねぇか」
「三の若君様」
「ちみしゃま?」
レガルドを兄者と呼んだこの青年こそが、
東和州の次期州主にしてレガルドの異母弟である李亥鈴之助であった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
……鈴之助の生母の実家の姓は赤胴というらしい。




