番外編 菫の里帰り⑥ 両親の墓前で
結局、レガルドは昨夜、李亥の居城である戌亥城に泊まる事となった。
館の下男が知らせてくれた事によると、家臣達との乱痴気騒ぎの後に恒例の酒盛りとなったそうだ。
そしていくら呑んでも魔力により体内で適当にアルコール分解が出来る技を持つレガルドに、家臣達が無謀にも呑みくらべ勝負を挑んだというのだ。
結果は当然家臣団全滅。
最後の一人が撃沈した時には既に日付けが変わっていて、仕方なくレガルドは館に泊まる事にしたという。
無理に帰って弓削の下働きの者を起こすのは悪いと思ったのだろう。
広間に死屍累々と転がる家臣達と共に雑魚寝をした……という州主の次男坊。
レガルドらしい、と菫は思った。
そして朝、日がすっかり昇った時刻にレガルドは弓削の屋敷へと戻って来た。
「はいどうぞ、レガルド様」
菫は弓削の台所を借りて夫の為に用意していた朝食を出す。
「お、菫ちゃんのしじみの味噌汁♪二日酔いにはなった事ねぇけど、呑んだ次の日はこれがまた体に染み渡るんだ」
レガルドは有り難そうにその朝食を食べた。
「ちゅぼみは?まだ眠っているのか?」
「蕾なら次兄さまと朝のお散歩に行ってるわ。ふふ。兄さまたち、蕾に夢中になって競い合うように相手をしてくれているの。蕾もすっかり懐いちゃって」
「フ、主水之介の悔しがる顔が目に浮かぶな」
その時、涼やかで優しげな声が部屋の外から聞こえた。
「おはようございます。二の若様にご挨拶をさせていただいてもよろしゅうございましょうか」
「あ、紫子様だわ」
菫はそう言って部屋の出入り口の襖を開けた。
そこにはきちんとした印象の女性が居た。
菫は紫子と呼んだその女性に挨拶をした。
「おはようございます紫子様、先ほどはお勝手を貸して頂きありがとうございました」
「とんでもございません。私はまだ正式な弓削の者ではないのですし、お気遣いなさらないでくださいませ。飯炊きの者が申しておりました。菫さまの調理の手際が素晴らしく、目を見張るものがあったと」
「今は全て自分の手で行っておりますので。でも私なんてまだまだです」
今の話の内容からレガルドがその紫子なる人物の正体を理解した。
「朔太郎どのの?」
レガルドがそう訊ねると菫は振り向きながら頷いた。
「ええ。大兄さまの許嫁の山邉の紫子様です」
紫子はすっと居ずまいを正し、レガルドに言った。
「李亥の二の若様。お初にお目もじ致します、紫子にございます」
「では義姉上になられるお方だな。はじめまして、こちらこそよろしく」
「私の方はずっと昔からお姿だけは拝見しておりましたわ」
「紫子さまは幼い頃からの大兄さまの許嫁なの。一度は破談となったけれど、必ず元通りになると信じてずっと大兄さまを待っていてくださったそうよ」
「そうか。なかなか芯の強い、根性のあるお方とお見受けする」
「はい。自らこうと決めた事は決して曲げませんわ」
「ふふふ」
紫子は婚約が破談となり、朔太郎が州都を追放となった後も二年間、頑なに新しい縁談を断り朔太郎を待ち続けていたという。
その甲斐あって、レガルドの異母弟の口利きもあり再び縁付く事が出来たのだそうだ。
ーー大兄さま、嬉しかっただろうなぁ。
自分との将来を諦めずにいて貰える喜びを菫は身をもって知っている。
その人とこれからもずっと一緒に生きてゆける……。
それは奇跡と言っても良いくらい尊いものなのだ。
その日の午後、菫はレガルドと蕾と共に両親の墓へと参った。
父母の墓は菩提寺の境内にひっそりと佇んでいる。
本来なら謀反人として処刑された人間の骸は刑場近くの山に打ち捨てられるのだが、レガルドの指示を受けた家臣の者がこっそりと骸を回収して遺骨をこの墓に埋葬してくれたのだ。
そして父の後を追い自害した母の遺骨も共に眠っている。
菫は二人の孫である蕾がよく見えるように墓前の前に立つ。
ーー父様、母様……娘の蕾です。
愛するレガルド様と無事に結ばれる事が出来、この子を授かりました。
安心してください、私は本当に幸せに暮らしていますから。
だから、私の事は心配要りません。どうか、どうか安らかにお眠りください……。
「蕾、お祖父さまとお祖母様よ。ご挨拶しましょうね。じぃじ、ばぁばと呼んであげて?」
菫がそう言うと蕾はきょとんと不思議そうに墓石を見て言った。
「じーじ?ばぁば?」
「ふふ。そうよ」
ふと隣を見るとレガルドが長く手を合わせている。
やがて満足そうに手を下ろした。
「父や母にはなんと?」
菫が訊ねるとレガルドは答えた。
「菫を一生大切にしますと、菫をこの世に送り出してくれた事への感謝を伝えたよ。おかげで菫と出会えた」
「レガルド様……」
「そしてこんなにカワイイちゅぼみとも会わせて貰えた。もう感謝感謝だ」
レガルドはそう言って娘の小さな頭を撫でた。
「感謝するのは私も一緒よ。弓削の娘に生まれたから二の若様の許嫁になれた。その事に深く感謝をしているわ」
「菫……」
「そしてレガルド様、兄達に……両親に会わせてくれてありがとう」
その言葉を、菫は心を込めて伝えた。
レガルドがはにかみながら答える。
「またいつでも来ような。一旦イノシシの面を拝まなくてはならないのが困りものだが」
「まぁ、ふふふ」
夫の愛ある憎まれ口に、菫は笑った。




