菫の里帰り④ 妹よ
「兄上、菫の姿はまだ見えぬのか?」
屋敷の棟門の前で妹夫婦の到着を今か今かと待ち侘びる弓削家当主にして菫の長兄弓削朔太郎に、次兄晦之進が言った。
朔太郎は辺りを見渡し答える。
「まだ、だな……多分、いや間違いなく家臣の誰かに捕まっているのだろう」
「存外ご家老だったりしてな?」
「はは、有り得る」
「……早く、早く菫に会いたいよ」
「誠、そうだな」
父親である弓削庄左衛門が謀反の罪をなすり付けられ処刑された一件で、
遺された兄妹は離散を命じられた。
親族との接触も禁じられ、着の身着のまま何処で野垂れ死にしようが構わないという残酷な処置だ。
自分たち兄弟はいい。
男なんだから人足でもなんでもしてどうとでも生きてゆける。
だけど妹は、菫は女の子だ。
無一文で放り出されて一人で生きて行けるわけがない。
朔太郎と晦之進は口々に嘆願した。
「せめて、妹を私たちのどちらかと共に居られるようにお取り計らい願えませんでしょうかっ?妹は、一人では生きてゆけませぬっ!!」
だが当時、一の若君の配下であった見聞役はそれを歯牙にも掛けず却下した。
罪人の娘の末路などどうなろうと知らぬと非情の言葉を言い放って。
そして直ぐさま朔太郎と晦之進をそれぞれ別々の場所に強制転移をかけ、州都から追放した。
転移される瞬間、朔太郎も晦之進もこう思った。
頼みは菫の許嫁であった二の若君しかいないと。
レガルド様が西方より戻られて菫を保護してくれるようにと。
そう願うしかなかった。
きっと大丈夫だと信じる心も不思議とあったが。
その願い通り、放逐されて直ぐに菫を保護し安全な場所で匿っているとレガルドから聞いた時は、二人とも安堵の涙を流したのだった。
そして此度の謀反の騒ぎは間違いなく嫡男側の仕業で、奴らを必ず血祭りに上げ殲滅するとレガルドが言った時、兄弟はそれぞれ思った。
菫に害が及んだ事で、一の若君は二の若君の逆鱗に触れたのだと。
その時レガルドは兄弟に言った。
菫はいずれ安全の為に国外へと出す事と、
そしていずれレガルドもアデリオールへと渡りそこで二人で再出発をする事を。
菫を必ず生涯守り抜き、大切にして幸せにすると。
仇は必ず討ち、弓削家が再興できる様にすると約束してくれた。
そしてレガルドはその約束を見事果たしてくれたのだ。
その約束は今も進行中で、彼は菫を守り慈しんでくれている。
やがて姪が生まれ、その姪っ子と菫とようやく再会出来るのだ。
「……長かった……弓削の再興と三の若君にお仕えする事の忙しさにあっという間に日々は過ぎて行ったが、菫と再び会えるこの時をどれほど待ち望んだ事か」
「誠に……」
朔太郎は五つ、晦之進は三つ、菫とは年が離れている。
生まれたばかりの菫を見て幼いながらも必ず守るのだと心に誓った大切な妹だ。
その妹が遠く離れた西方の地で愛する者と結ばれて母親になったとしても、自分たちの可愛い妹である事に変わりはない。
それは決して変わる事などないのだ。
ーー妹よ、早くお前に会いたい。
「あ、兄上っ………」
「ん?如何した晦之進」
「あれを………あそこをっ……」
弟が一心に見つめる方向を、朔太郎も視線を辿って見据えた。
そして少し離れた場所に佇むその姿を認める。
「………菫……」
「菫っ……」
主水之介と長谷倉から逃げるように転移したその地に足を着けた瞬間、そこが生家のすぐ近くだと菫には分かった。
「菫、屋敷の方を見てみろ」
蕾の抱っこを代わりながらレガルドが言う。
「え?」
言われた通りに弓削の屋敷の方を見るとそこには……。
「………!」
呆然としながらも目に涙を浮かべこちらを一心に見る二人の兄の姿があった。
「大兄さま……次兄さま……」
菫がそう呟くと、朔太郎も晦之進も声を押し出すように菫の名を呼んだ。
「菫っ………」
「菫っ!」
レガルドがそっと菫の背中を押す。
「兄さまっ!!」
背を押して貰った事で我に返り、菫はそのまま駆け出した。
「「菫っ!!」」
二人の兄も同時に叫びながら菫の元へと駆けて来る。
「兄さま……兄さまっ……」
菫は懸命に足を踏み出し、二人の元へと急いだ。
ようやく目の前にと思った瞬間、兄たち二人に同時に抱きしめられる。
「菫っ……!良かった……良かったっ……!」
「大兄さまっ、次兄さまっ」
「菫っ、本当に菫なんだな?嘘じゃないよなっ?」
「本当ですっ…私です、菫ですっ……兄さま達の妹のっ……会いたかった!」
「俺達もだ、会いたかったぞっ……菫!」
「菫っ!!」
父を失い、母を失い、一瞬にして幸せだった日々を全て失った兄妹たちの、ずっと堪えてきた涙が堰を切って溢れ出す。
あれから数年経ったとしても、消えない悲しみや癒えない傷があるのだ。
それはやはり家族だからこそ分かち合えるし理解し合える。
菫と二人の兄たちはしばらく互いをぎゅっと抱きしめ合い、涙を流し続けた。
そんな時、レガルドに抱かれていた蕾が母を呼んだ。
「かーたま……」
泣いている母を心配しているのだろう。
不安そうに菫に向かって手を伸ばしている。
その姿を見て、兄たちが小さく息を呑んだ。
「菫……あの子が……?」
菫は涙を拭きながら頷いた。
「ええそうです、娘の蕾です。蕾、いらっしゃい」
そう言って菫はレガルドから娘を受け取った。
そして蕾に言う。
「蕾、母さまのお兄さまたちよ。蕾のおじさま方ね」
「おちたま……?」
「「っ~~~………!?」」
蕾が二人の兄へと向かって言葉を発したその瞬間、
弓削屋敷に雷が落ちた。
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やっぱりBGMはみなみこう○つさんの『妹よ』でしょうか?
作者の父が大好きな曲です。
もしくは北の国からのあの名曲?




