愛しい日々をあなたに 〜魔法省特務課の事件簿〜 菫の休職そして、
いつもありがとうございます!
「………ここ、は……?」
意識を取り戻して最初に映ったのが見知らぬ天井である事から、菫は小さな掠れた声で呟いた。
そうだ。
ここ数日体調が優れず診察を受けようかと思ったのだ。
その後からの記憶が無く、今こうして見知らぬ寝台に寝かされているところをみると自分は意識を失ったのだろう。
菫はそう思った。
「きゅきゅん?」
「あ…炭ちゃん……?どうしてここに?」
ベッドの上に浮かび(炭ちゃんは少しだけ浮遊出来るのだ)心配そうに菫を見下ろす魔法生物の炭ちゃんの姿を見て、菫はそう訊ねた。
その時、部屋の入り口のところからシンディの声が聞こえた。
「あら、目を覚ましたのね良かったわ。スミレ、あなた丸一日眠っていたのよ?あ、ここは魔法省の医務室だから心配しないで」
「シンディさ……え?」
シンディの方へ顔を向けた菫はベッド脇に居る大きな塊を見つけて驚いた。
「レガルド様?」
夫レガルドがベッドの横に置いた椅子に座り上半身を菫のベッドに突っ伏して眠っているのだ。
いつからここに?
出動要請を受けて地方へ行っていたはずなのに。
まだしっかりと働かない頭でぼんやりと考える菫にシンディが言った。
「私も貴女の課の人から聞いた話だけど、まずはその魔法生物にお礼を言うといいわ。貴女が倒れる寸前に突然現れて、身を挺して貴女を守ったそうだから」
「炭ちゃんが……?」
「どこも体を打ち付ける事なく無傷でいられたのもその子のおかげね」
菫はそれを聞き、炭ちゃんの頭を撫でた。
「そうだったの……ありがとう炭ちゃん。大好きよ」
「きゅーん♡」
炭ちゃんは菫に頭を撫でて貰ったのが嬉しいらしく、ウットリとして菫の手のひらに頬擦りをした。
「ふふ」
その時菫が寝ている部屋に桐生主水之介が入って来た。
「おや、気がつかれましたか菫様。……っと、若が寝入っちゃってんじゃないですか。何をやってるんだこの人は……」
「桐生、レガルド様はいつからここに?お仕事は大丈夫なの?」
菫がそう問うと、桐生は肩を竦めながら答えた。
「大丈夫と言えば大丈夫。大丈夫じゃないと言えば大丈夫じゃないです」
「何よその謎かけみたいな言い方は」
桐生の言い方にシンディがそう返した。
「いやね?きっと菫様が倒れる寸前だったんでしょうね、若がいきなり何かを察知して顔色を変えたんですよ。その時ちょうど悪党魔術師たちの捕物中だったんですけど、若の奴、急に手加減をやめて一気に奴らを叩き伏せちゃって。どちらかというと無傷で捕らえた方がいいのに問答無用で一瞬ですよ。上級魔術師が無駄に抵抗したもんだから若もキレちゃって、無駄に腕が一本飛んでました。まぁどうせ極刑を食らう奴ですけどね」
「な、なんという……」
聞いた内容の凄まじさにシンディが言葉を失う。
桐生は構わずシレっと話を続けた。
「ね?全員敢えなく捕縛出来たので大丈夫っちゃあ大丈夫でしょう?任務は遂行したんですから。でもその後一瞬で転移してどっかに消えたんですよ。俺とフランキーを残して。まぁ菫様の元だとは直ぐにわかりましたけどね。若をあそこまで必死にさせる事が出来るのは後にも先にも菫様、貴女だけですから」
菫はベッドに突っ伏しているレガルドの髪を優しく梳いた。
「レガルド様ったら……そんな無茶をして……」
「そうやって転移した先で、巨大化した魔法生物の上で気を失っているスミレさんを見つけたんだ。その時の彼の慌て様ったら凄かったよ」
そう言ってその時の状況を補足しながらコーディも部屋に入って来た。
「コーディさん」
「意識が戻って良かったよスミレさん」
「菫っ!?菫がどうかしたのかっ!?」
眠りが浅くなっていたレガルドの耳に、菫と呼ぶ声が届いたのだろう。
レガルドが途端に反応してガバッと勢いよく起きた。
そして菫が目を覚まして身を起こしているのを見て思わずといった態で菫を抱きしめた。
「菫っ!良かったっ……!意識が戻ったんだなっ……大丈夫か?どこも辛くはないかっ?」
矢継ぎ早に言うレガルドに桐生が言う。
「どぅ、どーどーですよ若。落ち着いてください、そんな捲し立てられたら却って菫様が驚いてしまいますよ」
「しかしだな主水之介っ……」
「はいはい。我々はこれで退散しますから、後は落ち着いてご夫婦で話をしてください。……若、いくら嬉しいからって暴走しないで下さいよ?」
「しねぇわ、した事もねぇわ」
「うわ、いけしゃあしゃあと出鱈目を……まぁいいです。それじゃあ菫さんおめでとうございますという事で」
そう言って桐生は部屋を出て行った。
シンディやコーディも「スミレおめでとう」と口々に告げて退室して行った。
「……?」
菫は何故おめでとうと言われるのか分からず首を傾げる。
その菫の様子を見たレガルドが胸を抑え、心の中で吐血した。
「かはっ……!菫、そんな小悪魔的な可愛い仕草をしてっ……俺を悶え死にさせる気か?」
「?死なせるつもりは勿論ないわ?それよりレガルド様……私、どうして倒れてしまったのかしら。その前からとても体調が悪かったの……」
「可哀想に菫。一人で不安だっただろ?ごめんな側に居てやれなくて」
「そんな、レガルド様は任務だったんですもの。それより私こそお仕事の邪魔をしてしまってごめんなさい」
菫がそう言うとレガルドはより一層菫をぎゅっと抱きしめた。
「菫が邪魔になる事なんて絶対にない。俺にとっては全ての最優先事項は菫なんだから………と、これからはもう一人増えるな」
「え?もう一人?炭ちゃんかしら?」
菫の言葉を受けてレガルドは側で丸まって眠っている炭ちゃんを一瞥した。
「なんで炭治郎を優先しなきゃいけないんだ。まぁちゃんと菫のピンチを察知して駆けつけた事は賞賛に値するがな」
「じゃあ誰の事を言っているの?」
菫が訊ねるとレガルドは菫を手を取った。
そしてその自分の大きな手を重ね、菫の下腹部に二人で手を添える。
「俺と菫の……腹ん中にいる、俺たちの子どもだよ」
「………え?」
一瞬、何を言われているのか分からず、菫はレガルドの顔を見る。
その瞳に心からの喜びが感じ取れた。
ーー子ども……?
菫はレガルドと共に手を重ね触れている自分の下腹部に視線を落とす。
レガルドが菫に告げた。
「倒れて直ぐに医師の診察を受けたんだ。そしたらその医師が突然知り合いの産術師を呼んでくれて。そこでハッキリと診断が下ったよ。妊娠七週目、おめでただと」
「……本当に?」
「あぁ。本当らしい。倒れた原因は不調で食欲が落ちていたであろう事からの貧血だそうだ」
「本当の本当に?」
「本当の本当だ」
「私たちの……赤ちゃん……?」
「そう。俺たちの子どもだ。……菫、ありがとう」
「っ……!」
レガルドに礼を言われて途端に菫の中で実感が湧く。
本当なんだ。
間違いないんだ。
自分と、最愛の夫との子どもなんだと。
「ふっ…うぅ……嬉しいっ……嬉しいっ……!」
菫は堪えきれず泣き出した。
レガルドはその涙を指で優しく拭いながら言った。
「あぁ。嬉しい。嬉しいな!菫っ!」
菫の大好きな屈託のない笑顔を向けられて、菫は愛しさで胸がいっぱいになりながら頷いた。
「っうん……!」
菫はレガルドの子を身籠った。
予定日は来年の初夏だという。
喜びで幸せを噛み締める日々が始まったが、
更にレガルドの過保護に拍車がかかり大変でもあった。
階段の上り下りもさせて貰えない、
入浴も一人でさせて貰えない。
その過保護ぶりがあまりに酷いので、ミス・ポワンフルがレガルドの頭を箒でしばいたほどだ。
そこから少しはマシになったが、過保護っぷりは変わらないまま菫は出産と育児のために休職する事となった。
せっかく皆と知り合えてよい職場に恵まれたのだ。
今のところ退職するという選択肢はない。
子どもが生まれてある程度したらまた考えれば良いとウォーレンが言ってくれたのでそれに甘える事にした。
そして菫は長い妊娠期間を経て、
出産に挑んでいる菫よりも死にそうな顔で大騒ぎしていたレガルド立ち会いの下、
元気で可愛い女の子を生んだ。
誤字脱字ごめんなさい!




