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構成術士の欠陥因子 《OD》  作者: 寺鳥 夜鶏
オーバーダイブ編 <下>
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Act.92 熱 <2>

背後から迫る熱源とは別に、鼓膜ではなく、襲の意識そのもの震わせる確かな「熱」が彼女の言葉と共に放たれた。


「ペンデュラムッ!」


掠めた物質を並べてどろどろに熔かしながら加速する光弾の軌道上に、シェリルの右手に握られた銀の拳銃型AIU。「ペネトレーター」から放たれた光線が交錯した。

側面より荷電粒子束に押し流された光弾が大きくその軌道を外し、襲が跳び込んだ窓とは別の、数メートルと離れていない位置に据えられた窓を突き破り、彼方へと消える。


頭上を掠めていった熱源に内心冷や汗を浮かべつつ、滑走路のアスファルトを靴底で踏みしめ、落下の衝撃を身体全体で殺した襲が独りごちる。


「……厄介だな」


溜め息交じりに顔を上げた、直後、先程掠めていった光弾が遠方にて拡散。巨大な光の瀑布を数百メートルほど前方で撃ち立てた。

片腕を使って爆風から顔を覆いつつ建物を回り込むように駆け出した襲の頭上に、同じく割れた窓を潜り抜けてきたシェリルの身体が踊る。


「ご無事ですか?」


空中で「レベニューシェア」の引き金を引いて緑の粒子の衣を纏ったシェリルが、落下の方向を襲の進行方向へと合わせつつ並走するように宙を滑走してきた。


「ええ。それより、怪物はまだ中に?」

「はい。一応ステルスクラフトでいてきましたので、取り敢えず追撃の心配はないかと。

しかし、どうなさいますか?見たところ、襲さんの体調も万全ではないようですし、ここは……」


ふわりとアスファルトに着地したシェリルが、襲に寄り添うように並走しながら言葉を濁す。

わかっている、そんなことは。

詩素が尽き――ているのは元からだが、肉体に吸蔵していた詩素を失った自分は、戦力的にはただの人間と大差ない。


しかし、それでも、


「恐らく、あと数分後には《VSS-18便》がこちらに到着します。それまでにアイツを何とかしなくてはいけません」

「そう、ですね。でしたら私が囮になって敵を滑走路の外まで引き付けます。そうすれば……」


冗談めかして言うでもなく、投げやりに語るでもなく。

真摯な眼差しと共に投げられた言葉に対し、襲はかぶりを振った。


「危険過ぎます。第一、空港の外に誘き出したとしてもそこには居住区が少なからず存在します。そんなところに『アレ』を連れていくわけにはいきません」


それに、と襲は言葉を切って、


「理由は知りませんが、一度瀕死の状態まで追い込んだはずのハンニバルが短時間で再生した理由も気になります」


襲の指摘にシェリルは小さく頷き、思案する素振りを見せた。


「確かにそうですね。いくらフリークス細胞の再生能力が優れてるとは言え、あれだけの攻撃を受けてなお生きているなんて……。

仮に致命傷に至っていなかったとしても、思念波によって細胞の再生能力が阻害されていた以上、あそこまで短時間で再生するなんてありえません」

「ええ。それどころか、出会ったときより明らかにフリークス細胞が活性化している。

通常、ハンニバルは詞素に触れることで徐々に弱体化します。もし奴らに他の物質を取り込めば取り込むほど強くなるなんて性質があったとしたら、今頃人類が生き残っているはずがありませんからね」


冗談めかして語りながら襲は背中へと腕を回し、半ば辺りから折れた「ひさめ」の柄からCボックスを取り出した。詞晶石の残量を見遣るが、案の定カラだ。

ポーチの中に予備はない。シールドディスプレイに表示されたハーモナイザーの詞素残量もごく僅かであり、疑似詞素装甲を発動することすらままならないHNSはもはやただのパワードスーツと化している。


さて、どうするか……。


不安げなシェリルの視線を感じた襲が、彼女へと視線を流す。

その際、彼女の背中に背負われていたライフル型AIU、「エクスーシア」の銃身が目に留まり、襲の思考は急速にひとつの解を導き出していた。


「シェリルさん。空になったFパックを持っていませんか?」

「え?あ、はい。こちらに」


素っ頓狂な声を上げたシェリルだったが、すぐに襲の指示を呑み込み、背面に取り付けたショルダーから円筒状の金属の筒を取り出し襲へと手渡してくる。

Fパックと自身で命名した装置へと視線を落とし、襲は暫しの合間思案して。


「エクスーシアの残弾は?」

「残り三発です」


シェリルからもたらされた情報を基に、更に勝算を上げる方法を模索する。

屋内から響く怪物の咆哮を耳にしながら思考し始めた襲の背に、ふと、朗らかな声が届いた。


「いたぁー!いたよ、梓!」

「ええ。よかった、二人ともご無事みたいですね」


粉塵を被ってやや白くなった服を手ではたきながら、椿と梓の両名が襲たちのほうへと足早に駆け寄ってくる。

ここで立ち話は不味いだろうと襲が視線だけでこの場からの移動を促すと、三人は無言をまま放置車両の影へと移動を開始した。


車両の影から周囲の安全を確認した後、襲は応答も兼ねて口火を切る。


「ええ、何とか。そちらも大丈夫そうですね」

「はい。それで、あの怪物のことですが……」


視線をターミナルへと投げた後、脇に立つ椿を一瞥いちべつした梓が目を細めながら言葉を濁す。

その仕草に梓の心象を悟ったのか、椿は詰め寄るように一歩梓の方へと踏み出し、声を大にして言った。


「私は大丈夫だよ!それに、ここで逃げちゃったら私絶対に後悔する……」


椿――と、呟いた少女の横顔には、隠しきれない困惑と僅かな喜色が滲んでいる。


二人の遣り取りを見た襲はひとり思った。

きっと、二人は互いのことを何よりも大切に思っているのだろう、と。

そして恐らくは、自分の命よりも。


生物的な本能にのっとれば「個」にとって最も優先すべきは自己の保存、つまり己の命をおいて他にないはずである。それは至極当然の思考であり、むしろ自己の保存を放棄することの方が非生物的でイレギュラーなものだと言えるだろう。


ならば、彼女らの思考はどうか?


無論自己の保存そのものを放棄したわけではないのだろうが、ともすれば相手の為にその命を投げ出すことをいとわない狂気にも似た危うさが二人の関係の間には成立しているようにも思える。

他の「個」に執着する。それは俗に「依存」と呼ばれるものだ。


ふと、「共依存」という言葉を思い出す。


楠那がシェリルを迎えるときに発した言葉と、表情。それらを見て、自分は一生理解できないものなのだろうと直感した。その印象は今でも変わらない。

しかし、楠那が浮かべた屈託ない澄んだ笑顔と、返されたシェリルの濡れた青の瞳に感じ取った『熱』は一体誰のものであったか?


襲は気づいていた。それが、自分の中でともったものであったことを。


思い返せば、その『熱』は幾度となく襲の中から発せられていた。死体のように冷えた自分の中から、確かに。

トラックにかれそうになった椿の、その後ろ姿を遠目から視認したときも。

孤児院で起きた悲劇を語ったシェリルの、白く華奢な肩が震えていたことを見咎めたときにも。

思えば、梓の折れた腕を治したときも、同様の『熱』を自身の中に感じとっていたのではなかったか?

その熱に突き動かされた自分の「何か」が、きっと無意識のうちにこれらの行動を肉体へと促したのだ。


だとしたら、椿と梓の遣り取りを見て感じた『熱』も、そして、憂うような輝きを帯びたシェリルの双眸を覗き込んで感じた『熱』も、きっと気のせいなどではないのだろう。


――何より、この『熱』は不快ではない。


「俺に考えがあります」


襲の口から紡がれた言葉は、強い意志の力を宿していて。

三人は思い思いの態勢を取った後、聴く準備が整ったことを真剣な眼差しで襲に示した。



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