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構成術士の欠陥因子 《OD》  作者: 寺鳥 夜鶏
オーバーダイブ編 <下>
93/124

Act.90 吸蔵解放

襲が相手の注意を引き付けている間に、シェリルは意識を朦朧とさせている少女を肩に担ぎターミナルの到着ロビーまで退避していた。


骨折と打ち身が数か所、呼吸にやや乱れがられるが、どれも生死にはかかわらない比較的軽症の分類だろう。

そう判断したシェリルは周囲の安全を確認してから少女の身体を壁際に寝かせ、二人に掛けていたステルスクラフトを解除した。


「あのっ!梓は…!」


柱の影に隠れていたのだろうか。黒のツインテールを揺らしながら駆け寄ってきた少女に対し、シェリルは事務的な口調で応じる。


「負傷はしていますが、命に別状はありません」


事の経緯いきさつは、空中回廊での騒ぎを聴き付けた襲とシェリルに、黒髪の少女、椿が助けを求めたことから始まった。

ハンニバルに襲われている友人を助けてほしいとの懇願を受け、椿にホールでの待機を命じた襲がシェリルと共に梓の救出に向かったというのが、その全容である。


「そ、そうですか…!良かったぁ…」


床に寝かせた梓の顔を脇から涙目で覗き込み安堵の色を浮かべている椿を見遣り、シェリルは屈めていた腰を起こしながらスモークシールドの奥で微笑した。


「あの……!」

「彼女の傍にいてあげて下さい。私は戻ります」


椿の言葉を制した後、シェリルはすぐさま踵を返し元来た経路を疾駆する。


――対象を目視。


ターミナルの外に飛び出すと同時、シェリルは黒の拳銃型AIU「レベニューシェア」をホルスターから引き抜き、遠方にて怪物と対峙する襲へとシールドディスプレイの照準を合わせた。

引き金を引き搾るや、レベニューシェアの銃口から不可視の詞素の弾丸が撃ち出される。

命中した瞬間、少年の輪郭が霞みその色彩が失われてゆく。


(――『インビジブルバレット』の発動を確認)


発動させた術式はステルスクラフトの一種で、「インビジブルバレット」と呼ばれる半自動術式の一つだ。

「インビジブルバレット」は、詞素の弾丸が特定の情報体に命中した瞬間に発動する。弾丸状に圧縮された詞素は、予め組み込まれていたプログラムに従って展開。基底状態の詞素の被膜で対象を覆う。

なお、基底状態とは端的に述べればエネルギーの低い状態のことであり、低エネルギー状態の詞素は基本可視光などの電磁波は放出しない。


「インビジブルバレット」の主な原理としては、光や音などの外敵刺激を詞素の被膜によって模倣、あるいは偏向・相殺することによって対象者のステルス状態を維持する。

例えば内部(術者)から発せられる足音などの振動(熱振動も含む)は、その振動を打ち消すように詞素の被膜が振動することによって相殺、減衰される。また外部からもたされる振動は、周囲の状況と振動方向に適した形で模倣、放出される。

可視光などの電磁波は、対象の表面で迂回させ反対側に突き抜けさせることであたかも透過させたような状態を再現しており、以上の被膜特性によって、「インビジブルバレット」はあらゆる索敵システムを欺き対象の完全なる不可視化を実現させていた。


(隠密にいきたいところですが……旅客機が到着するまでの時間を考慮すると、そう時間は掛けていられませんね)


自身の大腿部を「インビジブルバレッド」で撃ち抜き背景に同化したシェリルは、右手に銀の拳銃型AIU「ペネトレーター」を構え、引き金を引き搾った。


瞬間、銃口から純白の光線が放たれる。


大気を熱しつつ遠方で炸裂した光条は、爆風と爆音を周囲へとばら撒いた。怪物の右半身へと命中し眩い飛散粒子を散らしながら命中箇所を抉り飛ばす。


発動させた術式は、「ペンデュラム」。


光熱波やフォノンライフルと原理的には同質のもので、荷電粒子と化した詞素を亜光速で撃ち出す遠距離構成術だ。


衝撃波に押され体制を崩した怪物の脇腹に、突然姿を現した襲が掌底が打ち込む姿を遠目からでも確認できた。


「インビジブルバレット」は対象をステルス状態にする効果を持つ一方、術によって付与された詞素の膜自体には防御性能がない。

襲が打突時に可視状態に戻ってしまったのはそうした被膜の強度の低さが原因であり、術式が解除されたことを悟ったシェリルは再び左手の引き金を引き搾り「インビジブルバレット」を襲に添付させた。


「援護します」


『助かります』


無線越しの会話を聞きながら、襲は不可視化した自身の肉体を巨人の背後へと忍ばせていた。

敵の右斜め後方から、跳び込みと同時に拳を突き出す。狙いは先程と同じ、右の脇腹。

インパクトの直前、襲はHNSに思念波を送信。疑似詩素装甲を発動させた。

入れ替わりに「インビジブルバレット」の効力が切れ、襲の姿が露わになる。


怪物がこちらに気づく。

瞬間、高電圧の電流が襲の拳から迸った。


『ぐガァぁ!?』


電流に身を焼かれながら大きく後退する巨体にもう一打雷撃を叩き込んでから、襲は後方へと飛び退く。


行使した構成術は、「雷陣掌らいじんしょう」。

詞素を振動させて生じた摩擦電流を体内の詞素に蓄積、接触した瞬間に相手の体内へと詞素と電撃を同時に送り込む近接構成術だ。


発電系の構成術の一つで比較的詞素の消費が抑えられる術式でもあるのだが、襲の詞素容量フォノンキャパシティでは一回発動できるかどうかさえ怪しい。

しかし今現在に至るまでに行使した「雷陣掌」の回数は、計四回。本来ならば既に実行不可能な回数まで至っている。

それでも襲が「雷陣掌」を連続発動できているのは、体内に吸蔵された詞素を無理やり乖離・抽出し、構成術の行使へと利用している為であった。


(――吸蔵解放フォノンオートファジー!)


襲が発動させている「吸蔵解放」は一時的に詞素を得られる代わりに、メリットとは比較にならないほどの無数のデメリットが存在する。


まず、発動自体に強い思念波を要する。つまり実行できる構成術士はそれなりに限定されてくることを意味しているのだ。

だが最も大きな問題は、体細胞から詞素を抽出する際にその細胞組織を損傷させてしまうことにあった。

事実、襲の体内組織は既に悲鳴を上げ始めており、繰り返される激しい攻防の一方で、詞素の抽出に伴う細胞組織の損傷とそれに付属する激痛によって襲の身体は急速な衰弱を始めていた。


(もって後一分、てとこか…)


知らぬ間に口内から滲み出していた血を掌で拭い、震える奥歯を噛み締める。

そうして生じた硬直は一秒にも満たなかったであろう。

しかしその刹那に、右腕を触手に変化させた怪物の一撃が襲の脇腹を叩いた。


「ぐっ――!?」


HNSによって発動していた疑似詞素装甲によって多少衝撃が和らいだものの、決して無視できるようなダメージでもなかった。

瓦礫の山を幾度となくぶち抜いてようやく静止した襲の頭上に、三度触手の束が迫る。


『バリアバレット!』


直撃の刹那、触手の軌道に交錯した光弾が無線越しに届いたシェリルの命令を受けるようにして展開。多重障壁となって触手の追撃を防いだ。

恐らくは基本的な防御術式として知られる「詞素光壁ライトシールド」の一種なのだろうが、同時に複数障壁を形成するとなるとその制御難度は跳ね上がる。


心の中で感謝の言葉を述べながら駆け出した襲は、触手の追撃を逃れ、再び怪物へと猛追した。

背中の金具に固定していたひさめを抜き放ち、柄のスイッチを押し込んで「循環刀身チェーンブレード」を発動させる。


緑色の輝きを帯びた刀身を振るい、四方より迫る触手を切り裂き、距離を詰めてゆく。

再び赤褐色の巨人の喉元へと潜り込んだ襲は突き出された拳を屈んで避けると同時、霈を逆手に持ち替え、足払いをするように対象の踵、人間でいうアキレス腱を両断した。

ガクン、と腰を落とした怪物の頭部へと、返す刃を振り下ろす――。


――つんざくような金属音が響き、

――霞の刃が半ば辺りから砕け、折れる。


全身を黒く硬化させニタリと嗤う怪物。

対し、襲の表情は無表情そのものであった。


襲はその場で小さく跳躍すると、巻き込むように身体を反転。既に落下を始めていた砕けた刀身目掛けて回し蹴りを放つ。空中で運動方向を強制的に変えられた刃の破片は、靴先より新たな加速度を得て、飛翔。怪物の片目へと突き刺さった。

直後、側面より放たれたシェリルの「ペンデュラム」の光軸が残るもう一方の眼球を焼き飛ばす。


両目を抑え、苦痛に怯む巨体。


その右脇腹へと襲は電撃を帯びた拳を叩きつけた。

僅かに持ち上がった巨体へと視線を流し、振り切った拳を――その指先を擦り合わせ、


パチン、と指を鳴らした。

叫ぶように唱える。


爆雷陣ばくらいじん!」


襲が指を鳴らすや、怪物の右脇腹の表面付近に青く輝く紋様が浮かび上がった。

魔方陣を思わせる紋様は瞬く間にその輝きを増し、明滅。


凄まじい爆発へと転じる。


『グうァ――!?』


蒼い閃光が視界を埋め尽くし、乾いた炸裂音が一、二、三、四と、五度鳴り響く。

それは、襲が放った「雷陣掌」と同じ回数。

それもそのはず、襲が発動させた「爆雷陣」という構成術は設置型の構成術の一種であり、対象に接触した――「雷陣掌」を放った際に、対象の表面に付着させた粒子の塊を“任意のタイミングで”拡散、炸裂させる術式である。

また「爆雷陣」は構成術としては珍しく重ね掛けが可能な術式でもあり、重ね掛けした回数に対し爆発時の粒子の拡散速度、即ち威力が等比級数的に増加する。

襲が「雷陣掌」を好んで使用していたのは放電による対象の硬直の隙を狙う為であった。極端に言えば、「爆雷陣」へと至るまでのプロセスに過ぎない。


五度の加速を得た粒子が凄まじい速度で爆散。

周囲の大気を押し飛ばし、断熱圧縮によって電離した大気分子の電子がスパークとなって瞬くや、蒼く宙に踊る。


ぜろ」


襲が頑なに怪物の右脇腹に攻撃を重ねていたのはそうした下拵したごしらえの為であり、発動した「爆雷陣」は蒼白い閃光を怪物の体表面で連続的に産み落としながらその細胞組織を爆発と同時に吹き飛ばしていった。


爆発の合間に上がるのは、怪物の断末魔か。


五度の爆発と閃光が終わった後、紫色の視線の先に残ったのは飛散した怪物の肉片と、アスファルトに生み落された半球状の凹凸から漂うオゾンと肉の焦げた異臭だけであった。



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