表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
構成術士の欠陥因子 《OD》  作者: 寺鳥 夜鶏
オーバーダイブ編 <下>
92/124

Act.89 蒼く

崩落した空中回廊の残骸があられのように降り注ぐ中、椿と梓は立ち込める粉塵のもやに紛れ、巨大な瓦礫の影に身を潜めていた。


「椿、さっきは助かったわ。ありがとう」

「いいって……それより、どうするの?」


不安げな視線の先を追えば、コンクリートの雨を全身から生やした糸状の触手で弾き飛ばしている異形の姿を遠目から捕捉できた。

周囲の物質を取り込んでやや肥大したと見える躯体は、頭頂高にして四メートル近くはあるだろうか?

それでも「それ」がヒトの形をとっているのは、「それ」が人であることに執着している所為なのかもしれない。

数秒の間直視しただけだというのに、梓の額にはねっとりとした脂汗が滲み始めていた。


(あれと正面切ってり合うのは……不味い、でしょうね)


数年間にわたる実戦経験を経て、敵の実力をある程度直感的に判断できるようになっていた梓の『感覚』は、目の前の異形の者に対しこれ以上無いほどの危険信号を発している。


今は、逃げるべき……?


騒音を聞き付けた構成術士たちが増援に駆け付けるまで、長くても数分といったところか。

それまでは交戦を避けることのがベター。何より、これ以上椿を危険に晒すわけにはいかない――。

椿の袖を引き、梓が踵を返そうとした。その時、


「おい、そこの二人!今ここで何が起きたのか――」


増援に駆け付けたのであろう男性兵が、瓦礫に隠れていた二人へと声を掛けようとして――、

煙を引き裂くように死角から突き出された一本の触手が、男の胴体を両断していった。


「ひっ…!」


血反吐を吐いて倒れた男の姿を見た椿が、喉から引き攣ったような声を漏らした。

自身の声に気づいた少女が慌てて己の口元を両手で覆うも、怪物を中心として発せられているおぞましい思念の波は、既に二人が隠れている瓦礫を標的としている。


『そこかァぁ!』


遠方から響く空気の震えは、聴く者に本能的な不快感を与える。

と、同時。二人の肉体がHETマジックを発動させたことによって生じた白いオーラに包まれるや、


「――くっ!」


両足を引っ張るように絡みつく殺意を振り切り、梓と椿は瓦礫から反射的に飛び退いていた。

直後、赤褐色の巨人の拳が二人の隠れていた瓦礫の山を打ち砕き、舗装されたアスファルットの路面に巨大なクレーターを穿つ。


飛び散るコンクリート片とアスファルトの残骸を素手で打ち砕きつつ、梓は空中で「朧火」を発動させていた。

ジジッ、という調理用油が跳ねたような奇妙な音とともに、五つの光球が怪物の背中へと加速。膨大な熱量を以てその細胞組織をぜに掛かる。

背後からの攻撃に対応できなかったのだろう。怪物の巨体が前のめりにアスファルトへと叩きつけられ、追撃を命じた光弾が間断なく降り注ぐ。


手応えはあった。


だが、光球を自身の下へと戻した梓の瞳が捉えたのは、何事もなかったかのように起き上がる異形の姿だった。


「…全く効いていない、みたいね」


僅かに表面組織が焼け焦げているようにも見えるが致命傷とは言いがたく、炭化面がものの数秒で再生してしまったことから見てもほぼ無傷と言ってしまっていい。


一対のまなこを赤くたぎらせ、殺意とともに差し向けてくる「敵」。

それは突如として梓から目線を外し、瓦礫の中に転がる男の形骸を見据えた。


何時の間にか再生していた右腕を水平に掲げるや、遺体へと糸上の触手を突き立てる。


「な、何をして…!」


口内が酷い渇きを訴える一方で、梓は自身の体温が急速に低下してゆくのを自覚した。

脈動する触手。

波打つ度に、男の死骸が潤いを失い、ミイラのように干からびてゆく――。


対して、異形の怪物は震えるような声を零し、三度肉体を肥大させた。


「あれ…もしかして、吸収、しているの?」


呟きは、梓から見て対角へと跳んで攻撃を回避していた椿のもの。

一連の光景を目撃していた二人には、怪物の肉体に起きた視覚的な変化よりも、「感覚」が捉えていた表面下での変化、否、変貌に畏怖していた。


吸収――そう零した椿の表現は正しい。

それは単なる外見的な変化ではない。

怪物が男の死骸に触手を突き立てその体液を貪った瞬間、怪物が放つ禍々しい「気配」が、フリークス細胞が活性化したことを二人の「感覚」が捉えていた。


おかしい、と梓は胸中で独りごちる。


確かにハンニバルを構成するフリークス粒子、いてはフリークス細胞の特性として「接蝕本能」と呼ばれるものがあるが、これは純粋な物質限定の話であり、詞素を内包した構成術士の肉体を一度ひとたびハンニバルが吸収すれば、肉体に吸蔵されていた詞素とフリークス粒子との間で「対消滅」が発生。必然的にその細胞組織を損なうことになる。

実際、人類が未だ絶滅していないのは――構成術士の存在はともかくとして――ハンニバルが対消滅反応によって半ば自然淘汰されている点が大きい。

一方、眼前の敵は構成術士の肉体を取り込むことで、むしろ細胞組織をより強固なものに変質させているように思える。


そもそも先程から肌身に感じている形容しがたい『違和感』からして、コイツは本当にハンニバルなのだろうか?

どちらにせよ、


(今コイツを野放しにするわけにはいかない!)


他の構成術士を殺め吸収することでその細胞が強化されていくのだとしたら、下手な増援はむしろ逆効果。野良猫に餌をやるようなものだと認知せざるをえない。


「椿、貴方は早く逃げなさい!」

「で、でもっ!」

「大丈夫、ここは私に任せて。椿は周囲の人たちにコイツのことを知らせて」


不安と強い拒絶の色を滲ませた琥珀色の瞳を見詰め、梓は小さく頷いた。

それを見た椿は何か言おうと口を開き、唇を戦慄かせ、一文字にきつく結んだ。


「…わ、わかった。でも、絶対無茶はしないでね」

「ええ、約束するわ」


迷いを振り切るように駆け出した椿の背中を見送り、梓は意識を再び人のなりをした怪物へと戻す。


(嘘はつかないと、決意したばかりだというのにね…)


数秒の内に下された判断に従い、梓は再び「朧火」によって現出させた光球を怪物の死角から放り込んでいた。

しかし両腕を繊維状に変形させた怪物は、光弾を阻むように触手の束を一蹴。五発の光弾の全てを弾き飛ばす。


――何をしても、せめて椿が避難できるだけの時間だけは稼いでみせる!


決死の思いを思念波に乗せ、梓は弾かれた光球を怪物へと引き戻した。


それから先は膠着状態に陥っていた。

怪物が触手を振い、梓が光球を操る。

鞭のように放たれる触手がアスファルトもろとも光弾を弾き飛ばし、弾かれた光弾が瓦礫の山を焼き熔かす。

幾度となく繰り返される行為は時間稼ぎの為に他ならず、それでも生み出せた時間的猶予は椿の逃走を助けるには十分なものであった。

しかしそれは、渡された一本の綱で崖を渡るが如き所業。

一分にも満たない極限の遣り取りの中で疲弊した梓の神経は、突如として足元のアスファルトから屹立した触手の存在を接触の直前まで気づけていなかった。


遠方で怪物の鬼のような形相が、ニタリと、歪な笑みを見せる。


(しまっ――)


反射的に両腕で頭部を庇うが、放たれた一撃を完全に受け止めることはできなかった。

右腕の骨が砕ける音を、耳ではなく全身の細胞で聴く。

瓦礫の山へ吹き飛ばされた椿は受け身を取ることができず、背中を鉄骨に強打。衝撃に肺から空気が吐き出され、痺れるような痛みに顔を顰める。


しくじった、みたい…ね――。


近付いてくる足音を聴いた梓が自身の肉体にこの場からの退避を命じてみても、一挙動の度、全身を襲う激痛に筋肉が委縮してしまう。

瓦礫の山に身を沈めたまま身動きができないでいる梓を見て、歩み寄る異形は醜悪な顔面に嘲笑を貼り付け口角を上げながら舐めるような視線をこちらへと向けてくる。

そんな化け物に対して少女が唯一取れた抵抗と言えば、全身に走る悪寒と激痛に歯を食い縛りながら敵意に満ちた紫色の眼差しを向けることだけであった。


『じゃアな』


右腕の触手を束ね刃のような形態へと変化させた巨人が、鈍い輝きを帯びた凶刃を梓の喉元へと突き出した――直後、



雷陣掌らいじんしょう!」



眩い閃光が巨人の脇腹を穿ち、その巨体を水平方向へと押し飛ばした。


『グがァ!』


迸る閃光は、蒼。

その輝きの中に梓が見出したのは、身体に張り付くような黒のバトルスーツを着た一人の男性の姿であった。


打突に要したのであろう右腕と左足を戻しながら、男は帯電する右掌を浅く握り拳を作る。

そうして迎撃態勢を取った男――とは言っても、未成熟な体格からして未成年であることは想像に難くなく、吹き飛ばした「敵」へと向けられているであろう視線はフルフェイスヘルメットのスモークシールドに遮られこちらからでは目視できない。


「大丈夫ですか?」


何の前触れもなく傍らに現れた人影を見上げれば、少年と同じ黒のスーツに身を包んだ少女の視線がヘルメットのスモークシールド越しに梓の瞳を覗いてきた。

背中に背負っているのはライフル型のAIUだろうか?両手に握った拳銃型のAIUをホルスターに収めながらこちらへと駆け寄って来た少女に向け、怪物からこちらを庇うような位置に陣取っていた少年が声を飛ばす。


「体制を立て直す」

「了解致しました」


抑揚なく応じた少女は黒い銃身を晒す拳銃型AIUを左手に構えると、その銃口を自身のヘルメットに――恐らくこめかみの辺りへと押し当てた。

躊躇いなく、引き金が引かれる。

瞬間、存在そのものが希薄になっていくように少女の姿が消失した。





(消えやがったァ…?)


突如として現れ、突如として消えた少女に驚愕しつつ。

怪物となった男の自我は、先程攻撃を加えてきたと思しき黒ずくめの少年へと敵意の色を見せていた。


『ガキがァ邪魔しやがってェエ…!』


呪うように呪詛を吐き散らすと、少年は呆れたように、あるいは関心したような気配を漂わせながら肩を竦めた。


「ガキ…ね。ま、確かにまだ中学生だけどな。

それより驚いたなー。まさかハンニバルみたいな“単細胞生物”が……おっと、一応多細胞生物に分類されてるんだっけか?どちらにせよ、こんな人間の出来損ないみたいなバケモンが言語を操るとは、正直関心したし驚いたわ」


淡々と述べられる言葉の節々の震えは明確な嘲りのあらわれか。

激情によって冷静さを欠いた怪物は、少年の企み通り、視界の隅に捉えていた二人の少女から意識を外してしまっている。

その隙に上手く退避できたのだろう。先程まで二人がいた瓦礫の影は既にもぬけの殻となっていた。

数秒の後に二人の姿が消えたことを知り、ようやく己があからさまな挑発によって視線を誘導されていたことに気づいた怪物は、血走った眼で黒ずくめの少年を睨み付けた。


『クソがァア!』


怒りに身を任せた怪物が、肥大させた左腕を少年の頭上に振り下ろす。

巨大な拳が叩き付けられた地点を中心として半球状の巨大な凹凸が刻まれたが、その中心に立っていたはずの少年の姿は既にそこにはなかった。


舞い上がる粉塵の中に敵の姿を探す怪物。

その背後に、少年の姿はあった。


一刹那に、鎖交する視線。


右拳を振り抜こうとした少年に対し、異形は背中から触手を生やして迎撃に当たる。繰り出された触手の一突を身体を百八十度回転させるようにしてやり過ごした少年は、更にその懐へと踏み込んだ。

回転の勢いを利用して突き出された逆手の掌底は、蒼。

狙いは、先程掌底を放ったのと同じ右の脇腹だった。

再度叩き付けられた少年の右手から電撃が奔り、感電した巨人の身体が僅かに硬直する。


生じた隙に少年は背中から刀を引き抜くや、翻し、怪物の首元へと緑の一閃を放つ。


循環刀身チェーンブレード」の発動に伴い、淡い霊光を帯びた刀身が首を薙いだかに思われたが、接触と同時、刃は火花と共に弾かれていた。

驚愕に見遣れば、怪物の皮膚の表面が黒く変色しているのが確認できた。

金属的な光沢を見る限り、恐らく攻撃に備えて皮膚を硬化させていたのだろう。


少年が着地した瞬間、死角から放たれた触手の一撃がその背に迫る。

それを「眼」で認識していた少年は上体を伏せて回避しつつ、巨体を支える怪物のすねを踵で強打。続けざまに、前屈みに転倒しかかった怪物の顎先をサマーソルトの要領で蹴り上げる。

少年の両足が地面に触れるや、彼は全身の筋肉を躍動させそのままバク転へと転じた。回転の軌跡を追うように叩き付けられた触手を回る視界の中に収めつつ、憤怒に肩の筋肉を山のように隆起させた怪物を彼は真正面からめ付ける。


「来いよ、出来損ない」


左手の人差し指を誘うように動かし、少年は――襲は不敵な笑みを浮かべた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ