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構成術士の欠陥因子 《OD》  作者: 寺鳥 夜鶏
オーバーダイブ編 <下>
86/124

Act.83 共同戦線 <5>

「ニグエラ」と呼ばれるハンニバルが始めて目撃されたのは、今から三年前、太平洋沖で展開されていたハンニバル迎撃作戦中が初めてであったと“考えられている”。


“考えられている”と言うのは、実際にニグエラが出現したという物的証拠が現場から何一つ発見されなかった為である。

大規模な殲滅作戦であり投入されていた兵力も相当なものであったにも関わらず、作戦に参加していたBD部隊はほぼ全滅。

作戦に参加していた兵士四百七十名のうち、実に四百十三名がMIA(作戦行動中行方不明)となった。


MIA自体はハンニバル殲滅作戦においてはさして珍しいことではない。

ハンニバルが有する他の物質を取り込み一体化させる「接蝕本能」という性質により、死者の遺体が残らないことも多いのだ。

だがそうした実情を鑑みても、ここ近年の作戦行動においては異例とも言える死者数(形式上MIAとされているがそれは詭弁であろう)であったのは確かである。


出撃していたAM十六機は全て撃墜されたが、事件後、戦闘に関するデータを収拾するべく派遣された調査隊によって海底からAMのブラックボックスが一つだけ発見された。


ブラックボックスは航空機に装備されているものと本質的には同じで、AMのフライトデータレコーダーとコックピットボイスレコーダーが機能として備わっている。

撃墜の間際、コックピットボイスレコーダーにパイロットのとある一言が記録されていた。


『突如、白い竜が現れた』、と。


ニグエラの存在が正しく認知されるようになったのは、一年後に起きた「とある事件」でのことである。

目撃した兵士の言葉や僅かに残った戦闘データを基に、EUGF(地球連邦軍)はニグエラを「AM及びそのパイロットがフリークス細胞に呑まれ侵食された存在」と推測。すぐさま第一接触禁忌種へと指定した。


第一接触禁忌種は原則、あらゆる構成術士の接触が原則禁じられている。

理由は極単純だ。

ただ、現状の兵力では倒せないからである。

その後もしばしば世界各国で出没し目撃情報も挙がっていたニグエラだが、討伐に成功したという事例は未だかつてない。


小型の核弾頭や強力なビーム兵器を以てしても竜の鱗一枚として剥がすことあたわず(核弾頭は既存の兵器であるが故にフリークス細胞の細胞組織を破壊できない)、唯一取れた対応手段としては「餌」を使ってニグエラを遠くへとおびき出し遠ざけることだけであった。


「餌」に使われるのは他でもない。

「リード」と呼ばれる詞素を大量に散布する特殊装置が取り付けられたAMとそのパイロット、つまりは構成術士であった。


ハンニバルが持つ「接蝕本能」は詞素に対して最も強く作用する。

それを逆手に取った策ではあったが「餌役」に選ばれた構成術士が生きて返ってきた例は一つとしてなく、構成術士の間では「生贄」あるいは「人柱」と呼ばれ畏れられていた。


「馬鹿なッ!?何故こんな場所に…!」

「クソッ、御終いだ…」


故に、ニグエラを見た兵士たちの間で戦慄の色が走り抜けたことも、何ら不思議なことではない。

ダリウス自身もニグエラの姿はモニター越しでしか見たことがなく、眼前に降り立った竜が発する高熱を前に酷い寒気を覚えていた。


天を仰ぎ、吠える竜。


月夜に向かって遠吠えする狼を彷彿とさせる所作に対し、ダリウスはくるりときびすを返した。

本来、戦闘において敵に背中を向けて逃げるのは自殺行為以外の何物でもないが、ニグエラという脅威に講じた対策としてはむしろ最善策であったと言えるだろう。


(コイツは、やべぇ…!)


後ろを確認しながら逃げるという愚行までは犯さず、「詞素装甲フォノンアーマー」を最硬強度で展開しながら脇目も振らず全速力での逃走を図る。


開いたのは一足投の距離。

直後、背後で爆発が起こった。


頭上を掠めていった光軸の軌跡を視線で辿ると、それが上空にて援護射撃にあたっていた《孔雀》のハイパワー・フォノンライフルの銃口から放たれた粒子束であることが理解できた。

通常のフォノンライフルの三倍の威力はあるという極太の光線がニグエラが鎮座する砂地を焼き払い、熔けた砂の雫と大気分子によって撹拌した詩素を周囲の空間に撒き散らす。


続けて、後方から増援に駆け付けた水色の機体《晧月コウゲツ》が機体の両肩に懸架している巨大な砲身からミサイルの群れを撃ち放った。

放たれたのはフォノンミサイル。

一度頭上に打ち上げられた弾頭は上空から五月雨の如くニグエラの頭上へと降り注いだ。

乾いた轟音と共に桜色の火球が砂漠に花を開き、飛散する荷電粒子が「詞素装甲」の表面を掠めてゆく。

舞い上がる砂塵を前にしても、二機の猛攻は止まる気配はない。


砂を蹴りダリウスと入れ違うようにニグエラへと接近して行った《曙暉ショキ》が、茶色の躯体を躍動させつつ手にしたフォノン・ガトリングガンの引き金を引き絞り、緑色の光弾を「敵」が居るであろう空間へと叩き込んでゆく。


二足、三足と砂を蹴る度にダリウスの身体は砲撃の中心から遠ざかり、駆け出してから五秒と経たない時分にはニグエラとの距離を三百メートル近く稼いでいた。

鳴り止まない攻撃の音に耳を傾けながら、ふと視線を後方へ流す。


――視線の先で、火柱が上がった。


天を貫くように上空へ伸びた紅蓮を、仮に、言語にして例えるならば火柱と言う言葉が最も近い。

しかしその一方で、眼前に聳立しょうりつする光学現象をプラズマから生ずる単なる火柱と呼ぶのには、至極、詐称であったと言わざるを得ない。


ニグエラは、その火柱の中心に居た。


ニグエラの肢体を包み込むように発せられている炎は周囲に存在するあらゆる物質を押し退ける。

それは宙を滑走して接近したミサイル群でさえも例外ではなく、更には、詞素によって形成された光束も同様であった。


揺れる炎に触れたミサイルは、外周を覆う重金属から蒸気と化し、内部に保存されていた詞晶石ししょうせきはニグエラの炎に触れることで瞬時に蒸発。内包したエネルギーを以て爆発的な拡散へと至る。


大きな運動エネルギーを有した粒子は周囲の空気を叩き押し退けると同時、大気を構成する気体を断熱圧縮することで膨張、気体分子を電離させた。

瞬間、電離した気体分子は物質の第三態から第四態へと変化。


即ち、プラズマの光球と化す――。


『ビーム兵器も効かないのかよ!』

『化け物めッ!』


プラズマと言えば、酸化還元反応によって生じる「炎」もプラズマが引き起こす物理現象の一つではある。

しかし幾らプラズマの一種とは言え、思念波によって強化され収束されたビームを弾き霧散させるのは不可能であろう。

無線へと向けられたパイロットたちの叫びもその矛盾に対する慟哭にも似た感情の発露であった。


これらの現象から推察されるのは、ニグエラが纏っている「炎」は単なる物理現象によって生じた「炎」ではなく、全くの別物だということである。

遠方から一部始終を眺めていたダリウスは、獲得した情報の中から一つの解答へと辿り着いていた。


(あの『炎』……やはり、高励起状態のフリークス粒子だな)


現在数多く確認されているハンニバルの中には、自身を構築するフリークス粒子を体外へと放出する個体が稀に存在する。そのことをダリウスは第七学園のデータベースから知り得ていた。


放出されたフリークス粒子は詞素と同じような性質を有していることが知られており、ニグエラが纏う「炎」は端的に言えばカレンが行使している「高熱装甲ヒートアーマー」とほぼ同質のものである。

正確には「とある事件」にてニグエラの「炎」を見たカレンが、後にそれを元にして「高熱装甲」という術式を開発したのだが、言うまでもなくダリウスやこの場に居る者たちには知り得ない情報であった。


地上の部隊が後退し始めた直後、白き竜が長く流麗な首を天へと持ち上げた。

開かれた口内から純白の輝きが溢れるや、上空へと巨大な光弾が放たれる。

予備動作を見て早々に回避行動に移っていた各機だが、光弾が掠めていった空間から最も近い――それでも数百メートル以上離れた場所に居た《孔雀》は、光弾から飛散した高エネルギー粒子に片腕をもががれたかと思うと、次の瞬間には全身がぐずぐずに熔かされ砂上に巨大な火球を生み落した。


『掠めただけで…!?何なんだ、あれはっ!?』


続けて生じた衝撃波が大気を叩き、飛行するAMの躯体を激しく揺さ振った。

光弾が再び遠方で眩い光の瀑布を撃ち立てていた頃、光弾が通過した後の空間には加熱された気体がプラズマになって漂い、僅かに残留したフリークス粒子の残滓と一緒くたになって青いスパークを散らしている。


ニグエラの咆哮が耳朶を突く。


翼でくうを叩きぐるりと視線を巡らせた竜は、砂漠に点々と散らばる人影に対し不快感を抱いたように鼻息を漏らす。

砂漠に四足を預け周囲を取り巻く炎さえも口元へと集約させたニグエラは、人間らしい動作で首を横へと振った。


首を振りながら放たれたのは、無色の閃光。


ハイパワー・フォノンライフルの一射が馬鹿馬鹿しく思えるほどの極太の光線が、茶色の砂漠と濁った空との境界を引き裂き撫で斬ってゆく。


(ま、不味い!避けらんねぇッ!)


放たれた光線の先にはダリウスの姿も捉えられていた。

慌てて回避行動に移るがあれだけ広範囲を一掃されては回避のしようもない。

迫る光線を背に砂漠を駆けるダリウス。

しかし現実はそう甘くはないらしく、無慈悲な力の奔流がダリウスの身体を呑み込んだ。


耐え難い高熱の粒子の渦が「詞素装甲」を引き剥がし、ダリウスの肉体を瞬時に蒸発させる。

そうして、思考する間すら与えられずこの世から消滅する。


ダリウスはそれを覚悟していた――が、予想していた結末は終ぞ訪れることはなかった。

衝撃どころか僅かな熱すら感じられない。

もしかしたら脳が痛みを知覚する前に死ねたのかもしれないと思考してみたが、あの世にも重力と呼ばれるものが有るのか、身体が下へと引っ張られて行くような感覚は彼の肉体に残ったまま消えていない。


奇妙に思い、反射的に閉ざした瞼を開けてみる。


眼前には捉えたのは一面茶色に染められた、乾いた砂の世界。唯一変わったと言えば見渡す限りの砂の一面が熔け液体になっていたことくらいであった。


いや、良く見ればもう一つだけ変化していることがあった。

視線を下へと落とせば、青い粒子の被膜がダリウスの全身を優しく包み込むように展開されている。

それは撤退の最中光線に呑まれたはずのAMや兵士たちも同様だったらしく、生きている事実に驚愕しながら、AMの機体と自身の肉体を取り巻く粒子の瞬きに目を奪われていた。


「これは…」


青の粒子から肌身を通して伝わる思念波に、ダリウスは覚えがあった。

明るく透き通っていて、陽だまりのように暖かな思念。

洗練された思念波は青く澄んでいて、まるで渓流の流れのようだと惚けたように何度となく思考したものである。

安堵に、息が零れた。

不思議と懐かしくなる思念波に頬を緩ませながら視線を上げると、《晧月》の開かれたコックピットから一人の少女が舞い降りる光景を目撃する。


全身を青の粒子に委ね空を滑る様は、水を司る精霊のようだと、見た者は皆そう錯覚した。

揺れる黒の髪の合間から覗く双眸の色は瑠璃色。

普段とは全く印象の異なる鋭い眼差しを敵へと投げ、周囲に「水霊」を携えた姿はまさしく「水の精霊(ウィンディーネ)」。


『後はお任せください』


肉体に付着した青の粒子が振動し、遠方で口を動かした少女の声を砂漠全体へと伝播した。


現れたのはサークルのおさたる人物、真藍さあい明日香その人である。



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