Act.82 共同戦線 <4>
突き出された拳を両の刃で受け止めたダリウスは、己の身体を捻り潰さんとする圧力に対し右手の引き金を引いた。
胸中で、術式の名前を叫ぶ。
(駆動装甲!)
インパクトの瞬間まで発動させていた「詞素装甲」から、瞬時に「駆動装甲」へと切り替える。と、同時。術式に従い前方へと押し出された刃がハンニバルの拳を押し退けた。
爆音が、衝撃波が砂上を奔る。
「アンタは下がれッ!コイツは俺が相手をする!」
発した言葉は後方にいるであろう兵士に向けられたものであったが、彼に振り向いているような余裕はなかった。
砂に足を取られ、上手く踏ん張ることができない。
それでもなんとか頭上から降り掛かる重圧を撥ね除けたダリウスは、続けて、仰け反ったハンニバルの上体へと刃を突き出した。
突き出しながら左手のトリガーを引く。
再び「循環刀身」によって発光を始めた刃が外から内へと振り下ろされ、左右からの挟撃が対象の皮膚に交差状の傷を作った。
しかし、体制を立て直した「悪魔」の右腕がダリウスを襲う。
避けられないと判断したダリウスは咄嗟に右手の引き金を引き搾った。
「ぐぅっ!?」
「詞素装甲」が展開された直後、凄まじい衝撃と共にダリウスの身体が吹き飛ばされた。
水平に、数十メートル近く宙を舞う。
鈍い痛みに眉を顰める一方で、流石に無傷とは言えなくも、努めて、彼は冷静であった。
横へと景色が流れてゆく最中に、右手の引き金を引くや、再び発動した「駆動装甲」がダリウスの全身を襲う慣性力を減殺。その場へと静止させる。
(流石に…重いッ!)
僅かな時分に生じた落下感の中、ダリウスはちらりと防御に要した左腕を見遣った。
制服の表面が摩擦熱で溶け異臭を発していたが、詞素の鎧に守られた身体は打撲程度の怪我も見られない。だが、腕部の一部が赤紫色に変色している。おおよそ皮膚の下で内出血でも起こしているのだろう。
――身体は、問題なく動く。
戦闘行為の続行を決断したダリウスは、地面に足が着いたことを足裏に伝う衝撃から判断すると、すぐさまハンニバルとの間に開いた距離を詰めに掛かった。
視線だけを横へとずらせば、先程助けた兵士が慌てて後退していく姿が目に留まった。
そのことに安堵したのも束の間。
頭上から振り下ろされるは、強靭な尾。
しなる黒の連撃を避け、ダリウスは「悪魔」の懐へと潜り込む。
「せぇぇェあァ!」
停滞なく左手のトリガーを引き「循環刀身」を発動させたダリウスは、高音を発する刃を流れるような動きで繰り出した。
右腕を振り下ろし、左腕を交差させるように振り下ろす。
怯まず拳を振りかざそうとする「魔物」だが、ダリウスは振り下ろした双剣の刃を素早く返し、先の軌道を辿らせるようにして斬り上げることで中断させた。
生じた隙に頭上に掲げた両刃を左右交互に繰り出してゆく。
最中、赤黒い血飛沫が散る視界に、迫る拳。
すかさず「詞素装甲」を発動させたダリウスは、足幅を肩幅よりも大きく開き、両手を交差させる。
俗にクロスアームブロックと呼ばれる防御姿勢をとったことで、今度は後退せずにその一撃を受け止めた。
「まだまだぁぁあ!」
ダリウスが攻撃を受け止める際に「駆動装甲」ではなく「詞素装甲」を使用しているのは、ひとえに、「詞素装甲」の方が力場に付加される「情報量」が大きいことに由来する。
「詞素装甲」の方が防御のみに特化した術式であり、力場の移動に労力(詞素と思念波)を割いている以上、「駆動装甲」の方が身に纏う詞素の力場が弱くなるから――と、“物理的に”説明してしまえば力場の強弱だけの話で終わってしまうのだが、先も述べたように、構成術においては「情報量」という概念を最も重要視して解釈している。
「情報量」は、“物理学的に言えば”力学的エネルギー(運動エネルギーと位置エネルギーの和)とほぼ同一のものと見做していい。
結論から言えば、「詞素装甲」の方が防御力が高い、ということである。
斯くして。「詞素装甲」によって敵の一撃を防いだダリウスは、拳を振り抜いたことで生じた隙に自身の肉体を滑り込ませた。
右手の引き金を引きながら、両の刃を振るう。
「駆動装甲」によってアシストを受けた斬撃は疾く。振動する粒子の刃は鋭く。
着地や跳躍の一切を必要としない連撃は吹き荒ぶ嵐のようであった。
緑の残光が、対象を中心に逆巻く。
幾度となく振り下ろされた刃の先に確かな手応えと活路を見出したダリウスは、左手のトリガーに指を掛けた。
(食らえぇ!)
こちらの身体を捕まんと突き出された掌を避け、ダリウスは二つの刃を水平に振るった。
――引き金を、引き絞る。
瞬間、デュアルの刀身が緑の輝きを強めた。
刃を覆うように生まれた詞素のうねりが、スイングと同時に前方へと解き放たれる。
刃から放たれる緑の力場を見た兵士は、まさしく「斬撃」だと、そう認識した。
デュアルの片割れ、左方のAIUに内蔵されている二つ目の術式の名前は「波晄」。
循環運動を続ける詞素の塊を斬撃と共に前方へと撃ち出す、中近距離構成術である。
放たれた一対の斬撃は、劈くような高音を上げながらハンニバルの胴体へと吸い込まれ――対象を三つの肉塊へと両断した。
切断された肉塊は不愉快な水音を立てて砂の上に落ち、砂漠に僅かながらの湿り気を与える。
緊張からの解放されたことで生じた脱力感と共に、ダリウスは振り切った両腕をゆったりとした動作で下へと降ろした。安堵と綯い交ぜにして、肺から震えるように空気を搾り出す。
「何とかなったな…」
額を伝う汗は、きっと暑さだけからかいたわけではないのだろう。
水分よりも油脂を多く含んだ汗はじとっとして気持ちが悪い。挙句、水気を吸って吸い付くように張り付いた制服のシャツが炎天下という気候との間で不の相乗効果を生み出し、見事に不快指数を上げている。
敵を倒したというのに、いつもながら、全く晴れ晴れしい気持ちにはなれそうもない。
「アンタ、さっきは助かったよ」
お礼を述べてくる兵士に手を挙げて答えてから、ぐいっと額を伝う汗を手の甲で拭う。付着した汗の雫を手首を軽く振って落としてから、ダリウスは後片付けを始めることとした。
砂地へと落下した「悪魔」の残骸に「気弾」を放ち、詞素とフリークス粒子の対消滅を利用した「祓い」を行う。
構成術に伴う思念波はハンニバルの細胞の再生力を奪い細胞組織の再形成を防ぐが、それは一時的なものでしかない。これを完全に防ぐ為にはフリークス粒子自体を消滅させてしまう他なく、フリークス粒子を消滅させる方法は、現状、詞素との対消滅を狙うしかない。
ハンニバルの討伐において最も重要とも言える「祓い」を終えたダリウスは、ふと、砂塵の向こうから感じる「気配」へと意識を向けた。
「な、何だ…?」
全身の肌を泡立たせる、圧倒的なプレッシャー。
遠方より接近する「脅威」を己の『触覚』に捉えたダリウスは、無意識の内に「詞素装甲」を発動させていた。
本能的に、後方へと飛び退く。
「下がれッ!」
叫びは、届かなかった。
視界を埋め尽くす光源。詞素の鎧越しに伝わる熱量。
鼓膜を圧倒する爆音は認知さえできず、耳鳴りのような雑音が脳髄を掻き回すようにぐわんぐわんと鳴り響く。
吹き付ける風は渇き、帯電し、荒波のようにダリウスの身体を舞い上げた。
視界が回転し前後左右どころか上下すら分からなくなったことに、彼は少なからず動揺する。
訪れたのは、決して短くはない浮遊感。
数秒後、脈絡なく置換された落下感によってダリウスは重力の存在を感知することができた。「駆動装甲」を発動して落下速度の減衰を図るも間に合わず、決して柔らかくはない砂の上へと背中から落下する。
パリッ――という乾いた音は、薄くなった詞素の鎧と砂が触れ合うことで生じた音か。
先程から鳴っていたはずの、小さな、小鳥が囀るような音。気付かないほど、僅かな粒子の囁き。
――何故か、今はやたらと耳に付く。
落下の衝撃で肺から絞り出された空気を取り入れようと喘ぐが、何故か、「駆動装甲」が大気の侵入を拒もうとしている。
察するに、大気の温度が人体に影響を及ぼすほど上昇しているのだろう。
酸素の消費を極力抑えられるよう一つ一つの動作を最小限に留めながら、ダリウスは慎重に周囲を見渡した。
(こいつは…)
眼前に広がる光景に、知らずして、寒気が走った。
砂漠は更地だ。
だが、眼前に広がる光景は違う。
端から更地であった土地を、強いて言うならば、更地に生えていた雑草を全て刈り取ってしまったような、そんな喪失感。
きっとその喪失感は偽物ではないのだろう。先程まであった兵士たちの姿も忽然と消え失せている。瞬間、彼らが確かにこの世に存在したという事実が、まるで薄められた絵の具のように希薄なものになってゆくのをダリウスは自覚した。
思わず、身震いする。
吹き飛ばされた方角を推測して向けられた視線の先には、焼け熔けた砂地が広がっていた。
巨大な球体を転がして行ったような跡は、高熱の球体が掠めていった痕跡だろうか。
その光景はスプーンで抉り取られたアイスクリームの表面に似ていると、離人症を患ったような面持ちでダリウスは思考する。
砂が熔け、一度液体になったのだろう。既に固まり始めている砂が砂岩のように凝固し、広大な砂漠の真っ只中に深々とした軌跡を刻んでいる。
砂の融点は千度を超えており、これを熔かすには生半可な熱源では役不足。荷電させた詞素を放つ「光熱波」も詞素の励起状態によっては砂を優に熔かす威力(熱エネルギー)を発揮するが、目の前の光景を再現する為にはやはり「光熱波」だけでは破壊の規模からして不可能に思える。
震える肉体に鞭を撃ち、ダリウスは現状を確認しようと視線を巡らせた。と、
――遠方で、光輪が咲いた。
遅れて、頭上で花火が花開いたような。皮膚をも震わせる爆音が響く。
薄くなり始めた砂塵の向こう。閃光を認識してから音が聴こえるまでの時差から逆算するに、恐らくは数キロメートル遠方で現出したであろう半球状の光のドームが強烈な光源となって網膜を焼く。
その光景はまるで「爆撃」だった。
否、「爆撃」そのものだったと言い換えてしまっても過言ではない。
砂上に撃ち落とされた光は朝日にも似ていて、純白の光球は一瞬の内に砂を灼き熔かし砂漠に巨大なクレーターを生み落とした。
天高く舞い上がる砂塵は爆弾を投下した後に上がるキノコ雲のようで、全身に叩き付けられる衝撃波を前にしても画面の前の光景のように何故か今一つ現実味に欠けている。
その一方で、ダリウスは砂を抉り取って行った熱源の正体を悟りつつあった。遥か遠方で爆破した光球。先程前方を掠めて行った熱源と、恐らくは同一のものだ。
そして、これだけの熱量を生み出せる「敵」に、彼はたった一つだけ、心当たりがあった。
光輪が咲いた方角から反対の方角。
『それ』は、羽撃きと共に砂塵の切れ目から姿を現した。
陽炎の向こうに覗かせる体躯は白。
白い外殻を鎧の様に身に纏った四足歩行の生物は、例えるならば、「ドラゴン」と表現する他ない。
巨大な翼で大気を掴み滑走する全長三十メートルはあろう巨体は、爬虫類的な要素を所々に残しながら、何故か人間的なものを見る者に感じさせている。
ずん、という地鳴りを上げて砂漠へと降り立ったドラゴンは、前足を砂に押し付け、長い尾を一振りした。大質量体が高速に通過したことで、暴風が吹き荒れ砂塵を再び舞い上がらせる。
口元からは赤い炎がマグマの如く溢れ、周囲の温度を再び上昇させてゆく。
「ニグエラ…」
咆哮するは白き竜。
狼の遠吠えにも似た鳴き声は、渦巻く熱気へと深く染み込んでいった。
声の主は『ニグエラ』。
あらゆる構成術士が畏れ、そして、接触を禁じられた茨の彼。
人はその災厄を、第一接触禁忌種と呼ぶ――。




