表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
構成術士の欠陥因子 《OD》  作者: 寺鳥 夜鶏
オーバーダイブ編 <下>
84/124

Act.81 共同戦線 <3>

翔泰シィアンタイ少尉が操縦する《孔雀ピンイン》は、背中の巨大な翼、もといウィングデバイスと呼ばれるスラスターから白い光を発しながら低空飛行を続けていた。


翔泰は眼下に敵を見付ける度マニピュレーターを介して《孔雀》の右手に握られたフォノンライフルの銃口を「敵」へ向けるが、付近で交戦を続ける構成術士を巻き込む可能性がある為か、それとも吹き荒れる強風と砂塵に機体の自由と視界が奪われている為か。先刻から思うように攻撃へと移行できていないようであった。

悔しそうに歯噛みする翔泰を見遣る一方で、ダリウスは数百メートル前方に感じる「気配」へと意識を向けていた。


(この『感覚』…第三接触禁忌種はあそこか?)


構成術士が放つ光の帯が空を撫で斬り、砂塵を巻き上げる。

先程から感じる「気配」は、恐らくその砂塵の中から齎されているものだろう。


第三接触禁忌種。


接触禁忌種という言葉の響き通り、これは“接触自体を固く禁じられているハンニバル”のことを指す用語だ。また、頭につけられる数値は敵の危険性を示したものである。

危険性を示す数値には下から数えて、第五から第一までの大きく分けて五段階の区分が存在しており、戦闘行動において接触、と言うより交戦を禁止される構成術士は主に獲得しているライセンスによって判別されている。


一方、構成術士のライセンスはS級を最上位に、A級からE級までの六段階に分かれており、有するライセンスによって接触禁忌種との交戦が可能か否かが決定する。

例えば第一接触禁忌種の場合、S級ライセンス取得者以外の接触が禁止されている。つまり、S級ライセンスを持っていない構成術士の戦闘行為そのものが、「例外」を除き原則禁止されているということである。


今回遭遇した第三接触禁忌種は本来ならばS級かA級、最低でもB級ライセンス取得者が対処しなくてはならない強敵であり、ライセンスすら有していないダリウスにような構成術士気触かぶれが戦闘行動を行って良い相手ではない。

だが幸いにして(?)、今回のような緊急事態はその「例外」にあたる。

ダリウスは暫しの思案の末、補助席から声を飛ばした。


「翔泰少尉、“ここ”で降ろして下さい」


ダリウスの言葉に動揺を受けたのは言うまでもなく、操縦を続けるパイロットの翔泰であった。

マグネットでリニアシートに固定されている上半身はそのままに、首を捻りダリウスへと視線を向けてくる。


「今ここでか!?下は交戦状態だぞ!?砂塵で視界が悪い中機体を降下させたら、敵に襲われるどころか、下手したら味方の攻撃にも巻き込まれるっ!」

「ええ、ですから自分が“ここ”から飛び降ります。ハッチを開けて下さい」


そう言って補助席を立ったダリウスは、両手を胸の前で交差させるようにして腰に手を遣り、剣型ソードタイプ――双剣型AIU「デュアル」を引き抜いた。

デュアルと呼ばれる双剣にはそれぞれの柄に銃のトリガーにも似たスイッチが付いており、主に内部に刻まれている詞法陣フォノングラフに思念波を送信する際、つまり構成術を発動あるいは切り替える際に使用する。


右手でトリガーを引くと同時、ダリウスの全身を淡い緑光が包む。

発動した構成術は「詞素装甲フォノンアーマー」。ダリウスが最も得意とする術式の一つである。


「いいんだなっ!?」

「ええ、お願いします」


ダリウスの言葉に動揺を露にしていた翔泰だったが、ダリウスが構成術を発動させる様を見てか、ようやく一握いちあくの冷静さを取り戻した様子であった。

ダリウスが頷き返したのを確認しホログラフの操作画面へと指を滑らせるや、プシュ、という機内と機外との気圧差によって生じた気流音と共にAMのハッチが上へと開く。


「死ぬなよ」


僅かに砂塵を含んだ風がコックピットへと吹き込み機内温度を上昇させる。

冷房が作動したことを知らせる電子音と吹きすさぶ風のに混じり、翔泰の言葉がダリウスの鼓膜を震わせた。



返事は返さず、ダリウスは跳んだ。



舞い上がる砂塵へと身を投じながら、背筋を走り抜けるように全身を襲う落下感に無意識に奥歯を噛み締める。

落下の途中、左方から接近する影があった。

焦らずに空中で身をよじり、迎撃の構えを取る。

だが、酷く視界が悪い。「詞素装甲」によって砂が目に入る心配こそないが、砂塵の向こうから接近する敵の姿はまだ確認できていない。

ダリウスの指先は、再び右手のトリガーへと掛けられている。


(何か、来やがるっ!)


そう思った時には、ダリウスを襲う落下感は全身を襲う猛烈なGへと変化していた。

引き金を引くや否や、「詞素装甲」に代わり発動した術式は「駆動装甲ドライビングアーマー」。


内蔵だけが重力に引っ張られ下方へと落ちてゆくような不快感。

臓腑が潰されるような感覚から細められた視線の先に、ダリウスは翼の生えた爬虫類のようなハンニバルの姿を捕捉していた。

言うならば、紀元前前に絶滅した恐竜の翼竜種に近しい外見。

耳に付く奇妙な鳴き声を発しながらダリウスへと接近して来たハンニバルは、「駆動装甲」によって落下速度が減速したことでこちらを見失い、ダリウスの真下にて周囲を見渡すような素振りを見せた。


「おらぁぁァア!」


右手の剣をくるんと逆手に返し、全身の筋肉を躍動させながら「駆動装甲」を再発動。右回転を始めた肉体から繰り出された左方の刃が先ず獲物の背中へと食い込み、背骨をへし折る感覚が左手へと伝わる。追随して踊った右の刃が開かれた傷口へと吸い込まれ、更に深く、肉を、細胞組織をえぐっていった。

竜巻の如く繰り出される連撃に巻き込まれたハンニバルは赤黒い血飛沫を拭き取らし、細切れになって気流に踊る。

ダリウスの身体が切り刻まれた翼竜の死骸の群れを抜けた時には、既に眼前へと地表の砂が迫ってきていた。

「駆動装甲」によって落下の速度と角度を緩やかなものへと変化させたダリウスは、靴底が熱された砂を踏みしめるや、蹌踉よろめくこともなく前方へと駆け出す。


前方から突進してくる敵。


それはまるで犬のような外見をしていた。しかし頭部の部分がやけに人間じみた造作をしており、ニタリと嗤いながら二匹の怪物が砂を蹴って駆けてくる様は、本能的に畏怖せざるをえない異常さが滲み出ている。

対し、ダリウスは左手のトリガーを引き搾った。


「せえぇぇえ!」


金属が擦れ合うような高温が乾いた外気を震わせた瞬間、ダリウスが握るデュアルの刃が、肉体を包んでいる詞素と似た緑色の輝きを放ち始めていた。


緑の軌跡をえがき、舞い踊る二つの刃。


前方から肉迫してきていた二匹の犬型のハンニバルとダリウスの身体がすれ違った、刹那。噛み付こうと開かれた二つの口へとデュアルの左右の刃がそれぞれ押し込まれ、豆腐でも切るような手応えで両断された。

光を帯びた刃が、甲高な音と共に二匹の胴体を薙ぐ。


ダリウスが発動させた術式は、「循環刀身チェーンブレード」。

刀身の表面を荷電粒子と化した詞素が循環、高速運動することで、刃の切れ味を飛躍的に高める術式である。


その原理をイメージするならば、半世紀ほど前まで林業などで活躍していたチェーンソーが最も近いだろう。

詞素を荷電させつつ刃の表面を高速循環させることで、チェーンソーの回転刃の如く対象を削り、切り裂く。

発動中に独特な金切り音が響くことで知られる「循環刀身」だが、かなり高難易度の術式としても有名であった。


だが、ダリウス自身に高難易度の術式を発動させているという自覚や、ましてや自負は無い。

彼にとっては構成術はただの道具であり、武器である。

ダリウスにとって最も重要なのは、構成術という道具を扱える技量の有無と、その「力」を振るうに値する「目的」の存在であった。

この場においてダリウスが構成術という「力」を振るうのは、云烨ユンイェーをはじめとする中国の構成術士たちの覚悟に惚れ込んだからであり、また、部長たる明日香に対する畏敬いけいの念に突き動かされたに過ぎない。それをダリウスは自覚していた。

しかし、だからこそ。彼は己の構成術という武器を躊躇いなく用いることができる。


背後で二匹のハンニバルの死骸が落下する音が背後から響くと同時、ダリウスは前方へと駆け出していた。

見遣れば、中国のBD部隊の隊員がサイを二回りほど大きくしたような成りの一角獣と交戦を続けている。


(加勢するべきか?)


襟元に取り付けた多言語翻訳機のスイッチが入っていることを確認しながら、ダリウスは徐々にその距離を詰めてゆく。


「焼けろっ!」


「HETマジック」を発動させつつ一角獣の突進を上へ跳んで回避した兵士の一人が、着地した体制のまま右腕を犀へと掲げた。

掌に生じるは、拳大の光球。

弾かれるように放たれた光弾は一角獣の後ろ足に着弾すると、純白の炎を吐き散らした。


「動きを止める!」


光弾に押され体制を崩したハンニバルを見て勝機と思ったのか、やや後方に陣取っていた兵士が腕輪型のAIUへと思念波を送り込み、両の手を地面へと押し付け構成術を発動させた。

焼けるように熱い砂へと押し付けられた掌から詞素を放出し、砂に吸蔵。

吸蔵操作オクルージョンコントロール」の一種、「砂楼閣サンドジェイル」の術式が展開される。

「砂楼閣」は詞素を吸蔵させた砂を操る構成術であり、黄土の濁流が氾濫した河川の如く対象を呑み込むことでその動きを封じることを目的としている。

事実、術者の足元を中心として生じた砂の奔流は衝撃波に押され蹌踉めいた巨体を押し流し、砂漠へと縫い止めていた。


その隙にアイコンタクトを経て駆け出した三人目の兵士が、倒れ込んだまま身動きできていないハンニバルへと接近。走りながら両手の間に光の槍を作り出した。


「行けぇ!」


恐らくは「結合術式コネクションマジック」によって形成されたであろう槍状の力場が、兵士の叫びと共に前方へと放たれた。

スポーツ競技のやり投げを彷彿とさせる美しいフォームによって放られた光槍が、砂塵を掻き分けるように宙を滑走。緩やかな曲線を描き、一角獣の胴へと穴を穿つ。


(へぇ、上手いな…)


一連の連携に舌を巻きつつ、ダリウスの意識は一角獣の死骸を跳び越えて現れた新たな「敵」へと向けられていた。

砲弾の如く砂地へと着地した巨躯によって砂塵が舞い上がり、一段と視界が悪くなる。

張り詰めた空白は、砂塵が晴れるまで続いた。

視界がクリアになった、刹那。

「それ」は鼓膜が破けかねないほどの奇声を発した。


「な、なんだっ!?」


現れたのは、頭頂高五メートルはあろう、羊のような頭部を持つ二足歩行の怪物であった。

青銅色の身体は人間に近い造形で、筋骨隆々りゅうりゅうたる様はルネサンス彫刻を想起させる。

その中で特に人間の造形を外れていたのは、羊のような頭部を除けば、尾骨付近から生えている巨大な尾であろう。


「悪魔」のようだ、とダリウスは思った。

人間的でありながら、異形の姿形をとる存在。


ハンニバルと呼ばれる存在が、取り込んだ物質の性質からやや逸脱した構造を作るのは、取り込んだ物質、特に人間の脳などから情報(この場合は記憶)をフリークス細胞が抽出し、細胞形成に利用している為と考えられている。

ゆえに、人間を取り込んだハンニバルの一部には、存在しない架空の生物の造形を真似る個体や、絶滅した生物のような姿へと変化を遂げる個体も確認されている。眼前の敵も恐らくはそうした個体の一種なのだろう。

砂を踏み荒らし強靭な身体を砂上に躍動させるハンニバルの姿を目で追いながら、ダリウスはデュアルの柄を握る力を強めた。


「第三接触禁忌種……!」


近くに居た構成術士の誰かが、呻くように呟く。

彼の者の声を脳が認識し、言語へと変換する。

その僅かな一刹那に「悪魔」は強靭な躯体をしならせ、声の主へと猪突していた。

砂を蹴散らし肉迫する巨体。

兵士も反射的に防御の術式を組み上げてはいたが、展開された光の光壁。「詞素光壁ライトフィールド」は、術者諸共巨大な拳に叩き潰され、砂漠に赤い染みを残す結果に終わった。

思わず、ダリウスは息を呑む。


「う、うわぁぁあ!?」


仲間の死に動揺したのか、先程光の槍を投げた兵士が再び「結合術式」を発動させていた。

現出させた光の長槍を腰溜めに構え、HETマジックを発動させた身体が砂を蹴る。


「待てッ!ソイツは危険だッ、早まるな!」


それを見た仲間の兵士が慌てて制止の声を飛ばした。だが、恐怖に縛られた兵士には仲間の言葉が届いていない。


「クソッ!」


制止を諦めた仲間の兵士は両手を砂へと押し付け「砂楼閣」を発動させた。再び生じた砂の濁流が仲間の背中を追い越し、悪魔の肢体へと絡み付く。

纏わり付く砂に手足をすくわれ、ハンニバルは拳を砂から引き抜いた体制のまま動きを鈍らせた。


「うおぉぉお!」


仲間の援護を受けた兵士が、雄叫びを上げながら、光の槍を砂に呑まれた敵へと近距離から投げつける。

冷静さを欠いた攻撃は最早がむしゃらとしか言い様もなかったが、先の攻撃時よりも一段と太い光条が兵士の手元から放られた。


加速する一投。


放たれた光槍は「悪魔」の胴へと突き刺さり―――霧散した。

槍を投げた体制のまま、驚愕に硬直する兵士。

砂を振り払い、ぐるり、と振り向いたハンニバルの口からは白い蒸気のようなものが吹き溢れている。

その様は、愚かな人間の行いに激怒した「魔物」そのものであった。


黒い影が頭上で翻るや、兵士の身体が一瞬にして消失した。

―――頭だけを残して。



えっ…?



首から下を失ったことにまだ気がついていないのか、身体を失った兵士は確かにそう唇を動かしたように見えた。

しかし呼吸器官などの発声に必要とされる他の臓器の全てを失った彼の口からは、言葉ではなく、血糊が滝のように溢れ落ちてゆくだけである。

暗転する視界。

ポトリ、と間の抜けた音を立てて砂の上に落ちた仲間の首。

残った三人目の兵士の表情が、絶望に染まる。


「馬鹿な……」


仲間の命を無残に刈り取っていったのは「悪魔」の尾であった。

ハンニバルは尾に付着した血を払うように尻尾を振り、砂の中からゆらりと姿を現す。

地震のような振動。巻き上がる砂塵。

それらの事象がハンニバルが地を蹴ったが為だと気づく――までの合間には、動揺を言葉にした三人目の兵士の眼前まで「悪魔」の巨体が接近していた。

無慈悲に振り下ろされる拳。

死んだ、と思った兵士は、目を閉ざすことさえ忘れてただ突き出された拳の行く末を傍観していた。

そして―――、


「おぉぉぉおッ!!」


その目が捉えたのは、こちらを叩き潰さんとする巨大な拳ではなく。


一対の剣で「魔物」の拳を受け止めた、日本の構成術士の背中であった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ