Act.78 七高の実力者 <2>
現れた異形の者たちの姿は人間の「それ」に非常に類似していたが、よく見れば――よく見なくても人間ではないことがわかる。
黒の戦闘服に身を包んでいる為その下の肉体を直視することは叶わないが、少なくとも顔面の色彩は肌色ではなく。フリークス細胞に呑まれたことで赤黒く変色を来した体色は、一世紀前に流行った、細菌兵器の類によって生まれてしまった(という設定の)「動く屍」と外見的にはかなり類似していた。
ただ違うのは、皮膚の大半が虫のような外殻に覆われている点であった。
中には羽根を生やした個体や、顔面を複眼に覆われた個体、腕をライフル銃と一体化させた個体までいるようである。
だが、それらは確かに異形でありながらも、酷く人間的な印象を見る者に与えていた。
「手早く片付ける!」
紗雪は駆けながら、靴型のAIUに思念波を行き渡らせ、二つの構成術を同時発動させていた。
彼女が得意とするのは、近接構成術。
紗雪の実力はフォノンアーツ女子の部において全学年トップであり、男子のレギュラー選手と比較しても全く遜色ない、むしろ優れた実力を有しているとさえ評価されている。
それは昨年のアルカン大会の際、他校の三年男子(しかもレギュラーメンバー)が紗雪をナンパした際に、しつこい誘いに痺れを切らした紗雪が逆に(デートを景品に)勝負を吹っ掛け、公平な試合(されど非公式試合)にて彼女が実に一方的な展開をした――有り体に言うと相手をボコボコにした――ことからも明らかである。
確かに彼女の肉体の耐久値は一般的な構成術士と比較すればずば抜けて高いと言えるが、その実、ダリウスほど「肉体強化」系の構成術を得意としているわけではない。
ならば何故彼女が強いのかと言われれば、生まれつき彼女が有していた超人的な身体能力に因るところが大きいと明言できるだろう。
更に彼女が得意とするのは「詞素装甲」のような「肉体強化」の術式ではなく、「肉体活性」の術式であることも大きなアドバンテージとなっていた。
この二つの術式はよく混同されがちではあるが、その本質は全くの別物だ。
「肉体強化」が単純に肉体の強度と筋力を補う術であるのに対して、「肉体活性」は人間の反射神経及び動体視力。そして空間把握能力を拡張する為の術である。
そうした「肉体活性」の術式の中でも、紗雪は襲と同様、肉体に電気的な負荷を掛けることで圧倒的な初動を獲得する構成術。「神衣」を得意としていた。
「神衣」の発動兆候である電撃が紗雪の肉体を迸ると同時、その姿が眼前から消える。
銃口を上げたハンニバルたちは獲物見失い、周囲へとぐるりと視線を這わせた。
その内の一匹の首が、擦れ違うように放たれた紗雪の手刀によって刎ね飛ばされる。
切断された首が地に落ちるよりも迅く。
再び紗雪の姿が消える。
頭部を失ったハンニバルが崩れ落ち、砂埃を立てた――刹那、その音に気がつき顔を向けたハンニバルの頭部が、背後から放たれた紗雪の回し蹴りによって粉々に消し飛ぶ。
「次ッ!」
「神衣」は元々「肉体活性」の術式の中でも最高難度に属するが、紗雪の場合、これにもう一段階術式を上乗せすることができる。
上乗せする術式は、詞素を自身の周囲に均一濃度に散布しその濃度変化によって周囲の状況を探る構成術。俗に「円陣」と呼ばれる索敵用の構成術である。
そして「円陣」と「神衣」を併用する目的は「触覚の仮想展開」。言い換えるならば、パーソナルスペースの過剰展開である。
複合術式の名前は「殺陣」。
攻撃行動に関しては敢えて特筆すべき変化はないが、目を見張るべきは敵との戦闘を文字通り“演技”と呼ばせる驚異的な回避能力にこそあった。
「殺陣」は「円陣」によって周囲の状況を常時把握し続けると同時に、その状況に応じて各細胞へと指令電流を送り込むことで、「円陣」の内部に捉えた事象に対しても迅速な反射行動を可能としていたのだ。
噛み砕いて言えば、死覚からの攻撃も回避可能になった、ということである。
その反応速度は並大抵のものではない。
彼女が移動しながら展開できる「円陣」の範囲は半径三十メートル前後だが、三十メートル以内でさえあれば瞬時に回避行動に移れる。更に言えば、背後からライフル銃で狙撃されたとしても、紗雪にはそれを避けきる自信があった。
――それは、恐らくは、紛れもない事実。
人の造形を残したハンニバルに詞素を込めた拳を突き立てながらも、紗雪は側方から、そして背後から接近する銃弾の存在を「殺陣」の外周に捉えていた。
瞬間、紗雪の身体が加速する。
銃弾が、少女の残像を射抜く。
瞬きもできない刹那に、紗雪の拳は銃身を右腕に一体化させたハンニバルの顔面を捉えていた。
殴られたハンニバルは頭部が砕け、木々を薙ぎ倒しながら数十メートル後方まで錐揉むように乱回転し吹き飛んでゆく。
討伐を見届ける間も無く、紗雪は再び地を蹴った。
赤い残光が尾を引き、銃声が、銃弾が残光をなぞる。
鮮やかな燐光を帯びた紗雪の姿は、遠方からでさえ、周囲の認識を許さない。
爆音と爆風が大気と耳朶を叩く度に、紗雪の拳がハンニバルの水月へ、脇腹へ、こめかみへと放たれる。
詞素の力場を纏った拳は人体における急所を的確に打ち抜き、打ち砕き、打ち倒す。
詞素がバラの花弁が如き閃光を散らす度、凄まじい勢いで叩きつけられた拳の連打によってハンニバルの身体に穴が穿たれ、赤黒い血飛沫を宙へと漂わせた。
紗雪の肉体が更なる加速を見せたのは、更に手袋型のAIUによってもう一つの術式を発動させた為であった。
発動させた術式は「詞素装甲」の応用である、「駆動装甲」。
詞素の鎧をただ身に纏うのではなく、鎧自体の空間座標を連続的に切り替えることで、身に纏った術者の肉体までをも強制的に動かす術式である。
一聞、「殺陣」によって肉体を強制的に動かしている時点で「駆動装甲」には大した目的もないように感じてしまうが、それは否。漂う鎧状の力場に身を委ねることで空中戦闘を可能とすると同時に、その攻撃力さえ向上させている。
「殺陣」と「駆動装甲」の複合術式。
正式な名称は、「インパルス・エッジ」。
二つの異なる残留思念を有した詞素同士が干渉し合うことで、独特の赤い燐光を放つ最高難度の近接構成術である。
なお、鷹明が降り注がせたダイヤの雨を紗雪が回避できたのは、ひとえに、彼女がこの「インパルス・エッジ」という構成術を行使できたことに起因していた。
対する異形の者たちは、近接での応戦は不可能と判断したのか、手にした自動小銃の銃口を紗雪へと向ける。
一コンマ遅れて弾丸が放たれる。
だが弾丸の軌道上には既に紗雪の姿はなく。
外したことを射手自身に察知させる暇すら与えず、紗雪の肘は銃弾を放ったハンニバルの背中へと打ち込まれていた。
背骨が砕け、海老反りになって吹き飛ぶ肢体。
その上空へと瞬間移動した紗雪は、皮一枚で繋がっている胴へと踵を落とした。刹那、叩きつけられたハンニバルの身体が地表に半球状の凹凸を作る。
瞬きさえ許されぬ僅かな猶予に、紗雪の拳は遠く離れた位置にて射撃の挙動を見せていたハンニバルの胴へと拳で巨大な風穴を穿っていた。
放たれる銃弾は虚しく少女の幻影を追い、戦闘の音すらも少女の背中を見失う。
乱れ飛ぶは、拳の嵐。
赤い燐光はバラの舞い散る様を彷彿とさせ、華やかに、速やかに対象の命を奪ってゆく。
二十体以上は居たであろうハンニバルの群れは、紗雪が地面を蹴ってから十五秒と経たないうちに、その全てが再び少女の手によって元の動かぬ形骸へと還されていた。




