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構成術士の欠陥因子 《OD》  作者: 寺鳥 夜鶏
オーバーダイブ編 <下>
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Act.77 七高の実力者 <1>

二千九十八年、三月三十一日。



一真かずまが操縦する軍用ヘリはプロペラの損傷に伴い、既に十分な飛行能力を失っていた。

重くなったように感じる操縦桿を握り締めながら、一真は何とか機体の体制を立て直そうと試みる。各メーター類が悲鳴のようなアラート音を鳴り響かせる最中、彼は背後から発せられた鷹明たかあきの平坦な声を聞いた。


桐生きりゅう少佐、扉を開けて下さい」

「飛び降りるのか!?」

「いえ、ですが落下の衝撃を和らげる為にやっておきたいことがあります」


鷹明の目を見て一つ頷き、一真が手元のボタンを操作する。

機体側面の合板が横へとスライドし乗降用の乗り込み口が開け放たれるや、仕切りを失った機内に森の匂いを孕んだ外気が暴風となって吹き込んだ。

着陸と呼ぶにはやや乱暴な突入角度で湖へと向かう機内の中では、直立は困難。だが鷹明の身体は鉄鎖で全身を機体に括りつけたと錯覚させるほど不動そのものである。

正に、地に足を付けるとはこのこと。

実際に彼が足を付けているのはヘリの機内ではあったが、動作を表す慣用句としては強ち間違いでもないだろう。


くして、鷹明は自身の私物である銀のアタッシュケースを手早く取り出すと、開け放たれた乗り込み口から上空へと放り投げた。


アタッシュケースの銀の塗装に太陽光が映り、鋭い輝きを帯びる。


その輝きを掴まんとするかの如く。

鷹明はアタッシュケースの方へと手を突き出した。

行為自体に意味はない。

だが送信された思念波には明確な意図があった。


「行くぞ」


厳かな宣言は戦いの火蓋が切って落とされたことを告げるもの。

その脇を抜けて飛び出して行った人影は疑いようもなく、両足に靴型のAIUを装着、もとい履いた紗雪さゆきであった。


「お先ッ!」


トップスとスカートの合間から覗く健康的な肢体を跳ねさせ、紗雪の身体が弾丸のような速度で空中へと飛び出してゆく。

見事なまでに軽やかな所作で上空へと身を躍らせた紗雪だが、眼下に広がる水面までは遠く、着水するまでにはまだ十秒近い時を要するであろうことは明白。


落ちる、と一真が危惧した直後のことであった。


紗雪が空中で黒のグローブを嵌めた拳を打ち合わせると、彼女の身体はまるで空を滑走するように急激な曲線を描いて旋回した。

赤い燐光を纏いながら空を飛行し始めた紗雪の拳が、巨大な「蝶」の胴体を貫いていた頃。鷹明の放り投げたアタッシュケースが奇妙な挙動を見せていた。

暫く自由落下を続けていた箱は突然水面ギリギリにてふわふわと減速すると、急激に膨張。破裂と共に黒の微粒子を吐き出す。

その光景がシャドウの出現する光景に類似していると思った一真だが、理性は全く別のものだと理解している。それは、鷹明という生徒の「体質」を知っていたがゆえだった。


(あれは炭素……なのか?)


疑問を抱いたのも無理はない。無秩序に拡散したはずの黒の粒子が膜のように広がり、落下を続けるヘリの装甲にへばり付いたかと思いきや、急激にヘリの落下速度を中和していったのだから。

やがて完全に失速したヘリは緩やかな角度で湖に着水、小さな漣を湖面に浮かべ停止した。


(これが噂の炭素操作カーボンコントロール……か)


襲が推測していた通り、鷹明は炭素原子という特定の「情報体」に多干渉する能力を有する、謂わば「特質系の能力者」であった。

だが正確には鷹明が発動させた構成術は「炭素操作」ではない。そもそも特質系能力者が発動させた構成術は、単純な「吸蔵操作オクルージョンコントロール」とは別物なのだ。


彼らが干渉し操作するのは、詞素ではなく、物質を始めとする特定の「情報体」。

ゆえに、これらは俗に「情報掌握メディアコントロール」と呼ばれる。

もちろんこれは術自体の名称ではない。


鷹明が発動させた術式の正式名称は「石威瀑炭せきいばくたん」。

炭素原子の動向を思念波によって掌握する、特殊な術式である。


術式とは言っても、特質系の能力者は基本的にAIUの補助を必要としない。事実、同じ特質系の能力者たる明日香がAIUを使用しているところを鷹明は見たことがなかった。

特質系の者は念じるだけで「情報体」を掌握できるのだから、当然と言えば当然だ。しかしそれでも鷹明は自身の左腕に嵌めた腕輪型AIUを外したことはなかった。


これは特質系の能力者と言えど、思念波の精密性には個人差がある為である。

精密性と言えば聞こえは良いが、簡潔に言ってしまえば特質系の能力者にも干渉能力に優劣があるということだ。もちろん炭素に対する干渉能力ならば誰にも負けないと鷹明は自負しているが、AIUを使うことで術の完成度が更に高まるならば使わない手はないだろうと考えていた。

要は考え方の違いである。


常に万全を期すか、否か。

鷹明は前者であった。


「桐生少佐、我々が敵を殲滅するまで機内で待機していて下さい」

「わかった。一応増援要請を出しておく」

「宜しくお願いします」


深く一礼した鷹明はゆったりとした足取りで機外へ、水面へと踏み出す。

深さがわからない以上油断はできない。鷹明はヘリが沈まないよう炭素を操作しつつ自身の足元に炭素の足場を形成させた。

鷹明の巨体が黒の粒子に包まれふわりと浮き上がる様は何とも迫力があったが、敵を睨み据える鷹明の眼差しから比べれば幾段可愛げがある。


途中、「鳥」や「羽虫」のような外見をしたハンニバルが襲い掛かってきたが、鷹明の周囲を取り巻くように循環する炭素の渦に呑まれ、その姿を塵と消した。

鷹明の周囲を渦巻く黒雲は振動する炭素微粒子の集合であり、その中では何人なんびとも存在を許されない。

振動する粒子はハンニバルの強固な細胞組織を削り取り、内部に侵入、拡散することで、内側から細胞組織を引き千切るような形で分子レベルまで分解。粉微塵に削り落とす。


塵も残さず消滅した敵影を意識の隅で認識しながらも、鷹明の身体は尚も上昇を続ける。

湖の全体が見下ろせるかという高度まで達したところで、鷹明は再びAIUに思念波を送り込んだ。


空中で、鷹明は己の掌を打ち合わせる。


パンッという乾いた音を引き金に、AIUにて偏向され強度を増した思念波が山岳地帯一体へと広がってゆく。

恐るべきはその干渉領域の広さ。

湖底から、森林から、山々から黒の粒子が煙のように立ち上り、湖面上空に光を通さない積乱雲が如き炭素の集合体を形成させた。


鷹明が指揮者の如く豪腕を真下へ振り下ろす。と、黒い積乱雲から無色透明な雨が降り注いだ。



降り注ぐ雨は、ダイヤモンド。



それは比喩的な表現ではなく、紛れもない“現実”であった。

正確にはロンズデーライトと呼ばれる六方晶ダイヤモンドのつぶてだが、炭素で形成された結晶体であることには違いなく、更に言えばその硬度と金銭的な価値はダイヤモンドを軽く凌駕している。

ロンズデーライトとは六方晶系の結晶構造を持つ炭素の同位体の一つで、圧力が掛かると原子間の結合の一部が九十度程回転し応力を緩和する性質を有している。ゆえにダイヤモンドとは違って鋭利な圧力にも強い。

更に鷹明はロンズデーライトの結晶表面の炭素を振動させることで、驚異的な貫通力を礫に加味させた。


結果、降り注ぐ雫は最早礫と呼べるようなものではなくなっていた。

それはまさしく、高速で降り注ぐライフル弾の雨。

否、貫通力から言えばそれらの銃火器を数段上回るであろう宝石の雨が周囲一体に降り注いだのだ。



術の名称は「クリスタル・レイン」。

広域制圧用に鷹明が編み出した、無慈悲な鉄槌の豪雨である。



炭素結晶の雨に打たれたハンニバルは跡形もなく細切れになり、上空を飛んでいた「蝶」に至っては地表に達する間も無く消滅させられていた。

地鳴りのような轟音と激震。

それらが収まった頃には見渡す一面新地と化し、ハンニバルはおろか、生命の気配すら感じられなくなっていた。


たった「一人」を除いて。


「ちょっと鷹明先輩!?あれは使わないってこの前約束したじゃないですか!?」


赤の燐光を身に纏う紗雪が、遠方から凄まじい速度で鷹明の下へとけ寄ってきた。

空中をける姿は流れ星のようで、赤い奇跡が湖面に煌びやかな軌跡を描く。


「む、そうだったか?」

「そうですよ!?敵味方関係なく攻撃するとか殺す気ですか!?」


約束を破ったことに関して鷹明は全く悪びれる様子もなく。


「紗雪ならあれくらい簡単に避けられると思ったのだが?」


むしろ心底不思議そうに首を傾げ始める始末である。思わずため息を零したくなる感情をぐっと堪え、紗雪は冷静に努めた。


「それはそうですけど、お陰様で私の見せ場が無くなってしまったじゃないですか」


戦闘服(ではなく正確にはただの動きやすい夏服)に着替えたことが意味更ながら恥ずかしくなってきた、なんて本音は明かさず。紗雪はただ声音を落ち込ませる。

その心象を悟ったらしい鷹明は、「それは悪かった。次からは手加減しよう」などと素面シラフで謝罪してきた。言うまでもなく酒など飲んでいないのだろうが、紗雪にとってはそれ以外に鷹明の態度を上手く表現できる言葉が思い浮かばなかったのだ。


しかし、思いの他その機会はすぐに訪れることとなった。

遠方、恐らくは他のヘリが墜落したであろう方角から、確かな「気配」が接近してきている。


「新手か?」

「みたいですね。……鷹明先輩、今度は私にやらせて下さいよ?」

「むっ、何故だ?」

「いや、本当に勘弁して下さい。ここのところ鷹明先輩が全部片付ちゃうから身体なまってきてるんですって」


軽口を叩きつつも一真が待機しているであろうヘリへと不意に視線を遣った紗雪に対し、「なら仕方がないな、好きにやれ」と鷹明は悟ったような表情で承諾した。


紗雪はざっくばらんとした性格の持ち主ではあるが、それ以上に仲間思いの一面がある、と鷹明は思っている。

つまりは、仲間の為ならば本音を隠すこともいとわない、ということである。


思えば、初めて襲という少年を見た時にどこか紗雪と似ているものを感じ取ったことも、あるいは本音を表に出さない二人の性分を無意識のうちに読み取ってのことなのかもしれない。

柄でもない、は流石に言い過ぎだろうが、珍しく他者の思考を客観的に推察していた鷹明の面持ちを見て何を勘違いしたのか、紗雪は疑惑の色を表情筋に表現させていた。


しかし紗雪は口にはしない。

代わりに両手の拳を打ち合わせ、「HETマジック」を発動させる。

視線は、倒木の影から顔を出し始めていた憐れな亡骸たちへと向けられていた。


「アイツら……」


声帯を感情に震わせたのは、異形の者に対面する二人ではなく。背後にて事態の行く末を見守っていた一真であった。

無理もない。現れた化物は皆、見覚えのある姿をしていたのだから。

黒く歪んだ骨格を包むのは、彼らには酷く見慣れた、BD部隊に配給される黒の戦闘服。

現れたのは、先程ハンニバルに襲われ命を落としたであろう構成術士たちの成れの果てであった。


紗雪は深く息を吸う。


左半身を前に、足幅は肩幅よりもやや広く、拳は腰溜めに。


「行くぞッ!」


湧き上がる嫌悪感と罪悪感を強い意思の力にて押さえつけ、紗雪は地面を蹴った。



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