Act.62 東雲哀惜を廃す <3>
黒髪の少女が身に付けている服もミルハレーナと似た作業着のようだが、左胸に入っている刺繍を含め所々にデザインの違いが見受けられる。
恐らく、随所にアイハ・フォノニクスのマークが入っていることから考えても、こちらがこの会社における正装に相違ない。
「や、夜宵ぃ…」
「よしよし、ミルも良い子だから泣かないの」
「な、泣いてなんかないわよっ!?後、私の名前はミルハレーナだって何度も言ってるでしょ…!」
黒髪の少女は暴れるミルハレーナの頭を優しい手付きで撫でながら、意識の焦点が定まっているのか定かではない微睡み掛かった視線をミルハレーナの頭越しに襲へと向けてきた。
なお、この時点でミルハレーナより黒髪の少女の方が頭一つ分身長が高いことが明るみに出てしまったことは、この場では敢えて言及しないでおく。…いや、この時点で言及してるな。うん。
「雨宮襲?」
小首を傾げながら訊ねてきた姿が妙に様になっていたのだが、この気の抜けたような言動が彼女のデフォルトなのだろうか?そんなことを考えつつも、襲は少女の詰問に応じた。
「では、あなたが相芭夜宵さんですか?」
「うん、明日香から話は聞いてる。付いて来て」
要所要所で接続詞が抜けているように感じる喋り口も、きっと彼女のデフォルトなのだろう。
イアノートとシェリルに小さく目配せしつつ、入って来た扉へと踵を返した夜宵の背中を追いかけながら、襲は自身をそう納得させていた。
「ちょっと、私を置いていく気っ!?私も一応関係者なんだけど…!」
背後で何やらミルハレーナが大声で抗議していたようだが、知り合いらしい夜宵の反応すら返ってこないとみるや、
「わ、私も行くわよっ!」
結局、諦めたような表情を浮かべて追いかけてきた。
◇◆◇◆◇◆◇
夜宵と言う少女に連れられて襲たちが訪れた場所は、道中様々なセキュリティが施されていたことからも、施設の中でもかなり機密性の高いエリアのようである。
合板性の扉を幾度となく潜り、その枚数も忘れかけたかという頃、夜宵は一つの扉の前で立ち止まった。
「ここ」
具体性の欠ける呟きに対して、要領を得なかった襲は眉を顰める。
「今開ける」
明日香には車に乗って夜宵という少女と合流して欲しいとしか説明を受けていない襲には、そもそもこんな場所まで連れて来られた理由が理解できていない。
道中彼女に訊ねようかとも思ったのだが、どう考えても会話が弾みそうもない夜宵とコミュニケーションを試みるよりは、その場における自己の判断に身を任せた方が楽だろうと、襲は気楽に考えていたのだが。
「これは……?」
扉の先の光景を見た瞬間、若干の後悔を覚えていた。
「ん、今私が担当してるうちの試作機」
広大な空間の中には一機の機械兵が佇んでいた。
大きさは、先刻見た搭乗型AIUより一回りほど大きいだろうか?黒い巨体は影の如く、静寂の園に紛れ込まんとしている。
通常人型を模している搭乗型AIUの頭部には、視覚情報を得る為のサブカメラの他、思念波の送受信の円滑化及び周囲のフリークス粒子の散布状況をモニタリングする為のセンサーの類が目の如く配置されていることが多いが、この機体の場合には頭部を横切る赤いバイザー型センサーが取り付けられていた。
見ようによっては翼のようにも見えなくはない可変式のメインスラスターと、黒く比較的薄そうな装甲が印象的な機体である。
宛ら、黒翼の天使…といった風情か。
そのシルエットに目を奪われていると、不意に装甲の一部に刻まれた文字列が目が留まり、襲は声に出して読み上げてゆく。
「XD-768……?」
「そう、機体名称は《マーナガルマ》。先日完成したばかりの新型……と言うより、試作機ね。武装に関しては私も手伝ったんだから」
虚空に向けられた呟きに答えたのは夜宵ではなく、夜宵の右脇に立つミルハレーナであった。どうやら、兵器開発を主な生業としているエルドルド・カンパニーの少女がここにいたのは、《マーナガルマ》と呼ばれる機体の武装準備の為であったらしい。
一人納得している襲の横から、ミルハレーナは得意顔で続ける。
「まだ重力圏での稼働実験と動作補助術式の微調整は残ってるけど、一応いつでも乗れる状態にしてあるわ」
少女の言葉に、襲は思わず苦笑いを口元に浮かべていた。
「重力圏での稼働実験がまだって……それは事実上、一度も動かしたことがないってことでは?」
「う、うぐっ……そ、そうとも言うわね」
襲が醒めた目をミルハレーナへと向けると、冷や汗と共に少女の金の髪の束が気不味そうに上下している。
「でも仕方ないの。この機体を動かせるパイロットが今うちにはいないから」
助け舟を出してきたのは他でもない、同じく開発作業に携わったらしい夜宵であった。
彼女は機体の足元にある調整用のコンソールへと手を翳しながら、抑揚の無い声で告白してくる。しかし、襲の疑問は更に膨らんでいた。
「あの、何故動かせるパイロットがいらっしゃらないんですか?“視た”ところ、夜宵さんもミルハレーナさんも構成術士のようですが」
襲の言葉に驚いた者は、この場においては一人もいなかった。
先程ミルハレーナが襲を殴った一部始終を見ていればわかるように、彼女の筋力も普通の小学生――もとい高校生のものではないことは明らかであり、今思念波を送信してコンソールを起動させている夜宵に至ってはわざわざ指摘するまでもなかったからである。
「私とミルは、まだ搭乗型AIUの搭乗免許持ってない」
「なるほど」
搭乗型AIUという呼び名の通り、ANIMUSと呼ばれる機体は構成術によって稼働する。
つまりは構成術士以外には動かすことすらできないわけだが、他のAIUとは異なり、搭乗型AIUの類には搭乗免許なるものが存在している。
車の運転がほぼ全自動化された今日において、人々にとって運転免許そのものがあまり馴染みのあるものではなくなってきていることも確かだが、機械ではなく人が己の「意思で乗り物を動かす」場合には免許の取得が必要とされるように、構成術士が己の意志たる「思念波で乗り物を動かす」場合においても、同様に免許が必要とされるのはある意味必然であろう。
ただし普通の免許と違って搭乗型AIUの搭乗免許の取得には年齢による制限が設けられていない。これは言うまでもなく、軍事力拡大を図る政策の一つだ。
重要なのは精神の成熟度ではなく、構成術の成熟度。即ち構成術の制御能力である。もちろんメンタル面の適正検査も行われてはいるが、あくまでも形式的な意味合いが強く、こうした実情も構成術士の実戦投入年齢が低下している要因の一つにもなっていた。
「でしたら、専属のパイロットの方はいらっしゃらないのですか?」
アイハ・フォノニクス社のような搭乗型AIUの王手のメーカーに、テストパイロットが一人もいないとは流石に考え難い。
開発したAMの稼働実験や術式の検証もそうだが、そもそもこうした物作りの現場において、商品を世に出す前には必ず該当商品の品質テストを実施するのが常識であろう。襲の問いはそういった事情を汲み取ってのものだったのだが、
「無理。このコはじゃじゃ馬だから、乗り手を選ぶの」
首を水平に振った夜宵の言葉の真意を量りかねて、襲は眉を曇らせた。
「事情は良くわかりませんが、でしたら何故俺をここに連れてきたのですか?
会社名を聞いた時から、作戦用にAMを貸出して下さるのではないのかと勝手に思っていたのですが…」
疲れを見せ始めた襲の問いに、今度はミルハレーナが答えた。
「まぁ、私たちも普通の機体を宛てがうつもりだったんだけど……ついさっき電話で、真藍先輩がアンタを試しに試作機に乗せてみろって言うから、仕方なくね」
事情が呑み込めない、といった表情を見せているシェリルに対し、襲の顔には「やっぱりあの人の所為か」という呆れの色が滲み出し始めている。
そんな襲へと機体データが投影されたフィルムディスプレイを投げ渡しながら、夜宵は黒の瞳を心持ち細め、口を開いた。
「私もどこぞの馬の骨とも知らない男に、このコの初めてをあげたくない」
どこかズレている夜宵の発言に、襲は酷い眩暈を覚えていた。
「だから、このコに少しでも乱暴なことをしたら、力尽くで引き摺り降ろすから」
隣で「もしキズモノにしたら男として責任取らないといけませんね」などと囁いてくるイアノートにガンを飛ばしつつも、その指摘はあながち間違ってもいないようだと襲は深くため息をつく。
試作機ということは間違いなく開発費云々が金銭面に関わってくるわけであり、賠償金に関しても量産機とは大きな違いが生じてくるはずである。
仮にこの機体を破損(キズモノに)させてしまったら、それこそ一生を懸けて(金銭的に)償わなければならなくなるかもしれない。ある意味、人間の間で交わされる責任問題より質が悪い。
「ぜ、善処します」
突き刺す様な――と言うより眠そうな視線を夜宵から向けられて、襲は顔を青くしながらやや引き攣った誤魔化し笑いを浮かべていた。




