Act.61 東雲哀惜を廃す <2>
搭乗型AIUの搭載装備の調整していたのだろう。壁面に隣接して設けられているリフトに乗って下へと降りてきた少女は、見慣れない器具を片手にこちらへと笑顔で歩み寄って来た。
キャメル色の作業着には所々汚れが目立っているものの、浮かべる笑みには全くの曇りがない。
「アンタが雨宮襲ね。明日香先輩から話は聞いているわ」
「では、貴女が夜宵さんですか…?」
視線を下へと下げながら、目の前まで歩いてきた少女へと襲は詰問を飛ばした。その声音には動揺とまでは言わなくとも、若干の困惑の色が滲んでいる。
「いいえ、違うわよ?」
襲の問い掛けに対し、金髪の少女は首を横に振った。
足幅を肩幅より広く広げ、胸(と言うより上体)を逸らし、意気揚々といった面持ちで口を開く。
「私はエルドルド・カンパニーの兵器開発部門取締責任者こと、ミルハレーナ・エルドルド・ニフェルメルトスよ!」
得意満面な少女に危うく「七光りか」と零しそうになった襲だったが、何とかお得意のビジネススマイル――もとい、大人の態度をキープしてみせた。
エルドルド・カンパニーといえば、確かアメリカを中心に展開している軍用AIUの大手のメーカーである。
軍用AIUとは謂わば兵器としての能力のみに特化したAIUの総称で、開発されたAIUの多くは主に各軍事機関へと流れているらしい。
少女の肩書きが本物であるのかはともかくとして、名にエルドルドの姓を冠している時点で彼女は社長の血縁者なのだろうと襲は判断していた。襲が七光りと口走りそうになったのもその所為と言える。
だがそんな襲の心中を余所に、少女の幼き(あるいは幼き少女の)自己主張は続いた。
「兵器開発ならお手の物、特に搭乗型AIUの兵器開発なんて得意中の得意!十八番よッ!」
少女の言葉に暫く大きな相槌を打っていた襲だったが、話が途切れたタイミングを見計らって突然少女の目の前で腰を折った。
“屈んだまま”少女の頭に手を置いて、今度は優しい表情を作った襲が問いを投げる。
「そっか、すごいね!えっと……ミニちゃんだったかな?
ここにはお父さんかお母さんといっしょにきたの?お兄さんたち、やよいさんって人をさがしてるんだけど、しらないかな?」
漢字の全てを噛み砕いたような子供をあやすような襲の口調に、金髪の少女の顔が紅潮した。
「ミニって言うなッ!!」
それは恥じらいではなく明確な怒りであった。
迸るほどの怒気を血潮に宿し、熱く滾る鉄拳が襲の頬を殴打する。
「ごふぅっ」
一回転して床(ただし合板性)に突き刺さった襲の姿に、やや後方に立っていたシェリルは顔色を悪くしていた。一方、脇に立っていたイアノートの表情には明らかな呆れの色が滲んでいる。
「これでも身長百三十五センチ以上はあるわよッ!!てか、その呼び方絶対わざとでしょっ!?」
「……なるほど、確かに良いパンチだ」
「私の話を聞きなさいッ!」
何事もなかったかの如く復帰した襲に金髪の少女は大層ご立腹している様子だが、当の襲本人は涼しい顔をして微笑んでいる。
「ちょっとお兄さん名前を覚えるのが苦手で……ごめんね?ミルキーナちゃん」
「何で若干乳製品ぽい名前になってるのよっ!?アンタ絶対私のこと舐めてるでしょっ!?殴るわよっ!?いいのっ!?」
妙なヒートアップを始めた二人を横目に、イアノートは「既に一回殴っているかと思いますが…」などと零していたが、やはり騒動の中心までは届かなかったらしく。
「いいわ!上等よ!このまま舐められたままなのは癪だし、何か計算問題を出しなさい!華麗に解いてあげるわ!」
「えっと、うーん………じゃあ二足す三は?」
「五よ!というかそれだけ悩んでおいて一桁の足し算出すとか舐めてるでしょ!?足し算ならせめて十桁くらいの出しなさいよっ!」
(あっ、でもちゃんと答えるんですね)
再び、謎な部分が気になったシェリルだったのだが。
襲の襟首を掴みズルズルと引きずりながら、金髪の少女の方からシェリルの方へやって来た。
「もういいわ、アンタじゃ話にならないし。…あの、ちょっとすみませんっ」
「えっ、私ですか?」
たじろぐシェリルに、高慢な態度の全てを消した少女は謙虚に頭を下げた。
「お手数をお掛けして申し訳ありません、何でも良いので何か問題を出してもらっても良いですか?」
「えっと、では……」
シェリルの脳裏を過ぎったのは、先程ミルハレーナが口にした“足し算なら十桁”という言葉であった。
孤児院での暮らしの中で日々子供たちと接してきたシェリルが学び、悟ったことは、“子供を満足させること”――。
つまり“子供”が置かれている状況と今現在の精神状態をみて、聞いて、察した上で、子供たちが満足する方向へと事態を導いていくことである。
(私が出すべき問題は……)
この心得を今現在の状況に当て嵌めるならば、ミルハレーナの主張が全くの嘘ではないことを“彼女自身の力を以て”証明させなければならない、ということだ。
具体的な例を挙げれば、自分が出した十桁の足し算をミルハレーナが無事解ければいい。
(でも……)
一秒にも満たない思考の刹那の中で、シェリルは直面している不安要素へと視線を滑らせた。
問題は彼女の年齢だ。身長が百三十五センチはある(らしい)とはいえ、見た限り日本でいう小学生程度の年齢にしか見受けられない。
そう、つまり一番の問題は十桁の問題が解けるかどうか。だが小学生が億などの数字の単位を認知しているかどうかさえ怪しいというのに、その計算を暗算でさせるのは流石に酷というものであろう。
悩んだ挙句、“優しい少女”は手元の携帯端末の画面を開き、絵画用のアプリを展開した。
真っ白な画面に十億という数字と十億という数字とを縦に並べて描き、なるべくわかり易いようにして“見せる”。
「この問題なんか、ど、どうでしょう?」
「………その優しさが心に痛い」
シェリルから携帯端末を受け取り、何故か泣きながら回答を描き込んでいるミルハレーナ。
その横で「何かお気に障るようなことをしてしまいましたかっ!?」とか何とか慌てているシェリル。
その両名に向けて、襲とイアノートが生暖かい視線を送る……なんて一幕があったことはともかくとして。
突如として復活を果たしたミルハレーナは、金の髪を振り回し、腕組みしたまま予想外なことを告白してきた。
「ってか私は第七高校の新一年生!アンタと同期だからッ!」
少女の発言が全く飲み込めなかった襲が首を傾げていると、苛立ちを露わにしたミルハレーナが上着のポケットから手帳を取り出してきた。それを大きく広げながら、得意げに襲へと突き出してくる。
突き出してきたのはミルハレーナ自身のパスポートであった。書面の生年月日を見る限り確かに十五歳のようだが、パスポートを目にした瞬間襲は顔を青くして、
「偽造パスポート…!?」
「違うわよッ!?」
「おまわりさーんっ!ここに不法入国者がいまーすっ!」などと叫びながら電話を掛けようとする襲に、縋り付いて止めようとするミルハレーナ。
彼女は既に、涙目であった。
「何よっ、本当なのに……じゃあ、どうしたら信じてくれるのよっ!?」
そんな少女の態度に、流石に気不味くなったのだろう。襲は少しバツが悪そうな表情を浮かべながら口を開く。
「すみません……。その、手帳の位置が遠かったので、偽物と見間違えてしまって…」
「私の身長が小さかったって言いたいのっ!?」
予想外な失言に遂には泣き出してしまったミルハレーナだが、襲は「自意識過剰だろ」と不思議そうに目を瞬かせていた。
咎めるようなイアノートの視線に襲は仕方なく、場を取り繕う言葉を口にしようとして。ふと、新たな人の気配を察知し右手の扉へと視線を流した。
「ミル?どうしたの?」
ミルハレーナへと声を掛けながら入って来たのは、黒の前髪の隙間からどこか眠たげな眼差しを覗かせる一人の少女であった。




