Act.54 度し難いのは人の常 <1>
シェリルと楠那たちの会話が一通り済んだ所で、今後の対応について話し合っておくべきだろうと襲は思い立っていた。
「今回の件ですが、俺に全面的に任せてもらっても構いませんか?
もちろん皆さんにも後々ご協力を仰ぐことにはなるかと思いますが、依頼である以上、こちらの方針で事を進めさせていただきたい」
巡らせた紫苑の瞳を真っ先に見返してきたのは楠那だった。
僅かにシェリルへと視線を泳がせてから、平手で襲の肩をバンバンと連打してくる。
「任せたぞ。まぁ仕事の関係上こっちも手が離せないし、お前のことは端から信用してるからな」
「はは、またご冗談を」
「冗談じゃないさ」
乾いた笑い声を上げた襲の額を小突いてから、楠那は苦笑混じりに呟く。
その呟きの重さを冷や汗混じりに噛み締めた後、槙人に目星い情報が入り次第連絡をくれるよう頼み終わった襲は、神妙そうな顔つきでリビングを彷徨いているシェリルの姿が目に留まった。
疑問を覚えた襲は、仕方なさげに声を掛けてみることにする。
「どうかしましたか?」
「はっ、い、いえ。何でもありません」
銀のピッグテールを逆立たせた挙句、声が裏返っている時点で何でもないってことはないのだろう。
こちらと話すことを拒絶している風ならば、襲としても喜んで無視を決め込む所なのだが…。先程から何やら困っていそうな視線をチラチラと向けて来ているので、話し掛けてみた次第である。
今日一日(正確には半日程度だが)行動を共にしていてわかったのだが、どうやらシェリルはあまり外交的な性格ではないらしい。
「あ、あの…」などと口篭りつつ視線を左右に泳がせて、先程から口をパクパクしている少女を見遣りながら、どうやら長期戦にもつれ込みそうだなぁなどと悲観していること数十秒。
ようやく決心がついたらしいシェリルが、何故か妙に真剣な表情で口を開いた。
「あの、私はこれからどうしたら…」
真剣な眼差しに対して、その問いはあまりにも緊張感に欠けるものであった。
思わずズッコケたくなる衝動を堪えながら(カレンならともかくシェリルには普通に心配されそうだったので我慢した)状況を瞬時に整理した襲は、なるべく適当な回答の選択を試みる。
「楠那さんのお宅で暫く厄介になるというのは?」
「そうは考えたんですが…。
澪さんも暫くお友達の家に宿泊させていただくそうで、一緒にどうかと誘われたのですが、流石に…」
「…まぁ、それは確かにちょっと気不味いですね」
フレンドリーな澪のことだ。間違いなく本気で誘ってくれたのだろうが、お泊まり会などという修羅場に単身放り込まれるというのは流石に内向的なシェリルには酷というものだろう。もちろん、澪の友達に多大な迷惑が掛かるという点は敢えて言うまでもない。
かと言って、槙人に身柄を預けるというのは流石に気が引ける。
先程連絡先を訊きがてら槙人に現在の住所を尋ねてみたところ、どうやら七学に程近いアパートで先月から一人暮らしを始めているらしく。学生向けのアパートなどといった所詮規模が知れている居住空間に男女二人を放り込んでおくというのも、これまた非情というものだ。
「カレンの家は岩手だからな…。えっと、失礼ながらお金の持ち合わせは?」
「……申し訳ありません。慌てて飛び出して来ましたので、日本金の持ち合わせは…」
(…いや、謝られても困るんだが)
畢竟、自分が取れる手段は一つだけなのだろうと襲は諦めの境地へと達して。
ため息をつきたくなる心象のまま、彼はある提案を行った。
「わかりました、でしたら家にいらして下さい。一応一軒家なので、不自由な思いは少なくて済むかと」
襲の提案を聞いた少女の反応は、実にわかり易いものであった。
安堵したような表情を浮かべ、その節々に若干の喜びと申し訳ないという感情を綯い交ぜたような複雑そうな色を見せている。
「すみません、宜しくお願いします」
「いえ、こちらとしても互いに連絡を取り合う手間が省けて助かるので、お気になさらないで下さい」
「そう言っていただけると助かります…」
単純に喜べないあたり、やはり良い意味で純粋なのだろうとは思いつつ。
「しかし、シェリルさんは宜しいのですか?来月から高校生になる男子と同じ屋根の下でも…」
「はい?えっと……何故ですか?」
きょとんとした面持ちで小首を傾げた少女を見遣り、襲は酷い頭痛を覚えていた。
「いえ、不快ではないかと思っただけですが…」
「………はい?」
むしろ襲が何を危惧しているのかさえ理解できていないらしく、シェリルは眉を顰めつつ不思議そうな顔をしているだけである。
そんな彼女の脳内でどんな思考が巡らされていたのかは知る余地もないが、次に少女の口から放たれた言葉からは、おおよそその心理を垣間見ることができそうではあった。
「孤児院の子供達とは毎日同じ教会で生活していましたし、大丈夫ですよ?」
「それに――…」と言葉を切って、真剣な眼差しでシェリルは続ける。
「実は楠那さんに襲さんの家に行って、身体でご…ごほうし?してこいと言われておりまして。むしろ断られたらどうしたらいいものかと…」
なるほど、なら仕方がないな。
そう胸中で納得しかかった襲だったが、述べられた言葉の中に聞き捨てならぬ不穏な響きを感じ取り、急速に正気を取り戻した。
……いや、楠那さん何言ってくれてんの?
恐らくシェリルではなくこちらをからかう意図が込められていたのであろうが、流石にやっていいことといけないことがある。
特に少年少女のガラスの心を弄ぶなんてもっての外だ。思春期真っ只中の精神は敏感で過敏で傷付き易いのだから、ガラス製品さながらに取扱い注意の張り紙が早急に張られるべきである。
それに、ストレス過多で精神を患い、犯罪行為に走ってしまったらどう責任をとってくれるというのだ。…まぁ、そんな胆力(?)と甲斐性はもとより自分にはないのだが。
「よくわかりませんが、取り敢えず家に来るのは構いません」
「はい、ありがとうございます」
「家事なら任せて下さいっ」などと妙な張り切りを見せている少女を視界に収めながら、ここまで純粋だとそれはそれで問題なのではないのだろうかと素朴な疑問(心配や不安ではない)を抱いた襲であった。




