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構成術士の欠陥因子 《OD》  作者: 寺鳥 夜鶏
オーバーダイブ編 <中>
54/124

Act.51 顛末と <2>

キッチンの手伝いに入ったシェリルが水道で手を洗いながら「手伝います」と言うと、冷蔵庫の下段の野菜室から玉葱やじゃがいもなどの野菜を取り出していた楠那は「ありがとう、じゃあお願いしようかな」と笑顔で頷いた。


楠那が肉の下処理を済ませている中、黙々と野菜を切っていたシェリルは言い様もない安堵感が胸中を満たしてゆくのを感じていた。

恐らくそれが懐かしさから来る感覚なのだろうと、シェリルは判断している。

日本にいた頃もこうして楠那の料理を手伝っていたという記憶も確かに懐かしさの要因ではあったが、同時に、教会での慌ただしい日々が脳裏を過ぎっていく。いざ思い返してみると、もう随分と昔のことのような気がしてくるのだから不思議なものだ。


どちらにせよ、今はもう、失われた光景。

己の無力さを呪っても決して戻っては来ない、あの場所。

不意に溢れそうになった涙を堪え、シェリルは目の前の作業に没頭した。


「切り終わりました」

「ありがと、じゃあ何か付け合せでも頼める?」

「承りました」


切り終わった野菜を楠那に託し、付け合せの品としてコンソメスープでも作ろうかとベーコンに包丁を入れようとした、その時。野菜の煮込みを始めた楠那が不意に声を掛けてきた。


「シェリル」

「はい?」


まな板の上に包丁を一度置いてから、シェリルは楠那の方へと身体を向ける。しかし声を発した本人は気まずそうな表情を浮かべて、すぐに取り繕うかのように真剣な表情を作った。


「後で詳しい事情を話してもらうことになるけど、大丈夫か?」

「はい、問題ありません。あの……お気遣いの程、感謝します」


顔を伏せながら、シェリルは自分の口下手さをつくづく呪った。

言いたいことが沢山あるはずなのに、伝えなければならない言葉が山ほどあるはずなのに。

自分の感情を、思いを、上手く言葉にできない。

結局のところ、どこまでも自分は作られた「人形」なのだろう。どうせただの人形ならば、いっそ、このやりきれない感情も削ってしまって欲しい。そう、願わずにはいられない。

ベーコンを切りながらそんなどうしようもない思惟を巡らせていると、不意に、背中に温もりを感じた。冷え切ったその身体に、確かな温もりを感じた。


「よく帰ってきてくれた」


ふと視線を下ろすと、背後から楠那の両手が回されていた。

シェリルは目尻から熱い雫が溢れそうになるのを堪えながら、楠那の手にそっと、割れ物でも触るような手付きで自分の手を重ねた。


「私も今回の件の手伝いをしたいが、生憎大きな仕事が入っていて暫くここを離れなければならない。

だから私の代役を襲に頼んである。もう気がついてるかもしれないが、アイツは根性と性格が捻じ曲がってるクソ野郎だ。だが、頼まれたことだけはキチンとこなす真面症な面もある」


「だから――」と楠那は苦笑交じりに言葉を切った。キッチンカウンターの向こう側でカレンと口論を続けている襲の姿を視線に収めながら、留まり掛かった言葉を紡ぐ。


「私の代わりにアイツを頼れ、いいな」


有無を言わさないような口調でそう告げて、楠那はシェリルの返答を待たずに調理に戻った。




      ◇◆◇◆◇◆◇




楠那とシェリルが用意してくれた料理に舌鼓したつづみを打ちながら、誰もが他愛のない会話を続けていた。ここで本題を切り出そうとしないのは、言うまでもなく澪のことを気遣った為である。

食事を終え、片付けを始めた女性陣(ここにはカレンも参加していた)見送りながら、襲は懐に忍ばせていた黒い箱を取り出していた。食後のお茶を嗜みつつ、何やらフィルムディスプレイでデスクワークを始めていた槙人へと声を掛ける。


「浅野さん、一つ頼みがあるんですが」

「はい、なんでしょう?」


襲の問い掛けに不満の色さえ見せず、槙人は画面から顔を上げた。

会話を続けても大丈夫そうだと判断した襲は、手の内で温めていた箱をテーブルの上に置き槙人の目の前まで滑らせる。


「……これは?」

「七学に侵入者したアンドロイドの頭に入ってた装置です。できれば早急に、『中身』の解析をお願いしたい」


槙人は黒い箱を手に取りもう片方の手で眼鏡のフレームをくいっと持ち上げながら、探るような視線をこちらへと向けてくる。


「なぜ私に?」


槙人の詰問に襲は口先だけの嘘偽りで誤魔化すのではなく、敢えて客観的で素直な感想を述べておくべきだろうと思った。


「今身に身に付けていらっしゃる眼鏡型のAIUと、手元に置かれているディスプレイ型のAIUの操作を『視て』いて、浅野さんは思念波の操作をかなり心得ているようだと思ったもので」


デスクワークとは言っても槙人が用いられていた入力装置はキーボードの類でも、視線ポインタの類でもない。強いて言うならば脳波アシスト装置の類だが――正確には携帯型のコンソール。つまりは、七学に設置されているコンソール同様、思念波でも操作可能なAIUの一種である。

一聞、肉体ではなく精神で――思念波でコンピューターを操作した方が断然早そうな気もするが、残念ながらそう単純な話でもない。

思念波から感情に関するデータを上手く抽出できれば話は別なのだが、現状それは困難を極める。だからこうした情報処理用のAIUの大半には従来通りの電子機器による入力装置が備わっており、それは七学のコンソールも例外ではなかった。


それでも思念波を入力装置の一つとして扱おうとするならば、コンピューターそれぞれに思念波の周波数と入力コードを対応させ、キーボードのように一つひとつ定義させていく必要がある。「A」の代わりにこの周波数の思念波を、「B」の代わりにこの周波数の思念波を…といった感じに、だ。

どう考えても効率的な操作方法ではないが、非常に良い思念波のコントロールの訓練になる為、構成学に関する一部の施設では訓練の一環として採用しているところもあるらしい。


ともかく、槙人がこうした非効率的な装置を実戦レベルで扱えるということは、相当思念波の操作に自信がある、ということだろう。襲はそう判断していた。


「思念波の扱いに長けかつ装着型のAIUを扱っているということは、浅野さんが情報収集能力に長けていらっしゃるのではないかと勝手ながら判断しました。誤解でしたら申し訳ありません。

ですが、能力の有無に関わらず。“楠那さんを含めたとしても”、この中では浅野さんが最も適任だと俺は思っています」

「……わかりました、お受けいたしましょう」


僅かな思考を経て返された言葉は、依頼を引き受ける旨を伝えるもの。しかし、槙人は襲の目を真っ直ぐに見据え、問い掛けを重ねてきた。


「ですがその前に、一つだけ質問しても宜しいでしょうか?」


槙人の問いに、襲は静かに頷く。

躊躇いもない動作に槙人は襲の覚悟を悟ったのか、一段と真剣な表情を浮かべて続けた。


「“中身”が一体何なのか…。本当は、心当たりがあるのではないですか?」


――その時。

襲の視線は槙人ではなく、洗い物が終わって戻って来たシェリルへと流された。シェリルの姿を捉えた襲の瞳に、一瞬だけ、感情の色が走る。

それを確かに見咎めた槙人は、視線を戻した襲にわかるように黒い箱を懐へと忍ばせた。




    ◇◆◇◆◇◆◇




「カレンさんもはやくはやくっ」

「あ、うん。もうちょっと掛かるから澪ちゃんは先入ってて」


あられもない格好で浴室に飛び込んで行った澪を見送りながら、ふと、カレンは上着のボタンに掛けていた手を止めて自問した。


(……あれ、何で私までお風呂に入ろうとしてるんだっけ?)


洗い物が終わった女性陣だが、そろそろ本題に入りたいという襲の主張(これは暗にそろそろ帰りたいと言う意思表示でもある)で澪の足止め役を一人用意しなくてはならない、との結論に至った。

ここまでは良い。普通に理解できる。

だがその人柱ひとばしら(?)をいざ決めるとなると、襲が突然、妙なことを言い出したのだ。



『ここに来る前からずっと思ってたんだが……。

カレン、何でお前まで付いて来てるんだ?お前関係なくね?』



衝撃だった。


このタイミングであんなことを切り出されるとは、全くもって予想だにしていなかった。

確かにシェリルの件を襲に押し付けたのは自分だ。そして楠那さんから何か頼まれた――らしいのも、襲だけだ。確かに客観的に見れば、自分とは関係のない所で話は進んでいるように思える。


だが、それでも。私も当事者ではないか、とカレンは胸中で主張する。


実際に侵入者と事を構えたのは自分も同じだし、本当に短い間ではあるが、シェリルという少女と行動を共にした。知り合いが何か重大なトラブルに巻き込まれているともなれば、心配し、助けたいと思ってしまうのは彼女の性分であり、人として普通のことではないのだろうのか?

なのに…なのに、アイツはっ…!


『カレンさーん。まだー?』

「はっ――!す、すぐ行くっ」


無意識の内に握りしめていた拳を解き、カレンは慌てて制服を脱いで洗濯カゴの中へと放り(放ったのは気持ちであり、洗濯物は畳んで)入れた。髪留めを解きするすると下着に手を掛けながら、手早く入浴の準備を済ます。

この際、人のことを生贄に捧げた非道な幼馴染の事は一度ひとたび(心の)棚に上げておくべきだろう。このままの不機嫌そうな態度では、きっと澪ちゃんまで迷惑がかかってしまう。

ポジティブにそう判断を下して、カレンはタオルを片手に浴室の扉を潜った。


「……へぇー、結構広いのね」


湯けむりの先に広がった光景を一目見て、カレンの心に浮かんだ感想はそれだった。

一般家庭より一回り大きい家だとは言え、浴室の大きさは一般的なものより二回りは広いだろう。浴槽も広くゆったりとしていて、澪とカレンが一緒に浸かってもまだ余裕がありそうだ。


「こっちこっちっ」


洗面台の前に腰を落とした澪が、シャワーノズルを片手に無邪気な笑顔でカレンを手招きした。釣られて、カレンの顔にも笑みが浮かぶ。


「澪ちゃん、私が身体洗ってあげようか?」

「えっ、いいの!?」

「ええ、お姉さんに任せなさいっ」


「じゃあ洗いっこしよう!洗いっこ!」などと、無邪気に微笑む澪の髪を洗い始めながら。

詳しい事情は、後で襲でも絞って聞き出せば良い。カレンは自身の感情にそう折り合いを付けて、今はこの時を満喫しようと思った。



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