Act.32 仄昏く <2>
とにかく今は時間が惜しい。
目指していた進行方向を指差して、襲は妄言じみた意見を並べた。
「詳しくは知らないが、俺は補給物資の搬入口が怪しいと踏んでる」
「なんでよ?」
「大きな理由としては、まず、セキュリティシステムが限りなく無人に近いからだ。セキュリティゲートの電源が落ちてしまった場合、事実上フリーになりかねない。
いつも決まった企業から補給品を受け取っているが為に、監視の目も緩みやすいしな」
「でも、それだけじゃわからないでしょう?」
「ああ、だからここに来るまでの途中で第七学園の地下の配線状況を調べてきた」
襲はポケットからTIGを取り出して、電子資料をホログラフとして立体出力した。
揺らぐように空間投影されたとある一点を指差して、続ける。
「これは現在の七高の配線状況をリアルタイムでモニタリングしたものだ」
「どっからそんなものを持ってきたのよ」
「……とにかく、ここを見てくれ」
クラッキングか何かしたんでしょ?とでも言いたげに半目で勘ぐってくるカレンを余所に、襲はささくれだった言葉で彼女に映像だけを見るよう促した。
渋々といった様子で、カレンが映像を覗き込む。覗き込んだ瞬間、彼女の顔色が曇ったのを見咎めて、襲も目線で頷く。
ホログラフに表示されている映像は、学園の北西、輸送品搬入口のある裏門で配線が切断されていることを示していた。
「カレンもここに来るまでに転倒しているトラックを見たか?」
「ええ、見たわ」
「俺の記憶が正しければ、この学園への輸送品搬入には北西にある裏門から入り、一度検査を受ける必要がある。だが、俺が転倒現場に居合わせた時、この車両は何故か南西から来た」
カレンの視線が何かを勘ぐるような、有り体に言うと疑いの目を向けてきたが襲はしれっと受け流した。
こうした仕事中の寄り道は有人車両ならば補填以外の有事が発生していた可能性も否めないが、無人車両ではルートの変更に学校側との事前の手続きが必要となる為、防犯面から見ても考え難い。
襲はそこまで理解してもらった前提で、話を進める。
「もしかしたら、偶々なのかもしれない。むしろ複数の区画を掛け持ちしていた車両であった可能性も十分にある。
だが、事故発生時に派手に転倒したことから見ても、あのトラックはまず改造車両と見て間違いないだろう。今時いくらハンドル操作を誤ったからと言って、自動運転制御システムが内蔵されていれば転倒は避けられたはずだからな」
市販車両は原則として障害物との接触を回避する為に、慎重に慎重を重ねたような走行支援システムが組み込まれており、これは趣味でのドライブ、つまりマニュアル運転を含め本来強制的に発動するものである。
つまり車体に内蔵されたセンサーが危険を察知した場合、システムが強制的に車体を操作して危険を回避しようとする。ここに操縦者の意思は一切介在しないし、しようがない。
あの時襲が椿の救出に動いたのも、あのトラックが改造車両であることを見抜いた為である。彼の「眼」は、トラックの電装部品の改造を電磁波の異常として見抜いていた。
それはともかくとして。
第七学園の外壁にはICチップが隙間なく埋め込まれており、普通の車両ならば突撃しようとしてもその直前にシステムが作動して衝突を未然に防いでしまう。
こうした衝突回避システムは外壁のみならず各ゲートにも作用しており、一定速度以上でゲートに突入しようものならば強制的に停止させられた上に最悪通報されてしまう危険性もあった。
侵入者が短時間での突入を目論んだ以上、敢えてそれらのシステムを破壊しておく必要があったのだろう。
「これは推論だが、侵入者は“一連の混乱”に乗じて学園内に突入できるよう、車両を予め改造しておいたんだと思う。
危険回避システムの強制的な介入を回避できれば、多少強引にはなるが学園内には潜り込めるだろうしな」
「ま、待ってっ!それって……」
襲の言葉にカレンは悲鳴じみた声を上げた。予想通りの反応に彼は口を噤み、詰問を待つ。
声を上げたカレンと言えば、青ざめ、明らかに動揺している様子であった。それでも軍人たる矜恃がそうさせるのか、強い意思を感じさせる声音で問うてくる。
「まさか、今回乗り込んできた連中は、シャドウの出現を予期していた……?」
流石に敏いな……。
襲は胸中で嘯いてから、ややオーバーな動作で頷いた。
「正確にはフリークス粒子の濃度上昇を予期していたと言うべきだろう」
「で、でも、フリークス粒子の散布情報は軍の機密事項だし、仮にそれが傍受できたとしてもこんな短時間で……。
いいえ、そうじゃない――。学園のセキュリティが麻痺するたったの数秒を連中はどうやって予期したっていうのよっ!?軍の最新設備ですら、ここまで正確にわからないわっ」
彼女の混乱に無理もないとは思いつつも、襲はあくまでも冷静に、指先のジェスチャーだけでカレンに思考のクールダウンを促した。それを見てようやく少し落ち着きを取り戻したカレンだったが、興奮冷めやらぬ、といった様子は変わらない。
いや、彼女は興奮しているのではない。ただ、恐怖していた。
「まさか……連中はシャドウ観測システムを完成させてるって言うの?」
「さあな、それはわからねえよ…」
襲はわざとらしく、口調をややおどけた調子へと変えた。
その真意を測りかねる少女は苛立ちを隠そうともせず、やや言葉を荒げる。
「そんなの……最悪のケースじゃない。連中が何者かは知らないけど、こっちがシャドウの対処に追われている最中にタイミングを計られたようにテロでも起こされたら対処のしようがないわよ」
彼女の言い分はもっともだ。
だが襲は、テロを最悪のケースだと思い込めるほど、幸せな思考回路は持っていなかった。
彼は不意に、何かを探るような動作で空を振り仰いだ。
視線の先には何もない。
暗雲立ち込める……わけでもなく、ただ広がる青空に対し、祈るように呟く。
「それだけだったら、まだマシなんだろうが……」
「えっ……?それってどういう――」
襲の何気ない呟きに、カレンは言い様のない不安を覚えた。
いつも飄々としていて掴み所がなく、如何なる時もその口元に余裕を含ませた笑みを消すことはない、そんなアイツが「何か」を畏れるような目をしている…?
カレンの動揺を余所に、襲は視線を地上へと戻した。TIGを手早くポケットに仕舞い込みながら、告げる。
「取り敢えず俺は、これから中央図書館へ向かう。もし連中の狙いが学園の機密情報なら、メインサーバーのあるここへ向かってるはずだからな」
「なら、私も行くわよ」
迷いなく口を挟んだカレンに驚く様子もなく、襲は確認の言葉を並べた。
「いいのか?軍のお仕事は」
「まだ時間はあるし、大丈夫でしょ。それに――下手したらこれは、学園だけの問題じゃ済まないみたいだし」
彼女は口早に、実に軍人らしい口調で答えた。それから襲の姿を正面から捉え、深々とため息を零す。おい、他人の顔を見てため息をつくのは止めてくれ。
そんな襲の心中を余所に。不快感を滲ませたように顔を顰めた襲を見て、カレンは片目を閉じ、いたずらっぽく微笑みながら、
「そもそも、こんな長ったらしい説明を私にしたってことは、元からそのつもりだったんでしょう?」
先程の彼と同様、彼女は少しおどけたような口調で言った。
カレンの態度に、本当に敏いな……と襲が思ったかはともかくとして。
口元に皮肉気な笑みを浮かべた襲は、くるりと身を翻した。
その脇に、左手首に腕輪型の赤のAIUを嵌めた少女が立つ。
「なら、遅れるなよ?」
「はっ、それはこっちのセリフよっ!」
同時にアスファルトを蹴った二人は、アスファルットを踏み砕く爆音と共に並木道を瞬く間に駆け抜けて行く。
侵入者を、排除せんが為に。
そして襲とカレンは、波乱の渦中―――中央図書館へと身を躍らせた。




