Act.31 仄昏く <1>
とにもかくにも。
泣き止んだ少女は先刻から一転、強気な態度で襲へと「お説教」を始めていた。
『“私が指摘するのは筋違いだとは自覚しています”。ですが、その上で言わせていただきます。襲さんは自分が今、どれだけ弱いのかをちゃんと自覚しておくべきです』
だがどこか、唯の言葉に自らの非を責めるような感情が含まれていたことを襲は見逃さなかった。
唯が抱える、不安の一部を垣間見た気がして―――襲は困惑した。
自責の念を感じる必要性など微塵もないはずなのに、未だに彼女は「それ」を引き摺っているのだろうか?
思わず、襲は柄にもない言い訳を口走りそうになった。
「いや、あのな。確かに唯やカレンと比べれば弱いかもしれないが――」
『いいえ、全く自覚が足りません!いいですか、詞素が全く使えない今の襲さんはザコです。物凄いザコです!』
ザコだザコだと罵られ、早くも彼の脳は正常な思考を停止しようとしていた。
酷い言われようだ……とは思ったものの、言い返す言葉もなく。襲は正座させられているような心持ちで頷く。
「そ、それもそうだな」
「あ、認めた……」
脇から何やら蔑むような赤の視線が送られてきたが、見なかった振りをして。
襲は唯の言葉をただ無心に享受することとした。
『少なくとも、極力、私が第七学園に行くまではくれぐれも無茶は止めて下さい』
「善処する」
『約束して下さいっ!!』
唯の強い言葉と視線に咎められ、襲は知らず息を詰まらせた。無言の拒否を試みるもやけに凄みの効いた視線に威圧され、思わずたじろぐ。
仕方なく、彼は約束という名を騙る、ただの逃げ冗語を口にすることとした。
「……わかったよ、無茶するのは今回だけにする」
『やっとわかって頂けました―――か?』
襲のセリフに彼女はサファイアのような瞳を丸くして、声音の湾曲と共に首を傾げた。
疑問を体現したような愛らしい仕草に襲は一際酷薄な笑みを浮かべ、ニヤリと破顔する。
「よし、じゃあ本人の許可も得られたことだし、俺はひと仕事あるから失礼するな」
『えっ、あの?襲さん?』
してやったり。
未だに会話に付いて来られていない様子の唯は画面の向こうでアタフタとして、襲の顔色を伺う。対する襲は逃げるが勝ちと、さっさと会話を切り上げることとした。
態とらしく、気障ったらしく、微笑む。
「詳しい話はこの山が終わったら改めてしよう。じゃ、元気でな」
『はぁっ!?ちょっ、ちょっと待って下さい。さっきの言葉はどういう意味ですかっ!?』
「そのままの意味だが?まぁ、敢えて言うなら……そうだな。唯の言うところの無茶とやらをしてくるってことだ」
襲の説明に彼女は目を瞬いて、画面から飛び出さんが如く素早く画面に飛び付いた。
『襲さんっ?!私の話聞いてなかったんですかっ!?』
当の本人は実にクールな表情でテキパキとTIGを操作し、テレビ回線を切断しに掛かる。
そんな襲の様子に見かねた唯は激情を露にし、ガタガタと画面を揺らしながら口早に捲し立てようとしたのだが。
「じゃ、中学の友達と仲良くな?」
『あのっ、襲さ――』
「切るぞー」
『もうっ、お兄さんのバカっ!今度会ったらただじゃ――』
強引に襲が回線を切断してしまったが為に、反論を並べることすらままならなかったようであった。若干の罪悪感を感じないでもなかったが、今は一秒でも時間が惜しい。
(……後、お兄さんって呼ぶな)
何やら物騒な単語が耳に飛び込んで来たような気がしたが、取り敢えず聞かなかったことにしておいて。
襲はバックライトを落としたTIGをカレンへと投げ返し、ゆったりと重い腰を上げた(精神的な意味で)。
「あーあ、かなり怒ってたみたいだけど……。知らないわよ、私」
腕組みをしたままこちらに声を掛けたのは、疑うまでもなくカレンであった。
何気ない言葉に何か引っ掛かるものを感じた襲は、返事を忘れ思考を巡らせる。
「あ、マズい」
数秒の後、違和感の正体を思い出した襲は、背筋が凍るような恐怖にその身を震わせた。
(やばい、ハンカチの件を謝罪するの忘れてた……)
貰ったハンカチをなくした――ならまだしも、身も知らない他人にあげてしまったともなれば間違いなく彼女は激怒することだろう。
謝るどころか逆に激昂させてしまい、完全に謝罪するタイミングを失ってしまった襲は、先刻から抱いていた不安が現実の未来となりつつあることを理解した。
声には出さず、そう悲観して。
彼女の忠告を胸に刻みつつ、襲は疲れたような笑みを浮かべる。
「埋め合わせはするさ。そ、そのうち」
「ま、いいけど……。それより、さっき襲が言ってた仕事って何なの?」
こちらとしては、一高の制服に身を包んだ彼女が何故この場にいるのか……という疑問の方が大きかったのだが、それを訊ねるのは愚問であろう。構成術士として正式なライセンスを取得しているカレンがわざわざ第七学園に来たということは、十中八九軍絡みに違いないのだから。
襲は瞬間的に判断を下して、何の含みもなく、まるで世間話でも始めるような緊張感のない口調で重大な事実を口にした。
「この学園のメインサーバーが、内部から何者かの手によって攻撃を受けたらしい」
「攻撃っ!?しかも内部からって……随分と物騒ね。全く、ここの警備は何やってるのよ」
「いや、今回のことは侵入されたとしても仕方ないと思うが」
この場に居もしない不特定多数の人物を弁明するような言葉を口にしながら、襲は苦笑を浮かべた。
苦笑を向けられた少女は不機嫌そうに、緊張味の欠ける彼の言葉に眉を顰めて問い詰めるような目線を作る。
「どういう意味よ?」
彼女の疑問に襲は回りくどい解説を抜きにして、事の核心から語り始めることとした。
「今朝方、交通事故が多発したのは知ってるよな?」
「ええ、もちろん。国はただの通信障害なんて体のいいこと言ってるけど、恐らくフリークス粒子の濃度上昇が原因でしょうね。それがどうしたって言うのよ?」
カレンの主張は最もだが、襲は今回の件に関してはそうは思っていなかった。
小さく頭を振って、語る。
「これは一部の詞素にも当てはまる性質ではあるが、フリークス粒子は周囲の電磁波を吸収しそれを変換する形で特殊な電磁波を発している。
だから奴らが襲撃して来るに際して出現地域一帯で大規模な通信インフラの混乱が発生するのも、おおよそこの性質の所為だと言ってもいい」
そこで一拍の間を置いて、カレンの顔色を伺った。
見る限りどうやらまだ話が飲み込めていないようである。少し説明臭いとは思いつつも、襲は己の思考の整理も兼ねて続けた。
「この影響は学園の内部施設はともかくとしても、外部施設には少なからず影響が出るはずだ。
具体的に言うと、詞素大学が保有している発電衛星などに一時的な混乱が見られる可能性が高い」
「それは……確かに発電衛星はもろに影響を受けるでしょうけど、他の外部の施設は考え難いんじゃないの?」
彼女の指摘に襲は頭を振った。
「いや、案外そうでもない。学園内と外部施設との情報の共有は、ほぼ完全に電波通信に頼っている節がある」
これは学園の電力供給面にも当てはまることであり、学園を取り囲む外壁の地下構造を考慮してか、一部の電力を発電衛星から送られてきたマイクロ波を受信することによって発電する「宇宙太陽光発電」に頼っている一方、学園の内部でソーラーパネル等による自家発電も行われている。
これは構成術士教育機関独特の特徴でもあり、詞素大学付属校の多くが他の発電施設からの電力供給を受け付けていないのは、建造物の構造材や断震装置をはじめとする地下施設等の構造上の問題。そして、構成術の行使による有線の断線が憂慮された結果だと言える。何よりも、情報の機密性を維持する為でもあった。
「それはともかく、発電衛星からの電力供給が止まった場合、ソーラーシステムによって蓄電した予備の電力へと移行する際に少々ややこしい手順が生じるらしい。恐らくはデータの損失やクラッキングの対策、そして保存している電子資料の保護を優先している為なんだろうが……。
まぁ、それでも警備が手薄になるのは数秒程度だろうな。それも一部の施設に限定されるはずだ」
「一部の施設?」
早口に言葉を並べた襲は、ちらりとカレンの横顔を盗み見た。
思案に耽る少女の凛とした表情は美しい絵画さながらであったが、そんなことに意識を向けている暇は襲にはなかった。




