Act.26 暗雲 <1>
模擬戦を終えた彼らは、再び部室(?)へと戻って来ていた。
道中、失神から回復したダリウスに一応加害者として肩を貸そうとした襲だったのだが、「うるせぇ、触るんじゃねぇ!」と本人に強く拒絶されてしまった為、手持ち無沙汰となってしまった。
その際、彼の目尻に透明な雫が溜まっていたことは、本人の名誉の為に胸に仕舞っておくこととする。決して他人に面白半分に話したりしない。神に誓って。まぁ、別に信じてはいないのだが(ここ重要)。
とまれ、コンソールの件で生徒会へ出向いたベリルを除くメンバー全員が、取り留めない会話を交わしながら教室に戻り方卓へと着席していた。
「そうだっ。昨日新しい茶葉買って来たから飲んでみようよ」
「すみません。なら自分も……」
「いいからいいから、雨宮くんは席に座って待ってて」
鼻歌交じりに紅茶を淹れ始めた明日香を手伝おうと襲も席を立ったのだが、案の定やんわりと追い返され、やることがなくなってしまった彼は大人しく席に着いて待つこととした。
紅茶を淹れ終わり、明日香が席に座ったところで。
落ち着かない時間が終わったことを察知した襲は、ようやく気掛かりだったことを口にできた。
「ところで、参加試験の結果についてですが……」
既に忘れかけていた者もいたらしく、襲は思い出したかのような表情を浮かべたメンバー(明日香と紗雪)に知らず咎めるような視線を送りながら下される回答を待つ。
明日香は紗雪を、鷹明を見遣り、それからやや不機嫌そうなダリウスを見て、襲へと笑い掛けた。
「文句無しの合格です。我々七高ボランティアサークル(仮)は、貴方をメンバーの一員として歓迎致します」
「ありがとうございます」
他のメンバー。特にダリウスから反対の意見が上がらないことからも、取り敢えずは入部を許可してもらえたらしい。
自分の得意な競技で勝負させてもらった挙句、競技用ではなく実戦用のAIUを使った勝負だったならばきっと勝てなかったであろう勝負を終えて(少なくとも襲自身はそう感じた)、正直合格基準がわからなかった襲はようやく肩の荷が下りた思いだった。
それにしても、この(仮)に対する彼女の熱意は一体……?
「じゃあ詳しい作戦資料はベリルからもらうとして……」
襲が深遠な命題を思索しているうちに、明日香は何やら紗雪へと目配せすると、紗雪とふたりニヤリと意味深な笑みを浮かべていた。
何やら良からぬことを画策しているのではないかと一瞬身構えてしまった襲だったが、どうやらそういうわけではなかったらしい。
部室の奥に引っ込んだ二人を警戒の眼差しで見ていた襲とは別に、鷹明は随分と落ち着いているようだった。
初めのうちは「自分には害がなさそうだ」と実に小悪な(?)他人行儀の現れだと思ったのだが、どうやら本当に警戒していないらしい。不思議に思った襲が恐る恐る訪ねようとしたタイミングで、二人が何やら妙な品を持って戻って来た。
「ただいまー」
明日香の手には七高の校章がプリントされた、手のひらサイズの小さな黒い箱が。
紗雪の手にはそれよりも一回りほど大きい、白い箱が握られている。
取り敢えず無視を決め込もうかと思っていたのだが、二人の視線から察するに、どうやら自分にも無関係な代物ではないらしい。
訊け、ということだろう。奇妙に思いながら、襲は良い笑顔を絶やさない明日香へと訊ねてみる。
「先輩方、その手に持っている物は?」
「やっぱり気になっちゃう?」
「えぇ、まぁ……」
良くぞ訊いてくれました、とでも言いたげな表情を見せた後、実に芝居がかった動作で明日香は顔の高さまで黒い箱を持ち上げて見せた。
ニコニコと笑みを隠そうともせず、実に楽しそうに答える。
「実は、晴れて新入部員となった雨宮くんには、我々先輩一同からプレゼンがありますっ!」
「プレゼント……ですか?」
「うん、取り敢えずは開けてみて」
説明する手間を惜しんだのか、あるいはサプライズ性を重視したのか。幸いにしてラッピングこそされていないものの、やはりプレゼントと言う単語には慣れないものがある。
しかし彼の中で懸念要素となっていたのは、これを用意したのが彼女たち先輩だという点であった。失礼な話ではあるが、何が仕込んであるかわかったものではない。
もしかして、開けた瞬間爆発!とか、浴びると急激に老弱する煙とか出すんじゃないのか?コレ……。
竜宮伝説の主人公はこのような心境だったのかもしれないと、襲はややズレた感想を抱きながら。「ありがとうございます」とお礼を口にしつつ、震えそうな両の手で黒い箱を受け取る。
手に持ってみて初めてわかったのだが、見た目に反して意外としっかりとした箱であった。重くはないが、安っぽくはない。
個人的には金属探知機と薬物検査を通してから開封といきたかったのだが、そう言うわけにはいかないらしい。先を促すような視線に誘われて(脅迫されて?)、実に慎重な手付きで箱を開ける。
(儘よ……)
襲の予想に反して、箱は素直に開いてくれた。
爆発はもちろんしなかった。毒ガスも老化ガスも発生してない。
どうやら危険はなさそうだと内心安堵しつつ覗き込んで見ると、中には金属製の校章が入っていた。
七高という二文字と、その背後に刻まれた水晶六角柱。
正確には水晶ではなく、詞晶石と呼ばれる圧縮詞素結晶が図案化されたデザインが、その校章には刻まれている。
詞晶石はこの街で開発された詞素の保存技術の一つで、詞素を特殊な構成式を介して結晶状態に結合し安定化させる技術、及びその結晶自体を指す言葉だ。詞晶石の色は紫がかった透明で、外見的にはアメジストに近い。詞素を利用した装置の開発には欠かすことのできない、構成術分野に革命を起こしたとも言える生成物である。
そもそもここ「ウィスタリア」は、この詞晶石の生成技術を起爆剤にして発展した街でもある。
鮮やかな青紫色の結晶で発展した街。その街に敷居を構える第七学園にとっても、様々な意味で馴染み深いシンボルであろう。
そんな奇妙な感慨に浸りながら校章を指で摘み、襲は訊ねた。
「これは七高の校章ですよね?確か入学式の際に学生証と共に配布されるはずですが…」
「大丈夫、それは『優奈』の校章だから」
随分と素っ気ない返答に、襲は息が詰まる思いがした。
正直何が大丈夫なのか余計にわからなくなってしまったが、彼女の行動が示す意味が理解できないほど鈍くはない。
手の内に落とした「形見」を無意識のうちに強く握りながら、襲は顔を上げた。
「宜しいんですか?」
「七高の生徒として作戦に参加するのに、校章付けてないのもあれだしね。
あっ、でも作戦が終わったらちゃんと返してね?」
「勿論です」
人質ならぬ、モノ質と言うわけか……。
胸中でそう苦笑して。
襟首に校章を付け終えた襲は、ふと突発的な疑問に駆られた。
「あの……他のメンバーの分の校章はあるんですか?」
「他のメンバー?あっ、もしかして夜宵ちゃんのことかな」
そういえば説明してなかったっけ?と、明日香は魅力的に呟いて、
「雨宮くん以外にも一人、夜宵ちゃんっていう今年中学三年生になる女の子が入ってるんだけど、今度の作戦の準備が忙しいらしくて今日は来れてないんだ。
七中の後輩だし個人的な付き合いもあったから心配はしてないけど、明後日は一緒に頑張ってもらうことになるから仲良くね?」
七中の後輩?まさか、中学生がこのサークルに入っているのか?
それは流石に色々と不味いだろうと、襲は眉を顰め困惑を露わにした。
そもそも中学生の参加が既に許されていたならば、自分に対する風当たりがもう少し弱くても良かったのではないかと内心疑問を抱きつつ、諭すような口調で詰問する。
「待って下さい。今年高校生になる俺はともかく、中学生も作戦に参加させるつもりなんですか?」
「だ、大丈夫だよ。彼女には私たちのバックアップをお願いしてるだけだし、実際に戦場に立つことはないから安心して」
「はぁ……?」
そんなことが言いたかったわけではないのだが…。
ともあれ、思いがけない形で多くの情報が得られた。生返事を返しながらそのことに一人満足していると、今度は紗雪が箱を片手に切り出してきた。
「携帯通信端末だ。一応ウチは極秘裏に仕事を請け負ってるからな。作戦中はこれを使ってくれ」
やや乱暴に差し出された箱を手早く開けてみると、中には薄型携帯端末が収まっていた。
外見としては一世代ほど前まで携帯端末の主流であったスマートフォンそのものだが、彼にはこの端末に見覚えがあった。
「もしかしてTIGの最新型ですか?」
「なんだ、知っているのか?」
「ええ、まあ。先月話題になりましたからね」
TIGとは、大手AIUメーカーVITA・JEWEL社によって先月発表されたばかりの新型の術式携帯端末のことである。まぁ言い換えれば「術式を持ち歩く為の携帯型端末」とも表現できるだろうか。
本来ならばAIUに内蔵されている術式(詞法陣)を変更する為には、専用の調整機と専門的な技術が必要とされるのに対して、TIGは交換したい術式をタッチパネルで操作して選択するだけでいい。AIUに内蔵されていた術式を、自動的にTIG内に登録されていた術式へと描き換えてくれる。
術式を登録できる容量は一般的なAIUの五倍ほどで、更にはメールや電話といった基本機能も一部使用可能だ。処理能力的にAIUとして使用することはできないが、飛行機の機内などのAIU持ち込み禁止区域にも問題なく持って行ける、そう言った意味でも話題といえば話題なのかもしれない。
とは言え、TIGの新型の発売は半月後のはずである。正直、何故ここにそんなものがあるのか疑問を禁じえないが、取り敢えずは冷静を取り繕っておいた。
そんな襲の心中を悟ってか、紗雪が事情を説明してくる。
「軍からの支給品だ。一応、初期設定と部員全員の連絡先の登録は済んでる。
すぐにでも使えるとは思うが……操作方法はわかるか?」
「はい、一応これでも工学科志望ですし。ですが自分の詞素容量で起動できるかどうか……」
と、彼は嘘をついた。
その嘘には気づく素振りもない紗雪は、襲が工学部希望であったことと、彼の体質について思い出していたようで。些か気まずそうな表情を浮かべる。
「そう言えばそうだったな。でもまぁ、心配しなくても通信端末としての機能ならバッテリーで使用できるから大丈夫だぞ」
「そうですか。なら問題ありません、活用させていただきます」
親切にも教えてくれた紗雪に頭を下げつつ、彼は妙な心境に陥っていた。
嘘をついたことに対してではなく、手元にある装置について思案する。
(実物を見るのは初めてだが……なるほど、軍に流れていたのか)
同時に納得した。確かに、軍と繋がりの強い“アイツ”ならばやりそうなことだ。
思考の合間に赤い髪の幼馴染の姿が脳裏を過ぎり、一人頭を振る。確かアイツは別の学校に通うと言っていたが、今回の件を既に知っているのだろうか。
いや、それは愚問だろうな、と胸中で苦笑を零す。
アイツは既に立派な軍人だ。軍に所属している者として今回の騒動を把握しているのは当然だろう。あるいは、こちらとはまた別の情報を持っているのかもしれない。
正直相手をするのは面倒ではあるが、この非常時において情報が多いに越したことはないだろう。
なんとか連絡がつかないだろうかと思案しつつも、取りあえずは手元のTIGを何とかしておこうと襲はテキパキと慣れた手付きで機械を弄り始めた。




