Act.25 フォノンアーツ <6>
ボロボロになった競技場が一瞬で修復されるという光景も視覚的になかなかショッキングなものであっただが、それ以上に襲は鷹明の構成術士としての才能と実力に度肝を抜かれていた。
「凄いですね……」
「まあなっ!鷹明には何度もここを直してもらってるし、コンソールに内蔵されてた詞法陣を予めAIUか何かに登録してあるんじゃないか?」
横から差し込まれた紗雪の言葉に、なるほど……とは思いつつ、ふと浮かんだ疑問を口にしてみる。
「まさか一番合戦先輩……何度も競技場壊してるんですか?」
「お、おいおい、そんな言い草は止めてくれっ。これでも、ここ半年は壊してないぞ!!」
それ以前は相当な頻度で壊してたんですね…。
とでも言いたげに半目になって紗雪を見据えていると、彼女は思い出したと言わんばかりに顔を輝かせ、襲にずいっと顔を寄せてきた。
「そんなことより、さっきのは何なんだ。ダリウスを昏倒させた技!『神衣』が使えるなんて聞いてないぞ!?」
いや、教えちゃったら試合するとき不利になっちゃうだろ。と襲が胸中でツッコミを入れていると、
「あっ、そういえば私もそれ気になってたんだっ。客席からじゃよく見えなかったけど……一体何したの?」
紗雪に便乗してきたのは、ダリウスの看護をしていたはずの明日香だった。膝にダリウスの頭を乗せたまま小首を傾げて聞いてくる。
そんなことより(それもかなり気にはなったのだが)襲にとって最も気掛かりだったのは紗雪との距離である。視界を埋め尽くすほどの間合いとなると、流石の彼でもやや話難いものがあった。
「わかりました、話しますから。……一番合戦先輩、もう少し離れて下さい」
「ん……?ああ、悪い」
ようやく鼻先が触れそうな距離まで詰め寄っていたことに気づいたのか、紗雪は素早く身を引いた。半歩だけ。
問い詰めるような視線を向けるも、さっさと話せと言わんばかりに睨み返してくるだけである。
紗雪は性格こそさばさばした男らしい気質の持ち主だが、同時に目を見張るほどの美少女である。
これが色めいた話ならばそれなりに嬉しいのかもしれないが、その内容が如何せん殺伐とし過ぎている。全く嬉しくない。
彼女に退いてもらうより、いっそこっちが退いた方が手っ取り早いだろう。襲は諦めの境地にて思い立ち、その場から一歩さり気なく後退した。
紗雪が訝しむような色を浮かべたが、襲は見なかったことにして。
「俺が使ったのは『神衣』で初速を速めた、ただのクロスカウンターですよ。拳が当たる寸前に相手の死角に回り込んで顎先を拳で殴っただけです」
「ほう、じゃあ急所の中でも一番『詞素装甲』が薄くなった場所を的確に打ち抜いたのは偶然なのか?」
紗雪の双眸がギラリと探るような輝きを強めた。
全てを見透かされたような眼差しに内心冷や汗を浮かべつつ、襲はあくまでもポーカーフェイスの対応に努める。
「先輩同様、俺も詞素が“視える”んですよ。少しだけですが」
「へぇ、そうなんだ?……ん?あれ?雨宮くんに紗雪が“視える”って話したっけ?」
「ええ、先程の話はこちらにも聴こえていましたから」
「あっ、そっか」
明日香が程良く納得してくれたところで。
襲は話題を逸らそうとしたのだが、結果から言うと……失敗した。他ならない、ダリウスによって。
「あの……攻撃が当たる瞬間の『神衣』はどうやって発動させたんだ?AIUもなしに使えるほど簡単な術式でもないし、そもそもお前の詞素容量じゃ使えないはずだろ?」
「もちろん詞素容量的にも、詞核の処理能力的にも俺には数秒発動させるのがやっとですよ……というか、もう起きて大丈夫何ですか?」
「えっ、ああっ!大丈夫、問題ないっ」
顔を真っ赤にして明日香の膝から飛び起きる姿は、その、なんというか……。
「変態、明日香から離れて下さい」
ベリルは言いすぎだが、正直襲もあまり良い印象を抱かなかったこともまた事実であった。
襲もその攻撃ならぬ口擊に、一言だけ参戦する。
「意識がなかった割には、随分と自然に会話に参加してきましたね…」
「待てっ!どういう意味だコラッ!?」
いや、深い意味はないんですよ?などと、視線で嘯いてから顔を逸らす。
襲の嫌味な対応に感化されたのか、悪戯好きの性分の紗雪が黙っているはずもなく。
「ダリウスも男の子なんだなぁって話だな」
「おいっ待てっそれ以上は!」
「違いますよ紗雪。野獣です。発情期です。滅殺しましょう」
「止めろぉぉっ!!」
頭を抱えたまま床をゴロゴロと転がり出したダリウスを見て、満足そうな女子生徒二名。
流石に襲は先輩の前でそんな表情はできなかったものの、内心、それなりに愉しんでいたりするわけだが。
「へぇ……もしかして、」
そんな中、明日香が何かに気づいたような表情を浮かべた。
やがて、可愛らしいその表情に蠱惑的と言うか……邪曲な色が差してゆく。
その時の襲の表情と言えば、「あっ…(察し)」と言った感じだろうか。
心の中で合掌し、ダリウスのご冥福をお祈りし始める。助ける気など毛頭ない。確実に飛び火する。
そんな妖しげで嗜虐的な企み顔を消した後。明日香は怯えたような表情を作り、ダリウスとやや距離をとった。
わざとらしく胸元を隠し、眉を吊り上げて観せる。
「……かかりちょーって獣だったの?」
「部長ぉっ?!勘弁して下さいよぉ!」
明らかにからかっている。男性の純情を弄ぶ辺り相当な悪趣味と言えるが、薄幸可憐な少女(の演技)が似合っている辺り……なお質が悪かった。
それは明日香だけに当てはまることではなく、
「ああ、ダリウスは獣じゃないよ。ただ、明日香の膝枕が余程寝心地良かったんだなぁと思って」
紗雪も同類である。類が友を呼ぶとはよく言ったものだと、この時襲は初めて実感させられた。
顔を真っ赤にしているダリウスを気の毒そうに眺めながら、襲は然りげなく距離を取る。
その間にも彼女たちの猛攻は留まるところを知らない。
明日香はわざとらしく恥じらいの表情を浮かべ、床に座り直した。
しっとりと濡れた唇に指先を触れさせながら、斜に視線を流す。実に恥ずかしそうに。
「そ、そんなに気持ち良かったなら――。もう一回くらい……いぃよ?」
声を羞恥で震わせるという高等技術付きである。
実にあざとい……。
襲は自分から追求の矛先が逸れたことに安堵しつつ、安全圏で傍観を決め込んでいた鷹明の脇に逃げ込むと、何故だか大木の下で身を隠しているような奇妙な安堵感に包まれるのを自覚した。もしかしたらマイナスイオンでも出ているのかもしれない。
普段ならばそんな疑似科学的な思考を巡らせた時点で己の正気を疑うところではあるが、何せ彼は内心穏やかではなかった為それに気づかなかった。
少女たちが織り成す喜劇(悲劇?)に対してではなく、唯からもらったハンカチが手元にないことに関して。彼の心境は穏やかではない。
「いつもこんな感じなんですか?」
どういった経緯なのか、明日香の膝の上にベリルの頭が乗せられ、明日香が温かな笑顔で迎え入れている光景に目を奪われながら。
「……まあな」
疲労を隠せない鷹明の声音にシンパシーを感じた襲は、苦々しい表情を露わにした。
遂には明日香がベリルの頭を撫で始めるという、実に複雑怪奇な現象を目の当たりして。
今日も今日とて、七高ボランティアサークル(仮)はChaosです。
―――と、今は亡きメンバーに宛てて。
届くかもわからない(まぁ届かないだろう)手紙を、胸のうちで認めた襲だった。




