【7話】茶会
王宮での茶会。
それは、私にとって決して気軽に参加できるものではなかった。
なぜなら、参加するのは王族や有力貴族の令嬢たち。
つまり、この国の社交界を担う人々が集まる場所なのだ。
「お嬢様、お召し物はこちらでよろしいでしょうか?」
マリアがドレスを広げながら尋ねる。
「ええ。それでお願い」
「かしこまりました」
鏡の前に座り、私は自分の姿を確認した。
淡い青色のドレスに、控えめな銀の装飾。
髪は後ろでまとめ、いくつかの髪飾りを添えている。
……うん。
我ながら美しい。
いや、自分で言うのもどうかと思うけれど、この顔立ちは本当に反則だと思う。
「とてもお似合いです、お嬢様」
「ありがとう、マリア」
「本日の茶会では、王太子殿下の婚約者として多くの方から注目されると思います」
「そうでしょうね……」
私は小さく息を吐いた。
王宮の茶会で失敗するわけにはいかない。
特に、以前のエリザベートは高圧的な態度で周囲に接していたらしい。
今までの振る舞いを知っている人も多いはずだ。
一度の茶会で評判が変わるとは思わない。
けれど、余計な問題を起こさないことはできる。
「行きましょう」
私は立ち上がった。
***
王宮に到着すると、すでに多くの貴族たちが集まっていた。
庭園には白いテーブルが並び、色とりどりの花が咲いている。
その中央には、王妃陛下の姿があった。
「エリザベート様」
案内された先で、王妃陛下が優雅に微笑む。
「本日はお越しいただきありがとうございます」
「こちらこそ、お招きいただき光栄でございます」
私は丁寧に礼をした。
「アルベルトから、あなたのことは聞いておりますよ」
……アルベルト殿下、何を話したのだろう。
少し気になる。
「どうか、今日は楽しんでいってくださいね」
「ありがとうございます」
王妃陛下は柔らかく微笑んだ。
その表情からは、私をどう思っているのか読み取れない。
さすが王妃陛下。
簡単には本心を見せないらしい。
***
「まあ、エリザベート様ではありませんか」
声をかけられて振り返ると、三人の令嬢が立っていた。
その中央にいるのは、赤みがかった茶色の髪を美しく巻いた少女だった。
「お久しぶりですわね」
「ええ。お久しぶりです」
彼女の名前はヴィクトリア・フォン・ハーゼル。
侯爵家の令嬢で、以前のエリザベートと親しくしていた人物だ。
ゲームでも名前だけは登場していた。
確か、悪役令嬢の取り巻きの一人だったはず。
……これは面倒なことになりそう。
「最近、学園でのあなたの様子が変わったと聞きましたわ」
「そうなのですか?」
「ええ。以前のあなたなら、平民の方々に自分から話しかけるなんて考えられませんでしたもの」
周囲の令嬢たちが小さく笑う。
「何か心境の変化でもあったのかしら?」
私は微笑みを崩さずに答えた。
「自分の振る舞いを見直す機会があったのです」
「まあ。随分と殊勝なことですわね」
ヴィクトリアの笑みは変わらない。
しかし、その目は私を試すように見つめていた。
「それで、以前のような振る舞いはもうなさらないの?」
「ええ。少なくとも、そうならないよう努めております」
「そう……」
彼女は少しだけ首を傾けた。
「でも、急に人が変わるなんて不思議ですわね」
……確かに。
私だって、他人の立場なら疑うと思う。
「そう思われても仕方ありませんわ。ですから、これからの行動で示していきたいと思っています」
「ふふ。楽しみにしておりますわ」
ヴィクトリアはそう言って、仲間の令嬢たちとともに離れていった。
私はその背中を見送る。
……あの人、絶対に私のことを信用していない。
まあ、当然だけれど。
ただ、少し気になることがある。
ヴィクトリアは以前のエリザベートと親しかった。
つまり、彼女は私の過去をよく知っている。
これから先、何かと関わることになるかもしれない。
***
しばらくして、私は庭園の端にある席へ移動した。
少し休憩したかったのだ。
王宮の茶会は、想像以上に気疲れする。
「お疲れのようですね」
声をかけてきたのは、アルベルト殿下だった。
「殿下」
「ヴィクトリア嬢と話していたようだが」
「ええ。少しだけ」
「彼女とは以前から親しいのではなかったか?」
「以前は、そうだったと思います」
「今は違うのか?」
私は少し考えた。
「まだ、よく分かりませんわ」
アルベルト殿下は私の顔を見つめた。
「君も随分と慎重になったな」
「そうでしょうか?」
「ああ。以前なら、もっとはっきりと自分の意見を口にしていた」
……それは、ただのわがままだったのでは?
とはいえ、口には出さない。
「人との関わり方を、少し考えるようになりましたの」
「そうか」
アルベルト殿下は小さくうなずいた。
「一つ、忠告しておこう」
「忠告、ですか?」
「この茶会に集まっている者たちは、君の変化を好意的に受け止めているとは限らない」
「……分かっています」
「君の過去を知っている者もいる。言葉には気をつけた方がいい」
「ありがとうございます。気をつけますわ」
アルベルト殿下はそれ以上何も言わず、別の招待客のもとへ向かった。
……やっぱり、簡単にはいかない。
でも、これも必要なことだ。
***
そのときだった。
庭園の向こうから、一人の青年が歩いてくるのが見えた。
銀色の髪に、落ち着いた紫色の瞳。
整った顔立ちをしているが、どこか近寄りがたい雰囲気をまとっている。
周囲の令嬢たちが、彼の姿を見て小さくざわめいた。
「ルシアン様だわ」
「相変わらずお美しい……」
ルシアン。
その名前を聞いた瞬間、私は思わず背筋を伸ばした。
彼はゲームの攻略対象の一人。
王宮に仕える名門魔法使いの家系に生まれた、天才魔法使いだ。
確か、他人にあまり興味を示さない人物だったはず。
そんな彼が、なぜか私の前で足を止めた。
「エリザベート・フォン・ローゼンベルク嬢」
「はい。ルシアン様」
「少し、話をしてもいいですか?」
……え?
なぜ私?
私は表情を崩さないようにしながら、静かにうなずいた。
「もちろんですわ」
ルシアンは私をじっと見つめた。
そして、思いもよらないことを口にした。
「あなたは、本当に別人のようになりましたね」
……。
ちょっと待って。
その言い方、まるで何かに気づいているみたいじゃない。
私は笑顔を保ったまま、彼の言葉の真意を探ろうとした。




