【8話】本当に変わっているのか
「あなたは、本当に別人のようになりましたね」
ルシアンの言葉に、私は思わず息を呑んだ。
まさか、転生したことがばれたわけではないわよね……?
いや、そんなはずはない。
私は彼と初めてまともに話したのだから。
「それは、どういう意味でしょうか?」
できるだけ平静を装いながら尋ねる。
ルシアンは手に持っていた紅茶のカップをテーブルに置いた。
「以前のあなたは、周囲の人間を寄せつけない雰囲気がありました。特に、自分より身分の低い者に対しては、かなり厳しかったと聞いています」
「……そうですね」
否定することはできない。
それは、以前のエリザベートが実際にしてきたことなのだから。
「ですが、最近のあなたは違う。人の話を聞き、自分の過ちを認めようとしている。少なくとも、私にはそう見えます」
「それは……ありがとうございます」
「褒めているつもりはありませんよ。まだ、あなたを信用したわけではありませんから」
「ふふっ。そうですよね」
少しだけ肩の力が抜けた。
そうだ。
一度失った信頼が、数日で戻るわけがない。
むしろ、こうして変化に気づいてくれる人がいるだけでも十分だと思う。
「ですが、一つ気になることがあります」
「何でしょう?」
「あなたは、どうして急に変わろうと思ったのですか?」
鋭い質問だった。
当然だろう。
今まで傲慢に振る舞っていた人間が、突然態度を変えたのだ。
疑問に思わない方がおかしい。
「……自分の行いを、後悔したからです」
私はカップに視線を落とした。
「今までの私は、自分の立場に甘えていました。誰かを傷つけても、それがどれほど相手を苦しめるのか考えようともしなかった」
「それで?」
「もう、そんな自分でいたくないと思ったのです」
ルシアンはしばらく私を見つめていた。
やがて、小さく息を吐く。
「なるほど。少しは興味が湧いてきました」
「興味、ですか?」
「ええ。これからのあなたを見ていくことにします」
そう言うと、ルシアンは軽く頭を下げ、別の令息たちのもとへ歩いていった。
……なんだか、面接でも受けている気分だったわ。
私は小さく息を吐き、紅茶を口に運ぶ。
すると、背後から聞き覚えのある声がした。
「随分と楽しそうにお話しされていましたわね」
振り返ると、そこにはヴィクトリアが立っていた。
「ヴィクトリア様」
「ルシアン様と、何をお話しされていたのですか?」
「私が変わったように見える、と言われました」
「まあ。それは当然でしょうね」
ヴィクトリアは扇子を広げ、口元を隠した。
「以前のエリザベート様なら、あのように穏やかにお話しすることはありませんでしたもの」
「……そうですね」
「それに、リリア様やアンナ様に謝罪したという話も耳にしましたわ」
どうやら、私の行動は少しずつ周囲に広まっているらしい。
「ですが、勘違いなさらないでくださいね」
ヴィクトリアの声が、少しだけ低くなる。
「私は、まだあなたを信用しておりません」
「分かっています」
「本当に?」
「はい。今までの私の行いを考えれば、当然のことですから」
ヴィクトリアは意外そうに目を見開いた。
以前の私なら、きっと彼女の言葉に腹を立てていたのだろう。
けれど、今は違う。
信用してほしいと願うことと、相手に信用を強要することは別なのだから。
「……変わりましたわね」
「そうでしょうか?」
「ええ。少なくとも、以前のあなたなら、そんな返事はしなかったでしょう」
ヴィクトリアは扇子を閉じる。
「ですが、私は簡単には認めません。あなたが本当に変わったのか、これから見させていただきます」
「ありがとうございます」
「お礼を言われるようなことではありませんわ」
そう言い残し、ヴィクトリアは人々の輪へと戻っていった。
私はその後ろ姿を見送りながら、そっと胸に手を当てた。
一歩ずつ。
本当に少しずつだけれど、何かが変わり始めている気がする。
そのときだった。
「エリザベート」
声のした方を見ると、アルベルト殿下がこちらへ歩いてきていた。
「殿下」
「今日は随分と多くの人と話していたね」
「はい。皆様とお話しする機会をいただけて、よかったと思っています」
「ルシアンとも話していたようだが?」
「ええ。私が以前と変わったように見える、と言われました」
「彼は人をよく見ている。簡単に他人を評価するような人間ではないよ」
アルベルト殿下は、少しだけ表情を和らげた。
「それに、ヴィクトリアとも話していたね」
「はい。ただ、まだ信用していただけてはいないようです」
「それは仕方がないだろう。彼女も君のことをよく知っているからね」
「分かっています」
アルベルト殿下は、私の顔をじっと見つめた。
「エリザベート。君はこれから、どうなりたい?」
「どうなりたい、ですか?」
「ああ。周囲からの評価を変えたいのか。それとも、ただ破滅を避けたいだけなのか」
その問いに、私はすぐには答えられなかった。
確かに、最初は破滅を避けることだけを考えていた。
けれど、今は少し違う。
リリアに謝罪したこと。
アンナに向き合ったこと。
そして、ヴィクトリアやルシアンと話したこと。
その一つ一つが、私の中で何かを変えていた。
「私は……自分のことを、好きになれるようになりたいです」
「自分を?」
「はい。誰かを傷つけて平気でいるような人間ではなく、胸を張って生きられる人間になりたいのです」
アルベルト殿下は、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりとうなずく。
「そうか。ならば、これからの君を見ていこう」
「ありがとうございます」
「ただし、無理はしないことだ。人の信頼を取り戻すのは簡単ではない」
「はい。肝に銘じておきます」
その後も茶会は続き、私は王妃様や他の貴族の方々と挨拶を交わした。
やがて、茶会が終わる時間になる。
王宮を後にする馬車の中で、私は窓の外を眺めていた。
「お疲れになりましたか?」
向かいに座るマリアが、優しく声をかけてくれる。
「少しだけ。でも、来てよかったわ」
「それは何よりです」
「ねえ、マリア」
「はい?」
「私、少しは変われているのかしら」
マリアは一瞬驚いたような顔をしたあと、穏やかに微笑んだ。
「少なくとも、私はそう思います」
「そう……」
「ですが、お嬢様。これからが大切ですよ」
「分かっているわ」
私は窓の外に視線を戻した。
まだ、何も解決していない。
私を警戒する人もいるし、過去の行いを許してもらえたわけでもない。
それでも、少しずつ前へ進んでいこう。
そう決めたのだから。
――その頃、王宮の一室では。
「エリザベート嬢について、どう思う?」
アルベルトの問いに、ルシアンは手元の書類から目を上げた。
「興味深い方だと思いますよ」
「それだけか?」
「ええ。今のところは」
ルシアンは窓の外へ視線を向ける。
「ただ、彼女の変化が一時的なものなのか、それとも本心からなのか。それは、もう少し見てみる必要がありそうですね」




