【6話】王宮へのお誘い
「君に、王宮へ来てもらいたい」
アルベルト殿下の言葉に、私は一瞬固まった。
……王宮?
ちょっと待って。
私、まだ入学して数日しか経っていないのだけれど。
「王宮、ですか?」
「そうだ。父上が君と話をしたいそうだ」
「国王陛下が……?」
思わず声が裏返りそうになった。
いや、落ち着け。
別に悪いことをしたわけではない。
……いや、前世の記憶を取り戻す前のエリザベートは、かなり悪いことをしていたのだけれど。
「もちろん、無理にとは言わない。だが、婚約についても話し合う必要がある。できれば来てほしい」
「分かりました。お伺いいたしますわ」
私はできる限り優雅に微笑んだ。
内心はまったく優雅ではない。
国王陛下との面会なんて、普通に考えて人生最大級のイベントだ。
しかも相手は、この国の頂点に立つ人物。
失礼なことを言えば、私の未来がどうなるか分からない。
……お願いだから、穏便に終わって。
***
翌日。
私は王宮へ向かう馬車の中にいた。
「お嬢様、緊張なさっていますか?」
向かいに座るマリアが尋ねる。
「そう見えるかしら?」
「少しだけ」
「そう……」
私は窓の外へ視線を向けた。
王都の街並みが流れていく。
王宮は学園からそう遠くない場所にあるらしい。
しかし、実際に向かうとなると話は別だ。
「お嬢様なら大丈夫です」
マリアは穏やかな声で言った。
「ありがとうございます。けれど、今回はさすがに緊張するわ」
「いつものお嬢様らしく振る舞えばよろしいかと」
「いつもの……」
私は少し考えた。
今の私にとっての「いつもの」とは何だろう。
公爵令嬢としての礼儀は身についている。
けれど、心の中は普通の女子高生だ。
……まあ、今さらそんなことを考えても仕方ない。
やるしかないのだ。
***
王宮に到着すると、私たちは案内役の侍従に連れられて大広間を通り抜けた。
高い天井。
美しい絵画。
磨き上げられた大理石の床。
どこを見ても豪華で、まるで別世界に来たようだった。
「エリザベート嬢。こちらです」
案内されたのは、王族が使用する応接室だった。
扉が開かれる。
その奥には、アルベルト殿下と、一人の男性が座っていた。
金色の髪に、威厳のある顔立ち。
その姿を見た瞬間、私はすぐに理解した。
国王陛下だ。
「お初にお目にかかります、国王陛下。エリザベート・フォン・ローゼンベルクでございます」
私はスカートの裾を軽く持ち上げ、丁寧に礼をした。
「うむ。よく来てくれた」
国王陛下は落ち着いた声で答えた。
「楽にするといい。今日は堅苦しい謁見ではない」
「ありがとうございます」
促されるまま、私はアルベルト殿下の向かいに座った。
「さて」
国王陛下が口を開く。
「アルベルトから、そなたの様子について話を聞いている」
……来た。
本題だ。
「学園での振る舞いが以前とは違うそうだな」
「はい」
「以前のそなたについては、私の耳にもいくつか話が届いている」
やっぱり。
知られていないわけがない。
「身分の低い者に対する態度や、周囲との関係についてだ」
私は膝の上で手を重ねた。
「申し訳ございません」
「謝罪はよい。今日は、そなた自身の考えを聞きたい」
国王陛下は私を真っすぐに見た。
「そなたは、アルベルトとの婚約をどう考えている?」
その質問に、私はすぐには答えられなかった。
婚約を続けるべきか。
それとも、解消してもらうべきか。
前世のゲームの知識だけで考えるなら、答えは簡単だった。
婚約を解消すれば、悪役令嬢としての破滅ルートから遠ざかるかもしれない。
けれど、それだけでいいのだろうか。
「正直に申し上げますと、まだ答えは出ておりません」
「ほう」
「私は、これまで自分の立場に甘えていたのだと思います。殿下の婚約者であることを当然のように考え、周囲の方々への配慮も欠いておりました」
私は一度、息を整えた。
「今はまず、自分の行動を改めたいと考えております。そのうえで、殿下と向き合いたいと思っています」
国王陛下はしばらく黙っていた。
やがて、わずかに目を細める。
「婚約を続けるかどうかよりも、まず自分を見つめ直したいということか」
「はい」
「なるほどな」
国王陛下はアルベルトに視線を向けた。
「アルベルト。お前はどう思う?」
「私は、もう少し彼女を見ていたいと思っています」
アルベルト殿下は迷いなく答えた。
「以前とは違う彼女が、これからどう行動するのか。それを確かめたいのです」
……え?
それって、どういう意味?
まさか、婚約を続ける方向で考えているの?
私は思わずアルベルト殿下の顔を見た。
彼はいつも通り、落ち着いた表情をしている。
「そうか」
国王陛下は小さくうなずいた。
「ならば、しばらく様子を見ることにしよう。婚約についても、今すぐ結論を出す必要はない」
「ありがとうございます」
私は深く頭を下げた。
ひとまず、最悪の事態は避けられたらしい。
……よかった。
本当に。
***
面会を終え、私は王宮の廊下を歩いていた。
隣にはアルベルト殿下がいる。
「今日はありがとうございました」
「いや。父上も、君の話を聞きたかったようだからな」
「少し緊張いたしましたわ」
「そうだろうな」
アルベルト殿下は小さく笑った。
その表情は、学園で見るものより少し柔らかかった。
「エリザベート嬢」
「はい?」
「一つ聞いてもいいだろうか」
「何でしょう?」
「君は、本当に変わろうとしているのか?」
……またその質問か。
けれど、今度は少し違う気がした。
私は足を止め、彼の方を向いた。
「はい。少なくとも、そうありたいと思っています」
「そうか」
アルベルト殿下は私を見つめた。
「ならば、私も君を見ていよう」
その言葉を残し、彼は先に歩き出した。
私はその背中を見つめる。
……なんだか、思っていたよりも悪くない人なのかもしれない。
いやいや。
油断は禁物だ。
彼はゲームの攻略対象であり、私の婚約者。
そして、将来的には私の婚約破棄に関わる人物でもある。
今のところ、関係が改善しているように見えるけれど、何が起こるか分からない。
私は小さく息を吐き、彼の後を追った。
そのとき。
「そういえば、エリザベート嬢」
「はい?」
「近いうちに、王宮で茶会を開く予定がある」
「茶会、ですか?」
「ああ。君にも参加してもらいたい」
……茶会。
嫌な予感がする。
王宮の茶会なんて、絶対に普通の集まりではない。
「どなたが参加されるのでしょうか?」
「王族と、いくつかの有力貴族の子息や令嬢だ」
なるほど。
つまり、社交の場というわけね。
「分かりました。ぜひ参加させていただきます」
そう答えた瞬間、アルベルト殿下は意味ありげに微笑んだ。
「楽しみにしている」
……お願い。
今度こそ、何事もなく終わって。




