【4話】悪役令嬢の言い訳は通用しません
「あなたは、本当に変わったのですか?」
その言葉を口にした女子生徒は、真っすぐに私を見つめていた。
周囲の生徒たちも、私たちの会話が気になるのか、ちらちらとこちらを見ている。
……うん。これは間違いなく面倒な展開だ。
「少し、お話ししてもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんわ」
私はできる限り落ち着いた声で答えた。
女子生徒は一瞬だけ驚いたような表情を浮かべると、教室の隅へと歩き出した。
私もその後を追う。
「私はセシリア・グランツと申します」
「エリザベート・フォン・ローゼンベルクですわ。存じているとは思いますけれど」
「もちろん存じています」
セシリアは少しだけ言葉を詰まらせた。
そして、意を決したように口を開く。
「単刀直入に申し上げます。あなたは、リリア様に何をするつもりですか?」
「何をするつもり、とは?」
「昨日、リリア様に話しかけていましたよね。まるで以前からの友人であるかのように」
その声には、明らかな警戒心が込められていた。
「あなたが今までリリア様にしてきたことを、私は知っています」
……ですよね。
そりゃそうだ。
前世の記憶を取り戻したからといって、今までのエリザベートがしてきたことが消えるわけではない。
「リリア様は、あなたのことを怖がっています」
「……そうでしょうね」
「それなのに、どうして急に優しくするのですか? 何か企んでいるのではありませんか?」
セシリアの言葉は鋭かった。
けれど、私は反論できなかった。
彼女の言っていることは正しい。
今まで散々人を傷つけてきた人間が、突然態度を変えたところで、誰も簡単には信じられないだろう。
「あなたの言う通りですわ」
「……え?」
「今までの私の振る舞いを考えれば、疑われても仕方ありません」
私はセシリアの目を見つめた。
「過去の私がしてきたことを、なかったことにするつもりはありません。リリアさんを含め、傷つけてしまった方々には、きちんと向き合いたいと思っています」
「それは……」
「ですが、一つだけ申し上げます。私はもう、誰かを傷つけるようなことはしたくありません」
セシリアは黙り込んだ。
しばらくの沈黙の後、彼女は小さく息を吐いた。
「言葉だけなら、何とでも言えます」
「ええ。その通りですわ」
「私は、あなたを信用しません」
「構いません」
即答すると、セシリアは少しだけ目を見開いた。
「すぐに信じてもらえるとは思っていませんもの。これからの私を見て判断してください」
それだけ伝えると、私は彼女に背を向けた。
……ふぅ。
なんとか乗り切った。
いや、乗り切れてはいないか。
むしろ、これからが本番だ。
今までの悪評を覆すには、相当な時間がかかるだろう。
それでも、逃げるわけにはいかない。
なぜなら、ここは私が生きていく世界なのだから。
***
昼休み。
私は食堂へ向かっていた。
王立ルミナス学園の食堂は、さすが王立というべきか、豪華な内装が施されている。
高い天井には美しいシャンデリアが吊るされ、窓からは庭園の景色が一望できた。
「さすが貴族の学校……」
思わず感心してしまう。
前世では、こんな場所で食事をする機会なんてなかった。
さて、何を食べようか。
そう考えながら料理を選んでいると、少し離れた場所から聞き覚えのある声がした。
「リリア、こっちよ!」
セシリアだ。
その隣にはリリアの姿もある。
二人は楽しそうに会話をしていた。
……そりゃそうよね。
私なんかが割って入る場所ではない。
そう思い、別の席を探そうとした、そのときだった。
「あっ……!」
近くを歩いていた女子生徒が、手に持っていたトレーを傾けた。
その上に載っていた飲み物が、床にこぼれてしまう。
「あ、ごめんなさい!」
女子生徒は慌てて周囲を見回した。
そして、彼女の目の前にいた生徒の制服にも、少しだけ飲み物がかかっていた。
「大丈夫ですか?」
私が声をかけると、女子生徒は驚いたようにこちらを見た。
「エ、エリザベート様……!」
周囲の視線が集まる。
またか。
どうやら私は、何をするにも注目されてしまうらしい。
「まずは拭くものを持ってきましょう。マリア、ハンカチをお願いできますか?」
「かしこまりました」
マリアがすぐに動いてくれる。
私はこぼれた飲み物を片付けるため、近くの係員に声をかけた。
大したことではない。
ただ、それだけのことだ。
しかし、戻ってきたマリアが小声で告げた。
「お嬢様。皆様が見ていらっしゃいますよ」
「……そうみたいね」
ちらりと周囲を見渡す。
その中には、セシリアとリリアの姿もあった。
セシリアは驚いたような顔をしている。
リリアは、少し困惑した表情で私を見つめていた。
……まあ、いい。
今は誰かに認めてもらうために行動しているわけではない。
少しずつでも、できることをしていこう。
そう心に決めたときだった。
「エリザベート様」
背後から声が聞こえた。
振り返ると、そこにはリリアが立っていた。
「先ほどは、ありがとうございました」
「いえ、大したことではありませんわ」
「でも……」
リリアは何かを言いかけて、口を閉じた。
そして、小さく頭を下げる。
「ありがとうございます」
その言葉を聞いて、私は思わず微笑んだ。
……よかった。
ほんの少しだけ。
本当に、ほんの少しだけだけれど。
何かが変わった気がした。
しかし、その直後。
「エリザベート様。少し、お伝えしたいことがあります」
リリアの表情が真剣なものに変わった。
「実は、昨日のことなのですが……」
彼女は周囲を気にするように視線を動かす。
「あなたに、どうしても謝っていただきたい人がいるんです」
……え?
謝っていただきたい人?
私が過去に傷つけた相手は、まだ他にもいるということ?
どうやら、私の知らないところで物語は動き始めているらしい。




